アパシーがーる。
4月も始まって、大体二週間が過ぎた。あたしにとって恐怖の時期がやってくる。
「お前一人なんだな」
「なんで?」
「今日も名前いねぇじゃん」
「…この間、新作のゲーム買ったとかって連絡来たけど」
「あー、だからか。アイツの親もノータッチになってるな。去年とか突撃訪問されたとか言ってたけど」
「そりゃあね。真剣な顔でゲームに対する熱意を語られたら誰も何も言えないでしょ」
「だろーなぁ」
「それよりも、アーチャーが来てないことの方が問題でしょ」
「え、アイツも来てないの?」
「まぁね」
食堂のいつものテーブルに腰掛けるクーさんと友達名前ちゃん。音楽科の生徒がこっちの食堂に来ることなんて滅多にないから、友達名前ちゃんは誰かが来ない限り食堂には入らない。今日はその役目がクーさんってだけで、オディナ先輩や生徒会長やら様々なパターンがある。
「はい、いつものね」
食堂のおばちゃんから頼んでいた特別製ランチを受け取り、二人の死角へと移動した。
二人からは気付かれてないようで、少し安心する。
まだ喧騒に包まれていない食堂では二人の会話がよく聞こえてきたので、状況の把握がしやすかった。
「そういや、オレも朝から会ってねぇな」
「私は学科そのものが違うから会うわけないんだけど、こんだけ名前が来てないんだからそろそろ血眼になって学内全て捜してそうなんだよね」
「もう一週間だっけか?」
「身体測定の日前くらいからだから、多分それくらい」
「去年もこの時期になると来なくなったような気がすんだよなー」
「私はまだ知り合ってなかったから知らないけど、アーチャーの話を聞くに多分そうだと思う。……あ、こっちこっち!」
友達名前ちゃんの視線が出入口側へと向けられた。つられてそっちを見遣れば、一際輝く二人組の姿があった。 金髪と、垂れ目イケメン。
「二人だけとは珍しいな。いつもの二人は?」
「名前は今日も姿見てないし、何故かアーチャーも姿見えずって感じ」
「アーチャーも? 昨日までは必死に苗字さんを捜していたのに」
「そうか。珍しい事もあるものだな」
金髪が笑い、垂れ目イケメンが眉毛を下げた。
思いの外、あたしの雲隠れ作戦はうまくいっているようで、あたしの姿を見ているのは少ないようだ。確かに、変装して講義を受けてたら誰もわからないか。いや、カレンには即バレだったけど。蔑んだ目で何をしてるのかと聞かれた時は泣きそうになったけど。
「あ、」
「どうかしたのか駄犬」
「犬って言うな! ほら、あれ、アーチャーじゃね?」
嘘ーん!!
クーさんの指差す方を見れば、やつれた感じのアーチャーが居た。
やばい、これはやばい。目の前にある定食を素早く食べ終わらなければ見つかって怒られる。いや、殺られる…!
「今日は遅いんだな」
「いや、今日は午前の講義が全て休講だったから来なかっただけだ」
「名前は? 一緒じゃないの?」
友達名前ちゃんの問いに、アーチャーを包む雰囲気が反転した。黒い。とても黒い。
その変貌に他のメンバーも退くくらい、黒い。
「ま、まぁ落ち着けって。アイツ去年も居なかったんだろ? ゲームしてるんだろうし、その内ひょっこり戻っ――」
「違う。名前はゲームがしたくて休んでるわけではない」
「何か事情があるのか?」
「それは、」
食堂にいる生徒の数が増えてきたせいか、騒がしくなってきた。アーチャー達の声も聞こえづらい。
さっさとこの場所から離れよう。デザートとしてついでに買ったアイスを食べ終わり、席を立つ。瞬間、今一番あたしが聞きたくない声がスピーカーから聴こえてきた。
「心理学科生、苗字名前さん。心理学科生、苗字名前さん。登校してるのは分かっている。今すぐ医務室へと来なさい。繰り返、アイリ! マイクを返しなさい。……苗字さーん、今すぐ来ないと酷い事されちゃうわよー」
前半は疲れたような、少し掠れた低音の男性の声。その後は、明るく優しめだけど少し怒気を含んだ女性の声。
酷い事、というワードに、去年の記憶が蘇って食器返却口に返却したお皿がカチャカチャと音を立てた。
洗い物担当のおばちゃんから不審な目で見られる。
平常心。……そう、平常心を保てばバレるはずがない。変装は完璧なのだから。
食堂の出入口へと歩を進めた。
ここを出れば自由の身だ。アーチャーは登校して来てるのだから、家に戻ってアーチャーが帰ってくるまで新作のゲームの続きをして、帰ってくる頃にネカフェに行けば逃げられ――、
「……見つけたぞ」
二番目に聞きたくなかった声に、背後から声を掛けられた。
右肩に置かれた手からは、逃がさないようにと少し力が篭められている。…………詰んだ。
「――私に何か?」
「大人しく一緒に医務室へと行ってもらおうか、…名前」
「えっ!? その子名前なの!?」
「マジかよ!?」
背後を振り返れば高身長の褐色かーちゃん。それにつられて、青髪やら友達名前ちゃん達がやってくる。
「ヒール高っ! それにウィッグ…? 服装もいつもと違うし、メイクも完璧だし、……え、ホントに名前なの?」
「あぁ。どんだけ誤魔化そうが、その人間独特の癖というものは誤魔化されない。そうだろう? 心理学科生の苗字名前?」
あぁ、もう終わった。あたしの人生詰んだ。
「来てくれたのね? 良かったー。切嗣がやんちゃする前に来てくれて嬉しいわ」
アーチャーに有無を言わさず連れて来られた医務室では、擁護教諭のアインツベルン先生と銃火器を手入れする衛宮先生の姿があった。
ちなみに銃火器は本物ではなく、本物に似た造りをした水鉄砲だ。……去年はそうだったので、そうだと信じたい。
「いつもいつもごめんなさいね」
「いえ、面倒のかかる幼馴染みの世話には慣れているので」
「今年も良いゲームが出来ると思ったんだが……残念だね、苗字さん」
「衛宮先生とのゲームはリアルサバゲーよりもリアル過ぎて二度と御免です」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
褒め言葉として言ったわけじゃないのだけれど、返答の意味を汲むとただの厭味なので気にしない。
アーチャーは、先生方に後は任せたと言うように医務室を去って行った。そして、生徒から影でゴルゴと呼ばれている衛宮先生も去っていく。医務室に残されたのは、アインツベルン先生と、あたし。
「さて、苗字さん。心の準備は良いかしら?」
「……いや、心の準備出来てないので今日は遠慮したいって言うか、さっきご飯食べたばっかりだし…」
「今日の午後は確か授業無いのよね? だったら放課後まで私とお話して心の準備を整えたら良いわ」
「アインツベルン先生、あの、そういう事じゃなくて、」
「あら。私の事はアイリ先生って呼ぶように始業式の日に言ってたはずだけど?」
――あぁ、こんな詰みゲー初めてだ。くそぅ。
(2013/06/03)