アパシーがーる。





お腹が減った。とてつもなくお腹が減っていた。セイバーのお団子頭が肉まんに見えるくらい、あたしはお腹が減っていた。というか、もうそうにしか見えない。肉まん。肉まんが食べたい。

「おや、名前ではないですか。どうかされましたか?」
「あ、ライダー。お腹減った。何かちょうだい」
「先程桜から貰ったクッキーで良ければ渡せますが…」
「クッキー好き。貰っていいの?」
「ええ。まだたくさんあると言っていたので」
「ありがとーっ。ライダーまじ愛してる」

某神父のせいで昼食を食べそびれたのだと説明すれば、ライダーは仕方がありませんね、とおにぎりもオマケしてくれた。ほんと愛してる!
ライダーとは最近知り合ったのだが、凜の妹である桜ちゃんのお姉さん的な存在らしい。桜ちゃんもライダーも超優しい。天使、マジ天使。
でも、クッキーではあたしのお腹が膨れるはずはない。

「お腹減ったー……」
「おお、苗字か! ちょうど良かった。さっき来た客人がくれたのだが、食べるか?」
「プリンー! ありがとうイスカンダルさん!」

用務室兼警備室の前を通れば、用務員兼警備員のイスカンダルさんからプリンを貰えた。しかも二つ。
去年はよくサボる度にイスカンダルさんに会いに来てたからなぁ、とプリンを食べ歩きしながらしみじみ思う。今年はちゃんと講義を受けようと思っているから、なかなか会いに行けないのが難点だ。
しかし、クッキーとプリン二つでお腹が膨れるほどあたしの胃袋は小さくはない。

「あーあ、お腹減ったなぁ…」
「これをどうぞ」

美術科の生徒であるランスロットからはサンドイッチ。

「名前、こちらをどうぞ」

偶然廊下ですれ違ったセイバーには肉まんを。やっぱり髪型が肉まんに見えた。

「どんだけお腹減ってるのよ、全く」

同じく偶然廊下ですれ違った凜からはカロリーメイトのチョコレート味を。

「貸し、イチですから」

カレンからはメロンパンを。

「ほら、やるよ」
「あ。あたしの好きなやつじゃん! ウェイバーってば覚えてたんだ!」
「たまたまだ! たまたま買ったやつがお前の好きなやつだったんだよ!」

ツンデレなウェイバーからはお菓子二種類を。

「苗字、」
「あ、オディナ先輩。どうかされたんですか?」
「いや、食堂に姿がなかったから、もしかしてお腹を空かせているのではないかと。これ、君の好きなシュークリームだっただろう?」
「最近どこのコンビニでも見なくなったんですよねー。嬉しいです! ありがとうございます!」

喫煙所を通り過ぎたときに会ったオディナ先輩には、コンビニ限定のシュークリームを三つ貰った。
これだけ食べてもまだお腹空いてるってどういう事なんだ、全く。答えなさいあたしの胃袋よ!

「それは昔から君が食べ過ぎたからに決まっていると思うのだが?」

あたしの食料探しの旅を邪魔してきてのは、本日二回目の褐色だった。褐色うぜー、マジうぜー。

「ほら」

と、講義と講義の合間の休憩時間に会ったアーチャーから渡されたのは、あたしが昔からでも愛用するお弁当箱。

「忘れていったのだろう?」
「アーチャー大好き褐色マジうぜーとか言ってごめん!」
「……ほう。君は私の事をそう思っていたのか」
「ごめんってば! もう思ってない! むしろ出来の良い家政婦と思っている!」
「同感!」
「会話に入ってくるな、クー・フーリン!」

朝振りに会うクーさんの顔面は少し腫れていた。多分、きっと、某会長のせいだろうけど、気にしないでおく。
クーさんと一緒にお弁当お弁当美味しいなー! と歌いながら講義室へと入っていく。あれ? クーさんと一緒に受ける講義って、あったっけ? あれ? 何か忘れてるような気がする。

「……ねぇ、アーチャー」
「どうかしたのかね?」
「クーさんと一緒の講義ってあったっけ?」
「いや、私の記憶には無いが」
「だよね」

ふと考える。アーチャーと同じ講義があるのは、同学年だから仕方がない。オディナ先輩と同じ講義があるのは、先輩が殆どの授業を網羅しているから仕方がない。凜やセイバーや士郎達と同じだったり別だったりするのは、学科が違うから仕方がない。
じゃあ、学科も学年も全く違うクーさんと講義が被るのは、なぜだ?

「あぁ、オレ、物理学サボってたから。単位足りなくてもう一年なんだよなー」

━━…………パードゥン?

「何をしておるのだ苗字名前君?」

あたしの大大大大大嫌いなアーチボルト先生が背後に立っていらっしゃいました。
お弁当もちゃっかりと没収されてしまいました。





「お腹減った」

五限目も終わり、サークルや部活動に入ってない生徒は帰宅していく時間。あたしは空腹と戦いながら、模擬試合の相手である先輩をフルボッコにしていた。
空手部道場内には男共のうるさい声。空腹に響くから止めてくれ、マジで。

「礼!」
「ありがとうございました」

女子部員はあまりいない空手部では、非戦闘員であるマネージャーが女子の割合を占めている。こんな暑苦しい部活のマネージャーをして何が楽しいんだか。部活内では一番人気の部長の試合は黄色い声援が飛び交うが、それ以外はあまり女子の声など聞こえてこない。聞こえてくるとしたら、男の応援する声か、すぐ隣にある弓道部の弓道場で弓を射る音が微かに聞こえてくるだけだ。
それ以外の女子の声と言ったら、槍術部と剣道部兼用の道場から聞こえてくる声援くらい。きゃああああ、オディナ先輩いいい! とか、生徒会長かっこいい! とか。逆にうるさくて集中できるのかと気になってしまう。
ああ、お腹減った。

「苗字、次またお前の出番だぞ」
「無理です。お腹減りました。帰りたい」
「またかよ」
「どんだけ空腹なんだ、お前って」
「こんなにちっさいのに、よく食うよな」
「先輩達にはわかんないんですよー。腹が減って死にそう。普通は女子に男子と同じメニューやらせませんから」
「女子部員でお前だけ飛び抜けてんだから仕方ないだろ。ほら、後輩の相手してやれ」
「お腹減ってるから手加減できませんよー」

そう言って新入生の男子部員の元へ向かう。数は五人。未経験だったり、段を持ってたりと帯の色は様々だ。とりあえず、一礼した。

「苗字ー! 三分以内に終わらせたら、俺らからハーゲンダッツ一個ずつ奢ってやるからー!」

それは天使の囁きだった。

「嘘じゃないですよねー?」
「ほんとだって。だからやる気出せーっ」

首の骨を鳴らす。そう言ってる先輩は五人。新入生の数も五人。人数的に、相手がハーゲンダッツに見えてきた。

「と言うわけで、新入生諸君。あたしのハーゲンダッツの為に負けてくれ」

八百長の持ちかけではない。ただの挑発だった。
空手部の代々受け継がれているらしい、一人対複数人の総当たり試合。去年、あたしはそれで先輩を何人も負かしている。自分の空腹の為にも、ハーゲンダッツの為にも、負けるわけにはいかないのだよ!

「始めっ」

審判のマネージャーが声を上げる。
とりあえず最初に有段者が来たので、攻撃の速さを見切ってから回し蹴りで撃退。続いて、突きを防いでローキック、ハイキック。跳び蹴りからの突き二撃。懐に入り込んでからのフェイント含めでまた突き二撃。最後は未経験者だったので足払いをして転ばせてから顔面の拳を一気に下ろす━━!

「止めっ」
「ふぅ。ありがとうございました!」

いつの間にか道場内は静かになっていた。あたしの声だけが響く。

「先輩ハーゲンダッツ、忘れないで下さいね」
「……お前、やっぱり女にしとくの勿体ないって思う」
「失礼ですよ。手加減してるし、ハーゲンダッツ食べたいし」
「結局食い気かよ」

女にしておくのは勿体ない。それは今まで何度も言われたし、自分でも、本当は男じゃないかと疑ったりもするくらいだ。まぁ胸はあるし、下はついてないし、完全に女ではあるんだけど。
先輩が休憩と称してハーゲンダッツを買いに行ってくれている間、あたしは道場の隅でごろごろしとく事にした。
男性部員の他に女性部員は先輩と後輩合わせて三人。あたしを入れて四人。公式戦には、団体で出場は出来ない。個人でも出場する気はないけれど。その三人は、今ランニングに行っている。あたしもランニングに行く事はあるが、いつも男子部員とだ。その間、あたし以外の女子部員は道場内で基礎練習。最初は女子部員と一緒に行動していたけど、顧問である言峰先生が男子と行動しろと言ってきたのだから逆らえるはずもない。
ちなみに言峰先生は古武術や中国拳法の使い手らしい。本当に、神父なのかと信じられなくなる時が年に十何回もあるけど、やっぱり憎めない良い先生だと思う。今日の件は末代まで呪う勢いだったけど。食べ物の恨みは怖いんだぞ。

「……見たかよ、あの女子の先輩…」
「男かよって感じだよな」
「女であんだけとか、正直引くよな」
「ドン引きレベルだって」

さっき闘った新入生とは別の新入生部員の声が聞こえてきた。気にはしない。いつもの事だから。
それでも、居ても立ってもいられなくなって、近くにいたマネージャーに顔を洗ってくると言って道場を出たのは、あたしがまだオンナノコという部類だからだろう。
文句言うなら勝ってから言えっつーの。

「女じゃなくて悪かったな…」

別にモテたいわけじゃないし。つか、モテたいなら空手とかしてないし。
正義の味方になりなさい。そう教えてくれた師範の声が頭に反響した。
顔を洗う水飲み場は道場同士に挟まれている弓道場の真ん前にある。弓道場の辺りに行けば、槍術部剣道部兼用道場からの黄色い声援と道場から溢れている女子生徒の姿が見れる。弓道場にも、アーチャーやら士郎やら、凜の妹の桜ちゃんが所属しているから見学する生徒は多い。
そう考えたら、空手部って一番ひっそりとしてるよな。そっちの方がやりやすいけど。
蛇口をひねり、顔面に水を浴びる。ついでに喉がカラカラだったので水も飲んだ。無料って素晴らしい。
はぁ、と一息。いや、溜め息かもしれない。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、道場に戻るのが憂鬱だ。

「あ、…名前!」
「友達名前ちゃん。今日は早いんだね」
「オケ担当の先生が自分の演奏会が近いみたいで長引かなかったんだよね。休憩中?」
「うん。一息ついたから」

ヴァイオリンケースを背負った友達名前ちゃんが道場の密集地であるこの辺りにくることは珍しい。たいていはあの生徒会長に呼ばれてが多いんだけれど、その度に、何と言うか、取り巻きの男子生徒が背後に控えている。本人曰く、とても邪魔らしい。

「友達苗字さん、こんな暴力女と喋っていたら馬鹿が移りますよ」

こんな暴言は稀ではない。慣れてしまったと言うのが正しいので、特に何とも思わないのだけれど、さっきの一件があるからちょっとだけグサッと来た。

「あのね、毎回言ってるけど、私の友達そんな風に言うのは止めて。名前は私の大切な友達なの」
「でも友達苗字さん。こいつと居たら得する事無いって」
「おい暴力女。お前、女じゃなくて男だろ? 性別間違えてるんじゃないの?」
「大して良い外見でもないくせにでしゃばんなよ」

おかしいな。高校時代の某間桐慎二君を思い出したぞ。あいつは大学に入ってからすぐ海外留学したからここには居ないはずなのになぁ。

「いい加減にしなさいよ、あんた達」
「いい加減にしないかお前達」

友達名前ちゃんの声にダブって、低い声が聞こえてきた。振り返れば、胴着を来たアーチャーが立っている。いつ見ても似合わないなぁ、なんて今言うのは野暮なんだろうな。

「騒がしいと思って来てみれば、雑種風情が何をしておる」
「なんだ? 喧嘩か?」
「クーさん、ちょっと黙って」

え、なんで皆勢揃いしてんの? え、なにこれなにこれ。アーチャーが来たかと思ったら、士郎に凜に桜ちゃん。それから生徒会長にセイバーにランスロット。あとはクーさんにオディナ先輩。イケメンと美少女達に囲まれた。ここは天国ですか、そうですか。

「私の大事な友人を辱めるとは……良い度胸をしているな、貴様ら」
「我が認めた我の従妹の友だ。それ以上の侮辱をしてみろ。明日からこの大学に来られんようになるやもしれんぞ」
「俺の大切な後輩だ。何を言っていたのか、詳しく聞かせてもらっても構わないだろうか?」
「売られた喧嘩なら買うぞ。外見や内面は置いといて、女を傷つけるとは…その性根を改めさせてやっても良いんだぜ」

次々と口を開く背後に居る人達。
なんだろう。自分が一番関係者なのに、一番部外者な気分だ。なんでこの人達はあたしの盾になってくれるんだろう。フラグ立ちまくり乱立しまくりでどれを回収したら良いのか分かりません。

「ギル兄、やっちゃえ」
「大事な従妹の頼みだ。貴様ら、本日中に家に連絡が行くと思え。無期限停学か、退学。せめてもの情けだ。好きな方を選ぶが良い」

どっちも選びたくねえよ。これ以上この人達を野放しにしてたら、あたしを悪く言ってた男子生徒達が可哀想な事になってしまう。
あたしは大丈夫だから。なんで皆こんなにムキになってんの。馬鹿なの死ぬの?
と、いつもの台詞を言えば、アーチャーと凜に怒られた。なんでだ。

「早く立ち去った方が身の為だと思うぞ。今後一切、苗字には関わらないと約束できるのなら、な?」

オディナ先輩の笑顔が効いたらしい。ごめんなさいと連呼しながら男子生徒達は去っていく。大丈夫ですか、と聞いてきたのはセイバーとランスロットだ。いや、だからあたしは大丈夫だってば。

「むしろ、事が大きくなったと思うのはあたしだけ?」
「良いのよ、あんな奴ら。どうせ小心者の集まりなんだから。一回脅しとけばもう何もしてこないわ」
「姉さんの言い方は悪いけど、あの方達にはそれ相応の処置だと思います」

桜ちゃんの言い方も怖いものがあるけれど、皆がそう言うならそういう事にしておこう。
ありがとう、とお礼を言った瞬間、お腹が鳴った。

「……苗字…お前空気読めよな…」
「名前が空腹なのは仕方がありません、シロウ。私もお腹が空きました」
「僭越ながら、私もです」
「お前らってほんと腹ペコ軍団だな」
「あ、……ああぁー!」
「えっ、なに!?」

大切なことを忘れてた!
とてもとっても大切なことだ!

「ハーゲンダッツー!」

叫んだ瞬間、アーチャーに叩かれた。


(2013/02/01)