デッド・ラインを越えるまでに、


決して書店の店頭に並ぶわけではないけれど、その手のジャンルが鎮座しているスペースには大々的に宣伝されて、私の本があった。
――情愛の物語、堂々完結!――
――これが正真正銘の官能小説だ――
うん、見れば見るほど恥ずかしいPOPである。そして、色んな書店にて宣伝されている風景を撮影し、何枚も作家へと送ってくる高杉さんの仕事は、本当に体力仕事なんだなぁと実感する。
でもきっと彼の事なので、私の反応も含めて楽しんでいるのだろう。一応、私の作品のファンではあるのだから。

あの情事から数カ月。特に会うこともなく、打ち合わせもメールや電話でのみ。口調も元に戻ったし、あの一日は私の妄想で、本当は何も無かったかのように。いつも通りの高杉さんに戻っていた。
かくいう私も締め切りに追われながら執筆活動を続けるだけで、変わらず喫茶店でマスターと話したりパソコンとにらめっこしたり。いつも通りの生活に戻っていた。
何か変わったことと言えば、私が一つ年齢を重ねたことと、例の官能小説の連載が終了し最終巻が発売したことだろうか。最終巻になるからこそ雑誌掲載しなかった書き下ろしも収録して発売するとか言われたもんだから、最終話を執筆しながら書き下ろしの内容も構想して……なんて、馬鹿なことをしていた。
まぁ、ネタには困らなかったので設定や肉付けをすればすぐに完成したのだけれど、まさか最終話よりも早く書き上げるとは思ってなかった。
私が締切に追われるということは、その担当である高杉さんも忙しいわけで。そりゃあヅラ子さんのお店に行っても会えないはずである。
いや、別に会いたかったわけではないのだけど、あのままなのは少し居心地が悪いのだ。と、数ヶ月前の事を思い出してみる。
されるがまま、気が付けば寝ていたらしい私の隣には既に高杉さんは居なくて、部屋の外からシャワー音が聞こえてきていたので、あーお風呂に入ってるんだなぁ、とぼんやりとした頭で考えていた。
いざ戻ってきた高杉さんはバツが悪そうにシャワーを借りた旨を含む今日一日の謝罪をしてきたので、私はぼんやりと惚けた頭のまま全てを流し、汗ばんだ身体をスッキリとさせる為に浴室へと向かい、そしてお湯ではなく冷水を頭から浴びて察したのだ。
――やっちまった、と。
昔話は聞いたし、実は顔見知りと言うか、接点があったのも理解したけれど。流石に何度も身体を重ねるのは世間一般的にはズレているだろうし、第一お互い仕事のパートナーのようなもので、本当に私は何やってるんだ。……と、自分へ呆れが混じった叱責。
それが終わって浴室からリビングへと向かうと、帰り支度の済んだ高杉さんが居て、会社へ向かいます。と言ったので、じゃあお気をつけて。なんて何もなかったかのような会話。
そりゃあ、私が勘違いしてしまうのは仕方ないよね。何かあったのに何もなかったなんて、勘違いしちゃうよね。誰に同意を求めるでもなく、独り言のように自身を納得させる為に口に出してしまった。
私が回想している間にも届き続ける、書店の様子を撮影したメール。ここまでされると照れが出てくるので、もうやめてほしいと返信しようとすれば、新しく届いたメールの文字のせいで文章は送れなくなった。



年甲斐もなく、緊張をしているようだ。
ヅラ子さんのお店で最終巻の発売記念打ち上げをするとかなんとかのメールが坂本さんから届いて、早1時間。
少しだけ上等な服を着て、少しだけ気合を入れてメイクして、少しだけ髪の毛もセットなんかして。
待ち合わせ場所に迎えに来てくれる彼はどんな表情をするだろうか。いつもの貼り付けた笑顔なのだろうか。それとも無表情なのだろうか。
ドキドキして、ワクワクして、十代の少女のような気持ちに浮足立ちながら、彼が来るのを待つ。
やっぱり、この気持ちは無くなってなかったようだ。私は、本気で彼に恋していた。

(2021/07/19)

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