アパシーがーる。




今日も今日とて平穏な日々がやって来る訳もなく、あたしは気が付けばアーチャーの目の前で土下座していた。
全ての講義も終わり、帰宅したりサークルに向かったりする生徒が多いロビーの廊下で土下座だなんて、恥さらしにも程がある。

「君は自分のしでかした事を理解しているのか?」
「してますごめんなさい」
「君の為に時間を割いてくれた先生に申し訳なく思っているのか?」
「思っていますすみません」
「私や私以外の学友に心配をかけた事や、サークルの先輩に休んで迷惑をかけた事はどうでもいいと思っているのか?」
「思っていません申し訳ありません」

平謝りだ。それしか他に無い。
アーチャーは怖い。怒らしたらかなり怖い。だから逃げ回っていたのに、やっぱりこうなった。
友達名前ちゃん達ももういいだろうと止めてくれているのにも関わらず、アーチャーは止めずにあたしを怒り続けている。ぶっちゃけ耳タコだ。あたしが耳タコだから聞き流しているという事もアーチャーは分かっているので、しつこく言ってくる。負の連鎖である。助けてー。

「もう見世物みたいになってるし」
「そういや、去年もこんな感じだったな」
「え? そうなの?」
「去年はまだマシだったな。歩きながら怒られていたようだったから。今年の方がグレードアップしているようだ」
「とか言いつつクーもオディナ先輩も止めないんだ」
「悪いのは苗字なのだから何とも言えないだろう。なぁ、クーさん」
「まぁなー」

そこ、見てないでマジで助けて下さい。本当に。
泣くよ。あたし泣いちゃうんだからねっ。
本気の涙目でアーチャーを見れば、少したじろいだようだ。
言葉が詰まる。これはチャンス。

「さっきから謝ってるのに、どうしてアーチャーは責めてばっかなの? あたし謝ってるじゃん。それに、こんな往来の真ん中で女の子に土下座させて、怒鳴りつけて、恥ずかしくないの? あたしは恥ずかしいよ。アーチャーの馬鹿。アーチャーなんて嫌いだっ」

気持ちがノリに乗ったようで、どんどん涙が溢れてくる。
アーチャーはすっかり言葉を無くしてしまっていた。あと、外野もあんぐりとしているのが見てとれる。これで形勢逆転。
それから、これは昔からなのだが、あたしから嫌いと言われる事がアーチャー的にはかなり傷つくらしい。小学生の時から喧嘩するとすぐに嫌い! なんて口走っていたのだが、すごく悲しい表情をする。今みたいに。

「それ、は……すまなかった。だが、君も私の話を聞かないからであって、責めているつもりは、」
「口調がキツ過ぎんだよ。名前も解ったみたいだし、それぐらいにしとけ」

クーさんからの助け舟。ナイス。普段は空気読めないくせにここぞという時に空気を読むそんな先輩が扱いやすくて大好きだ。
あ、褒め言葉です、褒め言葉。

「……わかった。言い過ぎた私が悪かった。許してくれないか?」

差し出される手。掴んで立ち上がる。溢れ出た涙を拭いた。

「オムライス」
「わかった。作ろう」
「うん」

これで仲直り。なんとも単純である。
ごめんね、と謝れば、もういい、と居心地悪そうに言われた。ちょっとやり過ぎたかな。反省。

「これで大団円って感じ? 名前とアーチャーの関係ってよく分からないんだけど」
「本人同士にしか分かり合えない絆があるんだろう。俺達では悔しいほどに、な」
「よっしゃ! 部活行こうぜ部活ー! まとまった事だしな!」

三人が歩いていく先は道場だ。あれ? でも友達名前ちゃんはまた見学なのだろうか?
疑問に思ってアーチャーに聞いてみれば、あたしが居ない間に弓道部に入ったそうだ。そんな進展があったのか。知らなかった。

「名前ー? 行かないの?」
「あ、えっと。あたしは今日はこっちじゃないから」
「あぁ、そうか。今日は空手の曜日ではないな」

アーチャーがそう言うなり、こっちに走ってくる人影発見。あたしにとっては見知った顔で、身体測定を終えた今、猛烈に会いたくない人物だ。

「名前ーっっ!」
「は、いいいいいい!」
「アンタまた太ったでしょ!? 衣装作り直しじゃない! どうしてくれるの!?」
「ぎゃあああああ!! それを言わないでええええええ!!」

演劇部の衣装担当は、あたしにとって閻魔様に近い存在です。詰んだ。


皆と別れて演劇部の部室棟へ。全部員の前でまた土下座。本日二度目の土下座。泣き落としは効かなかった。










「それで?」
「ダイエットなんです」
「だから、君は私に何を言いたいんだ?」
「ダイエットするからご飯食べません」
「死にたいのか?」
「生きたいです」
「なら食べろ」
「嫌だ」

アパートに帰ってからの攻防戦。
約束通り出されたオムライス。卵が半熟でキラキラと光っている。
空腹をより空腹にさせるアーチャーのお料理マジックだ。

「ならば明日からキチンとしたダイエットメニューにしてやる。だからちゃんと食べろ」
「後一週間で痩せなきゃなんだよ? 絶食した方が痩せれるもん!」
「栄養をバランスよく摂取すれば痩せる。それに舞台稽古は段々とハードになっていくのだから、食事はちゃんとしなさい」
「かーちゃんうるさい」
「私は君の母親ではない」

この攻防、勝てる気がしない。
実はと言うか、何と言うか。一週間後には我が演劇部の新入生歓迎公演がある。そのキャストに選ばれているあたしは、衣装のこともあり、痩せなくてはいけないのだ。

「道場の方にも出るのだろう? なら運動量も考えて規則正しい食事と生活をすれば自ずと痩せていくと思うのだがね?」
「それは長い目で見てでしょ? 今すぐ結果か欲しいの!」
「ならば勝手すればいいだろう。私は一切責任を持たないからな」
「アーチャーに責任を負わす気は一切無いのでお気になさらず! なんでそこまで言うかな。アーチャーなんて大嫌い!」
「俺も名前なんて嫌いだ。飯を食べないのなら早く帰ったらどうだ」

――あ。
俺って、言った。

「…すま、ない。別に、本心ではっ…」
「もういい!」

立ち上がる。自分の荷物を持つ。靴を履く事もせず、そのまま隣の自分の部屋へと、鍵を開けて入った。
鍵をかけて。その場にうずくまる。
アーチャーが一人称を俺と言う時は、本音や本心を伝える時。それから本気で怒った時。
諭される事はあったけど、本気で怒られた事はない。
あたしは、十二分にアーチャーを信頼して、甘えて、依存してたから。相当、キたみたいだ。
演技ではない涙が溢れてくる。
明日のご飯どうしようかな。……あ、絶食するって決めたんだから食べなくていいんだっけ。自分で言った事なのに、馬鹿だなぁ、本当に。

「お風呂入って寝よ」

誰に報告するわけでもないが、ポツリと自分自身に言い聞かせるように呟いた。
ドンッ! と一回壁が鳴る。
多分、アーチャーが壁を殴ったんだろう。
自責かそれとも苛立ちか。あたしには分からない。
もやもやしたモノを胸に抱きながら、夜は更けていく。


(2013/10/18)