デッド・ラインを越えるまでに、
運ばれてきたウーロン茶でお疲れ様でしたと軽く乾杯し、一口飲んでから打ち合わせの始まるまでの間に、ふと、言葉が漏れた。それに対して仕事鞄を漁っていた高杉さんは普段見ないような真顔でこちらを見てくるなり、バツが悪そうに頭を掻くのだった。
「あ、いや、すみません。素の高杉さんってそんな感じなんだなと」
「仕事では出さないようにと、してはいるのですが……」
「いえ、今までの違和感に納得したので。変な事を言ってすみません」
「ペンネーム先生はお気になさらずに」
「そうですよー。コイツ、猫被るの上手なので」
ヅラ子さんが席へ来るなりそう話す。運ばれてきたのは小皿に盛られた数個の枝豆と、小さいバスケットに入った様々な種類のお菓子だった。幼少の頃に食べた記憶のある駄菓子に少し感動してしまう。
懐かしいでしょう、と言いながら私の隣に座るヅラ子さんの容姿はとても綺麗だ。声を聴く限りでは男性なのだが、所作は女性よりも女性らしい。しかし隣に座られてわかる、体格や手の骨格は男性だった。
「打ち合わせだっつっただろ」
「初対面なんだから文句を言うな。挨拶くらいさせろ」
「さっきしてたじゃねェか」
「改めまして、ヅラ子でーす。ファッションオカマでーす」
「桂小太郎。俺と高校の同級生です。男です。以上、戻れ」
「貴様ァ! 本名を言うなァ!!」
この会話を聞くと一瞬仲が悪いのかと捉えてしまうのだが、やはり二人は仲が良いのだろう。高校の頃の仲が今も続いていると例えたら良いのか、多分これは男性特有なのだろう。女である私からすれば、成長と共に同性の友人と話す内容が変わっていく。当時のような会話は出来ないこともないが、少し難しい気がする。馬鹿騒ぎという言葉にブレーキがかかってしまうのだ。だからこそ、高杉さんとヅラ子さんの会話は、自分も昔に戻ったような気がして懐かしい思い出が湧き上がってきた。
高杉さんに促されて渋々バーカウンター内に戻っていくヅラ子さんのスタイルは、女である私から見ても素敵だった。
そしてふと気がつく。高杉さんと同級生なのであれば、彼も私の二つ下だという事実に。化粧をしている見た目もそうだが、肌のきめ細やかさも負けた。私が女でも良いのだろうかという不安感に駆られ、自分の胸元にある二つの膨らみを再確認してしまった。大丈夫、私は一応女だった。
「それでは本題に入っても大丈夫でしょうか?」
「はい。大丈夫です。……あ、でも、一つ良いですか?」
「どうかされましたか?」
「ヅラ子さんとお話されているように、普通にお話して下さい。違和感が凄いので。素の話し方を見てしまった手前、戻れないです」
「お見苦しい所をお見せして、すみません」
「いえいえ。違うんです。前担当が坂本さんだったので、ああいう性格されてますし……。その、カッチリとしたのが慣れなくて。すみません」
「……わかりました。ペンネーム先生がそう仰るなら」
「なんだ、坂本も来るのか。アイツにはツケを払ってもらわねば。そういえば――、」
グラスを拭きながら話すヅラ子さんは会話を聞いていたようで、ふと、天井を見遣ったと思えば、作業を中断してまたこちらへとやって来た。
「どこかで見たことあると思ったら、ペンネーム先生ですかー? やだー、ヅラ子本全部買っちゃってますー。ファンですー」
「あの、ヅラ子さんも、普通にお話して下さい。感情がついていかないです……」
「む。そうですか。それはすまない。書籍に作者の写真があるから、後ろ姿でまさかと思いまして。ファンなのは間違いないです。後でサイン下さいー!」
「あ、はい。書かせていただきます」
「やだー。ヅラ子感激ー!」
「話がややこしくなるからお前は戻れ。邪魔だ」
そしてまた渋々と戻るまでがこの会話のセットなのだろう、と理解をする。ヅラ子さんのキャラクター設定も定まっていないので、本当にファッションオカマさんなのだろう。きっとお客さんによって設定を少し変えてそうなのだが、昔馴染みが客として来店しているのだから定まらないのも仕方ないのかもしれない。坂本さんともお知り合いのようだったので、他のお客さんが来店されたらどうなるのかと少し楽しみになってしまった。
「じゃあ、ちゃんと普段通りのお話の仕方で。本題、お願いします」
「……わかりました」
まだ気が進まないらしい高杉さんはひと呼吸置く。
多少口が悪くなるくらいなら私も覚悟は出来ていた。むしろ褒められるだけでは文字書きとしても成長できないし、指摘はしてほしいと常々思っている。正に高杉さんの素の性格であれば私の望んだ感じになってくれるだろうと。そう思っていた。
「昨日貰ったデータで来月は修正無し掲載。書籍化が今日の会議でほぼほぼ決定しやがったから内容を再構成してプロット再提出。それ次第でカバー案も何点か依頼かけ出すっつー話だ。早めに提出してもらわねェと坂本の首が飛ぶ。スケジュールはこっちで管理、おめーはそれを守りゃあ特に不備はなく終わる話だ。以上」
「……は、はい」
坂本さんの首が飛ばないようにリスケジュールが無いように、いつも以上の迅速さで仕事に取り掛かろうと考え直す。敬語でなくなった高杉さんは無駄な言葉を話すこと無く、完結的に物事を伝えてくれるのでそれはそれで助かったのだが、ここまでぶっきらぼうに話す人だとは私の考えが及ばなかった。その代わりに、顔付きや声色と全く違和感のない話し方だったので、ど肝を抜かれたが抵抗が生じたわけではない。それについては、ヅラ子さんとの会話で一回クッションを挟んでいて良かった。
「お前が気にするなら、話し方、戻す」
「いえいえ! すみません、周りにそういう話し方の方は居なかったので。大丈夫です。会社での打ち合わせ以外はそのままの高杉さんで話して下さい」
私の反応を気にしてしまったのか、目線を横に外らしながら提案をしてくる高杉さんの表情は申し訳ないという気持ちが滲み出ていた。本当に驚いただけなので、全く気にしていない旨を話す。それなら、と会話を切り出され、オレンジ色のライトに照らされてほんのり赤色に見える瞳を高杉さんは私に向けてきた。
「それならペンネーム先生も、普通に話したら良いかと思いますが」
「あー。そうですね。私、ペンネームって呼ばれるとどうしても敬語になるというか。坂本さんは打ち合わせの時だと本名で呼んできてたんですけど……。あれ? 高杉さん、私の本名知りませんでした?」
「基本的に作家のプライベートは詮索しないですし、個人情報なので」
そうだ。個人情報保護法というのもあるわけで、基本的に自分の書籍やファンレターは出版社に届くわけで。むしろそれを自ら赴いて受け取りに行くもんだから、家に届くとかは基本的に無かった。あの坂本さんのことだし、きっと住所諸々は引き継いでいるのかどうなのかというところでもある。まぁ別に隠しているわけでもないので、少し敬語に戻った高杉さんに改めて挨拶した。
「苗字名前といいます。高杉さんと桂さんよりちょっと上のお姉さんです。というか、アラサーです。宜しくお願いします」
私が名乗ると、高杉さんは口元を緩めて少し笑ってた。
軽い自己紹介も終わり、打ち合わせ内容も坂本さんが来ないと出来ないところまで進んでしまったのだが、いつまで経っても坂本さんは現れず、終電の時間が近付いてくる。最悪タクシーで帰れる距離なので問題はないのだが、高杉さんは明日も出社しなければならないわけなのでそろそろ解散しようと提案すれば、待ち人は大きい音を立てながら店内へ入ってきた。
「待たせたのう!」
「坂本お前ペンネーム先生を長いこと待たせおって! そこに直れい!」
「えー、わしこれでも仕事してたんだけどー?」
「自分のケツを拭ってきただけだろォが」
「高杉くん、一応わし、おまんの上司なんだけど?」
やはり坂本さんは底なしの明るい人なのだと悟る。昨日した電話でも明るい人だったし、まぁ、だからこそヅラ子さんも高杉さんも付き合えるのだろうと思った。
「いつも待たせてもうてすまんのぉ、名前ちゃん」
「いえ、大丈夫ですよ。慣れてますから」
「今日はタクシー券持ってきたから、これで帰ってくれん?」
「そんな受け取れません」
「うちの経費じゃ。気にすんな」
お心遣いに感謝して受け取る。タクシー券を持ってきたということなら、多分高杉さんも坂本さんも終電以降まで居るつもりなのだろう。否、この時間からなら終電が過ぎるまで打ち合わせが続くことを仄めかされているようにも受け取れるのだが、二十三時が過ぎた今からなら仕方ないか。
さてと。と高杉さんの隣に座る坂本さんはサングラス越しの目を細め、仕事モードへと切り替える。スイッチの切り替えがきちんと出来る人間は仕事が出来ると言われている意味を、自然に感じてしまう瞬間だ。
「今日送られてきたペンネーム先生の作品に関してなんですがね?」
やはり、坂本さんが来ないと話せない打ち合わせ内容というので、その関係だと思っていた。既存の仕事である打ち合わせは終わっているのだから、当たり前といえば当たり前だ。
自分の予想が当たり、書き上げた時、そして起床時の自分の感情を整理して、改めて断ろうと姿勢を正す。
「……あれは、試しに書いてみただけで私の作風ではありませんし、駄作なのは自分でも理解してます。それに私はこのお仕事を受けるつもりは毛頭ないんです。本当に興味本位で書いただけと受け取って下さい。すみません」
「いや、頭から貶すわけでは無く。むしろ部署内で大絶賛だったんですわ」
「確かに稚拙で殴り書きしているだろう箇所や慣れない表現で戸惑いを感じる部分もあるが、主人公の感情やそれを取り巻く人間模様の動きは良かった。評価は高いんだ、自信持て」
高杉さんから話を受け継ぎ、笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ坂本さんからの誘惑を、私は再度持ち帰り再考したいと申し出るしか出来なかった。
(2020/08/06)
Back Novel.
Back Top.