アパシーがーる。

 

昨日の今日だったが、いつも通りのキャンパスライフだった。
いつも通り過ぎて、逆に不安になるくらいに変わったことは一切無かった。
心此処に非ず……なんて状態を少しは解消できたようで、講義の際に顔を合わしたウェイバーにやっといつも通りになったな、と言われた。
考えても仕方がないというか、バゼットさんに話せたことが少し気持ちを楽にしてくれたのかもしれない。人に話すというのはこんなにも効果てきめんだったなんて、これからに役立てようと思う。
――でも、こんなにすぐ役立てようとは思ってなかったのだけれども。

「新しい恋でも見つけたの?」
「無いっすね」
「口を割らないとひどい目に遭いますよ」
「脅迫っすね」
「でも先輩、最近悩まれてましたよね?」
「違うっすね」

突然の女子会、イン食堂。
一足早く講義が終わり、一足早く食堂で昼食を食べながら、オディナ先輩と出掛ける時の服装をリサーチしていただけなのに。気が付けばテーブルには顔見知りの女子が集まり和気藹々と女子会……なんて生易しいものではなく、ただの尋問となっていた。
この場にイリヤ先輩ちゃんや友達名前ちゃんが居ない事が幸いしているかもしれないが、流石に凛相手で逃げ切れる自信が無いので誤魔化し続ける。まさかのセイバーまでもが参加するとは思っていなかったけど、目の前の姉妹は結構ノリノリだった。
付き合わされているはずのライダーは黙ったまま食事を続けているし、なんなんだ、このテーブルは。

「本当の事言いなさいよ。悩んでいるなら割安で相談にのってあげるから」
「お金払うのは勘弁。これでも一応、バイト三昧の貧乏学生なんです」
「困ったことがあるなら、白米三か月分で手を打ちましょう」
「アルトリアさん……? あなたの胃袋計算だと、一か月分の給料じゃ足りないぞ……?」
「心配しているのは本当なんですよ? ただ、姉さんとセイバーさんは方向性が違うだけで」
「桜ちゃんが心配してくれてるのはとてもよくわかってる。ありがとう。でも、大丈夫だよ」

この三人――特に凛には話せるわけない。いや、本心ではとてつもなく話をしたいのだけど、口に出してしまったら最後だ。危険な気がする。
アイスティーを口に含み、溜め息一つ吐きながらジト目でこちらを見てくる凛には、本当に、申し訳ないという気持ちはあるけど、これはなかなかにセンセーショナルな問題なので勘弁してほしい。

「まぁいいわ。話したくない、じゃなくて話せない、なら仕方がないもの」

あたしの心境を察したのかそういう友人に大感謝である。

「隙あり!」
「あっ!!」

……と思ったのも束の間。テーブルに伏せて置いていたスマホを取り上げられてしまった。
なぜページを開きっぱなしで伏せていたのか。数分前の自分に忠告したい。

「なっっ!!? 名前がデート服を見てるですってぇー!!?」
「おい声がデカいんだよもっと優雅であれ!!」

食堂内に響き渡るあかい悪魔の声に複数人からなんだなんだと好奇な視線が向けられ、その内、見知った友人も居れば同じ部員も居るし、本当に余計な事をしてくれたなこのあかいあくまめ!!
あたしを知っている人物が何十人といる中で凛を責めるのはよくないと気を落ち着かせ、舞台の時のように仮面をかぶった。大丈夫だ、どれだけ長く演技をしていたんだ。大丈夫、大丈夫だ。

「何言ってるんだかわかんないけど、広告に出てきたのを間違えてタップしちゃっただけだし……デート服なんてあたしに関係なさすぎて」

我ながら良く出来た言い訳を思いついた。女子会の面々はなるほどと納得してるし、このまま押し切れるような気がした。

「そうなのか? てっきり、俺とのデートで着る服装を選んでくれているのだと」
「――っ!?」

今会話に入っちゃやばい人が話を聞いていたようです。エマージェンシー。

「えっ。先輩、オディナ先輩とデートされるんですか?」
「え、あ、えっと」
「デートですか!? アーチャーからディルムッドへと鞍替えしたと……!?」
「セイバー落ち着いて下さい。名前は元々アーチャーと付き合ってはいません」
「ちょっ、ちょちょちょっと!! どういう事なの名前!!」

どんな時も優雅たれ。心の平穏を保って、保って……騒ぎ立てる周りを冷静に、つとめて冷静に対処しようと思考回路がフル稼働していた。
周りからの視線が突き刺さって痛い。今ここでオディナ先輩を連れ出すのは一番の悪手だ。注目が集まっているのにも関わらず二人で食堂から出て行くなんて、二人きりで出掛けますよーという秘密を公開しているようなものだ。
次に悪手なのがオディナ先輩は会長とかに引けを取らないくらいイケメンであり、大学中の女子を虜にしている存在だからこそ、デートだという事実を認めてはいけないことだ。これはデートではない、専門書を買いに本屋に行くだけだし、現地集合現地解散だし、デートではない事を強調して話さなければ鋭い視線の矢を止めることは出来ないだろう。
今の状況では最善の策を短時間で思い付き、一呼吸。よし、大丈夫だ。

「デートじゃないよ。この間、あたしが課題やってる時に使ってた資料に先輩が興味持ったみたいで。本棚に戻した後だったからどの本かわからないし、今度本屋さんに行って一緒に探すだけ。だから何回も言うけどデートじゃない。おーけー?」

我ながら完璧だ。こんなに完璧な説明に納得しないなんて人物は居ないだろう。現に、騒ぎの原因である凛もそう言うなら……と納得してくれようとしている。うん、助かった。あたしは助かったのだ!

「……そうだったのか……俺はてっきり、デートだと思っていたんだが……」

一人だけ納得してない人が居たよおい。しかも当人だよおい。なんてこったい。
周りもギョッとした表情をしているし、これどうやって収集をつければいいのかわからない。大衆心理を動かす知識なんて、今のあたしにはとても――、

「なぁ、ディルムッド……別に男女が二人で出掛けるのが全部デートだって言うわけじゃねぇんだぞ?」
「――……クーさん、そうなのか?」
「おやランサー。珍しく苦言を話されるのですね」
「お前みたいに武道一筋の堅物なわけじゃねぇけどよ、セイバー。嬢ちゃんが困ってんなら人助けをするのは先輩として当たり前だからな」

第一、オレと名前はよくゲーセン行ったりしてるからな――と助け船をだしてくれたのは、他でもないクーさんだった。マジで助かった。ここはその助け舟に乗り込んでしまおう。

「確かに、クーさんとはゲーセン行ったり、オンラインゲームでも通話しながらやってますしね。男女が二人でー…って話なら、どんだけクーさんとデートしてるんだよっていう」
「だよなー。まぁオレは振ら――いでっ」

何か失言しそうだったので、テーブルで見えないであろうクーさんの脛を蹴った。あたしがクーさんを振っただなんて、当事者しか理解してない内容を今言ってはいけない。
クーさんもなんだかんだと人気生徒の部類なのだから、余計な言葉は遮るのが吉である。

「なので、オディナ先輩、男女で出掛けるのが必ずしもデートじゃないんですよ?」
「……そうなのだな。すまない、勘違いをしていたようで……苗字さんに迷惑をかけてしまった」
「いえいえ、とんでもないですよ。大丈夫なので気にしないで下さい」

周りの視線の波も引いたようだし、凛達も納得したようなのでもう大丈夫だろう。クーさんの助け舟には正直驚いたが、場が上手く収まったなら結果良ければすべて良しってのに基づいて今日は普通の一日が過ごせるはずだ。

「迷惑をかけてしまったんだ。本屋の後、時間はあるだろうか? お詫びにご馳走させてくれると嬉しい」

おいおいおいおい。それはただのお出掛けじゃなくデートに近くなるんだよ、この天然美丈夫!!
……なんて事を先輩に言えるわけもなく、クーさんの頭を抱える動作を見送りながら、笑顔の圧に負けてしまったあたしは食事の誘いを承諾してしまうのだった。





「――と、いうわけで、食事にも行く事になってしまいました……」
「それは普通にデートでは?」
「いや、お詫びで食事に誘われたんだろう? だったら別にデートでも無いと思うぞ」
「そ、そうだよね。デートじゃないよね?」
「いやいや、デートですよ。第三者から言わせてもらうとデートです」
「俺はその場にいなかったけど、そういうものなのか?」
「そういうもの……らしい……? 凛と桜ちゃん姉妹に物凄く質問攻めにされましたわよ……」
「そこに美綴やイリヤが居なくて良かったな」

他人事だと思って笑いながら自転車のチェーンにスプレーを吹きかける士郎を、チャイナ服姿のあたしとバゼットさんが見守るバイト中の休憩時間。
先日の御礼で、ギコギコ音を立てていた自転車を直してもらえないかと士郎にお願いしていたのだけれど、まさかバイトの配達ついでに寄ってくれるとは思わなかった。
フッ軽でここまで優しいと勘違いする女子が増えるのも頷ける。該当する女子数名を思い出していたたまれない気持ちになったので、自分の自転車の行く末を見守るバゼットさんへと視線を移してみたが思い出した女子達と同じような表情に変わっていっているのでこりゃだめだと内心頭を抱えた。

「とどのつまりは、相手がどう思っているかだろう?」
「……オディナ先輩も、なんか、そう思ってるらしい……?」
「それならやっぱりデートですってば」
「うーん……オディナ先輩なら普通に食事ってのも否めないんだよなぁ」
「だったら、その日はお店に食べに来たら良いじゃないですか」
「それはバゼットさんが見たいからだと推測できるので嫌です」
「ダメですか」
「ダメですね」

落ち込むバゼットさんとのやり取りを士郎は苦笑しながら聞いていた。
スタンドを立てた状態で自転車のペダルを回す。先程まで鳴っていた耳障りなギコギコ音は、軽快にチェーンが回る音へと変化していた。この出来には思わずバゼットさんもニッコリ。
こうして士郎のファンが増えることになるのである、南無。

「私は名前ちゃんが心配なのです。姉心的な感じです」
「バゼットさんは好奇心が隠しきれてないんですよ」
「そんなぁ」
「まぁでもさ、心配する気持ちは俺もわかるぞ」

士郎が工具を片付けながら、なんだか神妙な面持ちで頷いてくる。

「なんか放っておけないんだよな、苗字って」
「なんだよ。放牧してくれよ」
「そういうところだよ」
「どういうところだよ」

自身では解せない会話で同意する二人に対して、異性トラブルに巻き込まれる呪いを心の中でかけておいた。
何の解決策もないまま、そして具体的なアドバイスも授けられないまま、週末を迎えてしまう不安だけが自分を襲ってくる。
どうにかこうにか得になる助言を授けてくれそうな人が周りに居ないだろうか、と画策しながらバイト終わりに自宅までの帰路を歩いていれば、丁度タイミング良く同じようにバイトが終わったらしいアーチャーとばったり出くわした。
なんだか最近話していないなぁと改めて考えながらどう声を掛けたらいいか悩んでいると、アーチャーの方から声を掛けてくれたので本当空気読みEXだなぁと再確認。

「君も帰りか」
「そうですー。お互いお疲れ様ー」
「あぁ、お疲れ」
「……」
「……」

空気読みはEXだけど、会話の続かなさもEXだな!?
まぁ最近マジで会話をしていなかったので仕方ないのかもしれない。今までどうやって会話していたのかと思い出せないレベルで、会話が出来なくなっているがここであたしの世間話から会話を広げようという作戦が効果を発揮するわけだ。
今日のバイトはどうだったとか、こんな客が居たとか、アーチャーもどっかの喫茶店でアルバイトしているようなので接客業としては共通しているので意外と会話は盛り上がる。但し、絶対お店の場所を教えてくれないのだけれど、まぁそれは秘密主義野郎なのでもう慣れた。

「そういえば、士郎が配達に来たからバゼットさんの自転車を直してもらったんだよね」
「……そうか。君のところは酒の取り扱いがあるんだったな」
「そうそう。夜だけお酒。紹興酒とかいかにも中華っぽいのもあるけど、ビールの方が売り上げ多いのよ。日本のサラリーマンはビールが好きなんだねぇ」
「私はあまり嗜まない質でね。そういうのは理解できないな」
「確かにアーチャーってあんまり飲まないよねー」
「……、友達苗字さんが、飲めないからね」

……なんか、言い淀んだな、これ。

「友達名前ちゃんとはもう名前を呼ぶ仲だ、と……メモメモ」
「どこにメモをしているんだ君は」
「え? 違うの?」
「……どうしてもと頼まれただけなんだ」
「良いじゃん、良いじゃん。アーチャーは友達名前ちゃんの事気になってたんだし、進んでるみたいで幼馴染みは嬉しいゾ」
「君は、昔からそうだな。俺が他の女性と話していても、進展しても、すぐに応援してくれる」
「んー? そんなの、当たり前じゃん。あたし達は、友達だよ」
「――そうだな。あぁ、これからも見守っていてくれ」
「了解ー! キューピッドにはなれないかもだけど、陰ながら応援しますよ」
「有難う。……君の方はどうなんだ? 聞くところによるとオディナ先輩と噂になってるとかなんとか」
「噂!? 違うってば。色んな人に訂正してるんだけどさー、ただあたしが課題の参考にしてた本を探しに本屋さんに行くだけなんだってば」

それで食事に行く事にもなってて……とアパートの階段を一段ずつ上りながら言えば、後ろからついてくる足音が止まった。
振り向けばアーチャーの表情が街灯の関係で逆光になっていて読み取れず、どうかしたのかと問いかけた。

「――君は、本当に大人だな」
「いや、あたしはまだ子供で居たいよ?」
「そうじゃあない。……私は、――俺は、名前のようにはなれないというだけだ」

そう言い残してあたしを追い越し足早に階段を登り切ったアーチャーは、聞き取りにくい程の小さな声でおやすみと言って、早々に自分の部屋へと入って行った。
俺、と言ったあたり今の会話は本心で、尚且つ名前で呼ばれたとなれば面倒だがアーチャーは何かに苛立っているという事だ。直前の会話からして、オディナ先輩と出掛けることが関係しているのかもしれない。
思考が追い付かず、言った言葉の真意を考えてみれば怒りしか沸いてこなかった。
――あたしが何年片想いしてたと思っているんだ。
どれだけ辛い思いをして、どれだけ悲しい思いもして、どれだけ笑顔が引きつってきたのか、アイツは知らない。自分がしてきた事を理解していないからこそ、身近に居て世話を焼いていた相手が自分以外の他の男と出掛けるという事実に気持ちが追い付いていない子供の駄々と同じだ。
自分はこちらから離れていくくせに、こちらが離れたら不機嫌になるなんて、本当に――、

「馬鹿な男だなぁ」

玄関を閉じて独り言つ。
友達名前ちゃんからは相変わらず連絡無いし、予想だけどアーチャーと一緒に居るにはあたしの存在が邪魔なんだろう。つまり、本気でアーチャーを好いていてくれて、本気でアーチャーの側に居続けたいと想ってくれているって事だから、いつまでも幼馴染みを続けれるわけじゃないしあたしは潔く離れるさ。
でもなー、なんだかなー……友情と恋愛って難しいな。
ベッド兼ソファーに腰を掛ければ壁に掛けられた普段とは違うワンピースが視界の端に映って、これを着た自分を見た鈍感野郎はどういう反応を示すのか考えて、すぐに止めた。溜息、ひとつ、ふたつ。
いけない、いけない。こうやってアーチャーの事を考えてしまうから、あたしは先に進めないのだ。また片思いループをするところだった。
クーさんに関しては全くそういう風に見えなかったけれど、少しだけ、前向きにオディナ先輩のことを考えてみるのもいいのかもしれないな、と改めてワンピースを見ながら思った。
――バイバイ、シロウ。……なんてね。

(2022/11/24)