アパシーがーる。


どうにもこうにも、あたしには普通の人間の生活が身に合わないらしい。
明け方まで積みゲをなんとか消化して、しょぼしょぼする目をごしごしと手で擦り、なんとかベッドへと向かいダイブ。スプリングがきしきしと音を立てて、うとうととあたしは夢の中へと誘われていく。ぽかぽかする布団に束縛されて、ピチピチと鳴く雀の鳴き声は子守歌だ。

「起きろ。朝だ」

このまま死んでも良いとか思った刹那、布団をめくられて、あたしは甘いまどろみの中から現実へと引き戻された。

「おやすみ」
「寝るな」

身動ぎながらも、目を開け、見た物事全てを闇に葬り去る勢いでもう一度瞼を落とせば、ぱしん、と頭を叩かれた。痛くはないけど、そういう嫌がらせは止めてほしいものだ。

「アーチャーは今日昼からでしょー? 何で起こしに来るかなぁ。安眠妨害止めてよね」
「私が起こさなければ君は起きないだろう? もっと感謝してほしいものだがね」
「誰が感謝なんかするか!」
「しなくても良いから早く起きたまえ。朝食は既に出来ている」

立ち去っていく背中に家政婦と書いた張り紙を貼ってやろうかと思ったが、後が怖いので止めておく。
せっかくの睡眠時間がお節介のせいでパーだ。
これでまた二度寝などしようものなら今後の食に支障を来すので、大人しくベッドから起き上がって登校の準備をすることにした。

今日の朝ご飯はお味噌汁に玉子焼。それからほかほかの白ご飯に、昨日の夕飯に出た肉じゃがが少し。味付けは朝からでも食べやすいように少し薄味になってた。
だがしかし。徹夜でゲームをしてた人間にとってこの量は致死量ですのよアーチャーさん。
やっとの事で朝食を食べ終えて隣にある自分の家に戻れば家を出る十分前。このまま寝てもいいのだけれど、後々アーチャーにバレると非常にまずいので鞄を持って家を出る。
朝日が眩しい。目にしみる。今日という日に限って雲一つ無い晴天の青空とかふざけろ。
とぼとぼと足取り重く大学に向かえば、昇降口の所で顔見知りを見つけた。

「おはよー、凜」
「あら、名前おはよ……って、どうしたのよそんな顔して!」
「何が?」
「何がって顔色が悪すぎるって言ってんの!」

なんだろう。いつもはそんな事ないのに、今日は凜の声が耳にキンキンと響く。
凜の剣幕に圧されて気付かなかったけど、真面目に心配してくる士郎とアルトリアの姿があった。え、なんかごめんなさい。

「どうせ、またゲームしてたんだろ?」
「せいかーい。いやぁ、士郎は話が分かるね」
「正解じゃないわよ全く! アンタね、高校からずっとそうよ? そんな生活続けてたら灰になって死んじゃうんだから」
「何も食べないというのは反対です。きちんと食事をとり、きちんと就寝し、また食事をとる。それが人としての基本です」
「……セイバー、食べてばっかだぞ」

高校からの友人である三人は、何かとあたしの健康面を気遣ってくる。嫌なわけではないし。むしろ嬉しい。
これあげるから、と凜に渡されたのはウィダーだった。エネルギーはマスカット味。あっさりしていて美味しい。

「どうせ何も食べてないんでしょ?」
「んにゃ。アーチャーの朝ご飯食べた」

ウィダーを吸いながら答える。一瞬固まる凜。

「……アンタねぇ……………返しなさい私の優しさをー!!」
「やーだー! ウィダーは貰ったからあたしのモノだもーん!」

ぐわっと襲いかかってくる凜から逃げた。高校から変わらない関係だ。
凜は近寄りがたい雰囲気だけど、喋ってみたら不器用なりに気を遣ってくれる優しい奴で、士郎は頼ったら何でもしてくれる凄い奴。アルトリアはちょっと堅物だけど話を熱心に聞いてくれる良い奴。アーチャーとも顔見知りなので、昔はよく五人で遊びに行ったりしたものだ。アルトリア曰く、主に皆があたしの保護者らしいけど。
ちなみに、アルトリアはずっと剣道をしていてセイバーってあだ名がある。付けたのはあたしだ。
アーチャーと同じ原理なんだけど、今ではアルトリアと呼ぶよりセイバーと呼ぶ人が多い。
親戚である士郎も、アルトリアの事をセイバーって呼ぶようになったし、あたしの影響力は凄いらしい。

「こんな所で何を騒いでおるのだ、雑種共」

あ。フュージョンした。全員の顔がフュージョンした。

「なんだ、その腑抜けた面構えは」

声の主である某先輩は、自分が空気が読めていない存在で、今この場には必要ない存在で、誰もお前の事を呼んでない存在なのにも関わらず、会話の輪の中に入ってきた。
一番嫌そうな表情をしたのはアルトリアだ。理由は、まぁ、某先輩がアルトリアにかなりの、それはもう鬱陶しいを軽く通り越すぐらいのアプローチをしているからなのだが、本人はそれが至って真面目らしい。オディナ先輩情報である。

「さて、名前シロウ凜。そろそろ講義が始まります。遅刻してはいけません。急ぎましょう」
「まぁ待て。折角今朝は一段と良い天気なのだ。セイバーよ、講義など出ずに我と共に、」
「それ、生徒会長の言う台詞じゃないと思う」
「ん? 何を言っておるのだ雑種。講義の欠席を出席に変えるなど、我の手に掛かれば赤子の手を捻るより造作もないことだぞ」

ならあたしの欠席も全て出席に変えてくれよ、と言いかけたら、但しセイバーのみだがな、と釘を刺された。読心術を心得てるのかこの生徒会長は! なんて、きっと頭の中はアルトリアの事と友達名前ちゃんの事しか無さそうだからあり得ないけど。

「いい加減にして下さい、生徒会長。私は貴方等興味がないと言ったはずです」
「他の人間がおるからとそう照れるでない。時には素直になる事も大事だぞ」
「お前は素直になり過ぎだっつーの」

天の助け! とばかりに現れたのはクーさんだった。遅刻寸前で走ってきたのか、うっすらと額に汗が浮いている。
いきなりの人物の登場に舌打ちをする生徒会長は、アルトリアから視線をクーさんに移した。

「なんだ、駄犬。犬のくせに我に異議を唱えるか」
「犬じゃねぇって言ってんだろ! 異議とかじゃなくて、オレはまともな事を言ってるだけだ」

クーさんの登場により、生徒会長の意識がそっちに向いた。この機を逃すほどあたし達は馬鹿ではない。
四人ともが同じように目配せをして、士郎のカウントを合図に気配を遮断しつつその場から脱出した。
講義棟に入り、一段落。誰がというわけではないが、同じタイミングで全員が溜め息を吐いた。

「全く。朝から生徒会長に会うなんてツいてないわ」
「同意します。本当に、何を考えているのやら」
「まぁ、無事に逃げ出せたし良かったじゃないか。なぁ、苗字……って、おい、大丈夫か?」
「……………徹夜明けの人間に走らすのはこれっきりにしていただきたいです」

内蔵が全て口から出てきそうになった。
ほんと、凜が言った通りツイてない。アーチャーが起こしに来た時から今日のあたしはツいていないようだ。解せぬ。

「じゃあ、俺達は二階だから階段で行くけど……無理するんじゃないぞ?」
「士郎は優しい良い子だーっ」
「誰だってその状態の人間見たら心配するわよ。ウィダーの件は水に流してあげるから、しんどくなったら医務室に行くのよ? 良いわね?」
「はーい」

三人を見送ってから、ふと、中庭が見えるエントランスの窓を見た。心配性な士郎は置いといて、あの凜までも心配させるような顔ってどんな顔なんだろうと思ったからなんだけど、光が反射してよく見えなかった。
一限目が始まるまであと三分。そろそろ行かないとまずい。
エレベーターはちょうど一階で停まっていた。
それに乗って最上階へ。
到着すれば、チーンと到着を知らせる音が誰もいない廊下に響いてちょっと虚しくなった。
最上階には、簡易的なシアタールームがある。映像を見たり、プロジェクターを使う講義の時に利用されるのだけれど、時折中から女の人の呻き声が聞こえるらしい。防音なのでそんな事ないはずだと入学当初は否定していたんだけど、実際周りで聞いたという声が多くてあたしはあんまり近寄らないようにしている。
そのシアタールームと真向かいの扉を開ければ、教会の中をまんま切り取ったような大聖堂がある。一限目と二限目はそこでの講義だ。
そっと扉を開ければ、生徒の姿しかなかったのでホッとした。中に入って空いている席を探そうとすれば、背後からの視線に気がつく。

「随分遅い到着だな、苗字名前」
「こっ、言峰、せんせ…い……」
「一限目は二分前に開始しているはずなのだが?」
「え、えーっと、…す、すいません」
「罰として、昼休み少し残るように」
「はーい…」

背後に立っていたのは宗教学を教える言峰せんせだった。現役の神父で、授業の教え方もまとめ方も物凄く上手い。なのに、生徒からの人気はあんまりだ。その理由は、何と言うか、近寄りがたいと言うか、何となく怖いみたいな印象があるかららしいが、あたしは結構好きな先生の分類に入る。
一番嫌いなのはアーチボルト先生だ。一回生の時、必修だった科学の講義の内容は、今でも思い出したくない。
早く座りなさい。と言峰先生に言われたので、見慣れた髪の毛の隣に座る。座った瞬間に溜め息を吐かれたけど気にしない。

「また遅刻ですか。随分と飽きませんね、貴女は」
「えへっ」
「可愛くありませんよ」
「知ってますー」

相変わらずの毒舌っぷりだが気にしない。
白みのかかった髪の毛は今日も綺麗だった。色とウェーブしている髪は母親譲りらしい隣に座る美少女、もとい、カレンは、凜達と同様、高校からの仲で、目の前で聖書を読み上げている言峰先生の娘だ。
自分の親が教員をしている大学に入学して授業を受けるのってどんな感じか聞いたことがあるのだけれど、その時の返答する時の表情が親子かってくらい言峰先生と似ていたので嘘ではない。いや、実際は親子なんだけど。
お母さんは昔に亡くなったと話していたから、父子家庭なんだそうで、家で何を喋っているのか気になるのに未だに聞けてないでいる。

「━━では苗字。続きから」
「は、はいっ」
「…………新約聖書、マタイによる福音書。18章、6節です」

聖書を見ていなかったのがバレていたのか、いきなり指名されて焦った。隣に座っていたカレンが教えてくれなかったら、言峰先生の光の無い目に睨まれつづけていたかもしれない。まさに天の助けだ。あ、今日二回目だ。

「どうしたのかね?」
「あ、読みます読みます!━━しかし、わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまづかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、深い海に沈められる方がましである。」
「結構。━━ではオルテンシア。続きを」

カレンが凛とした声で聖書を読み始めた。横顔を見上げてまじまじと見ていれば、本当に整った顔だなぁと簡単が漏れそうになった。
そして前方を見れば、一言一句間違えていないかを確かめるように、言峰先生が聖書に視線を落としていた。



一限目と二限目の宗教学が終わった。一限目はキリスト教。二限目は仏教。どちらも言峰先生が教えているのだが、神父である先生にとって仏教は異教ではないのだろうか。一回生の時から思っているのだけれど、今時無宗教の人も宗教学を教えたりするらしいし、聖堂で教わる仏教にも慣れたから殆ど気にしてはない。
生徒が昼休みを満喫する為に聖堂を後にしていく。カレンに一緒に残って欲しいと頼んでみたが、答えはノーだった。清々しいほどの笑顔で拒否したカレンは、あたしの落胆する表情を満喫したのか颯爽と去っていった。

「……さて、苗字名前。君は残された意味が分かっているのかね?」
「何回も遅刻してすみませんでした」
「理解しているのならば宜しい。だが、今日という今日は、今まで赦していた私も堪忍袋の緒が切れかかっているわけだ」
「は、はい…」
「君はまだ、泰山でアルバイトをしているのかね?」
「……は?」

どんな罰が来るのだろうと考えていたから、いきなりそんな事を言われて、素で聞き返してしまった。聞き間違いかと思ってしまったのだけれど、もう一度同じ事を言われたので聞き間違いではなかったようだ。
泰山とは、この大学から少し離れたところにある中華料理店の店名で、あたしのアルバイト先だ。どうして、言峰先生の口からその名前が出てくるのだろうなんて疑問は全く無い。
言峰先生はあの店の常連で、あたしがバイト中に何回も接客をしたことがあるからでファイナルアンサー。

「働いてますけど……」
「ならば話が早い。明日は出勤する予定なのだろう? いつものメニューを割り引いて会計したまえ」
「…は?」
「そのままの意味だ。本当は君の奢りにしようかと思ったのだが、苦学生にそのような事を申し付けるのは神父として、教師としては失格だからな」

いや、割り引く云々も教師としてはどうかと思いますけどね!
なんて事は言えず、了承してしまうあたしは馬鹿なのか、阿呆なのか。
先生はあたしの返答に満足したらしく、嬉しそうな笑みを浮かべて聖堂から去っていった。さようなら、あたしの賄い代。


(ト・アペイロン→無限大。無限な物の意。2013/01/21)