いやいやいや、ありえないありえない。
寝ぼけたままの頭を一生懸命フル回転させたあたしは、目の前に広がっている状況を全力で否定した。


同棲、一日目。




「……やっと起きたか」

日曜日の昼下がり。
15時から妙達と出掛ける約束していたのでそれに合わせて起床してみれば、慣れない煙草の臭いが鼻をかすめ、低い声が耳に響いてきた。

「色気のねぇカッコだなァおい」
「えーっと、……え?」

頭をガシガシかいて、状況を整理する。
どうして我が家に高校の変態保健医がいるんですかそうですねきっと夢ですね。よし、もう一眠り  

「待てよ」

ぐい、とパジャマの襟を掴まれ、息が詰まった。
息が出来ず苦しい事を動作でアピールすれば、すんなり襟元は開放され、フローリングの冷たい床と膝がぶつかる。

「昼過ぎに起きるたァ、良い度胸じゃねーか」
「あははは……それほどでも」
「褒めてるわけじゃねェよ」
「スミマセン」

椅子に座れ、と言われ、しぶしぶダイニングテーブルへと向かうが、隣に座るのも嫌だし対面上に座るのも嫌だ。
嫌嫌尽くしなので仕方なく斜め前に座れば、喉を鳴らしながら笑われてしまう。
言葉が見つからないが、これは大人の余裕というやつなのか。うわあ、なんだか卑猥だー!!

「どうして俺がここにいると思う?」
「銀魂高校の保健医であるタカスギ先生が我が家に上がり込んでる理由なんか起きたばかりのあたしが知るはずないと思うんですけど」
「そうか……」

一息で言ってみたものの、寝起きの喉にはいきなりの運動だったらしい。咳き込みそうになるのを堪える。
タカスギ先生は何も理解できていないあたしに対して、憐れみのような返事をして煙草の箱から新しく一本出し、吸い始めた。
灰皿には既に数本の吸い殻があるが、一体全体、この保健医はこの家にいつから居たのだろうか。
それを一番知りたいのに黙られてしまっては、あたしも黙り込むしか無い。沈黙が体に刺さって痛いです。

「これ、お前の親から」
「え、あー…はい」

渡された白い封筒の宛先は高杉晋助。差出人は、渡米しているはずのあたしの両親だった。
チラ、と変態保健医を見ると目線で読めとって促されたので、黙って封筒を開けて中に入っている手紙を読むことにした。

  拝啓、高杉晋助様……なんですかコレ」
「良いから読めっつってんだろ」
「スミマセン。……お久しぶりです。アメリカに来て半年が経ちました。日本が恋しい時期です。娘が元気でやっているか心配です。どうか、娘と同居してはいただけないでしょうか……ってオイイイ!!」

何考えてんのあの親! 馬鹿じゃないの! 馬鹿通り過ぎて未確認生物じゃないの! つか文脈ねぇよいきなりじゃねぇかよなんなんだよこれェェ!!

「ククッ。まァそういうことだ」
「何がそういうことなんだ変態保健医!! あたしは知らないぞ! つか娘に手紙送らなくてなんでアンタに手紙が届くの!? メールも電話もないのに!!? そのへんちょっとおかしくないっ!!?」
「そりゃあ、俺が知り合いだからに決まってンだろーが」
「いやいやいや、知り合いにこんな変態保健医がいるはずないんですけど!」
「父方の母親。お前のばあさんの旧姓、わかるか?」

煙草の煙を一吹きして、冷静な声。トーンが低すぎるくらいだ。
なんだか教師に問題の回答を促された気分になる。いや、実際に教師と生徒なわけなのだけれど。
冷静に、冷静に対処しよう。こういう時こそ感情に思考を支配されてはいけないんだ。

「えっと……苗字がおじいちゃんだからおばあちゃんが……まって、高杉なんて居ないんですが?」
「俺ァ、そのばあさんの父方の兄の息子の嫁の娘の息子ってわけだ」
「遠っ!! 遠い親戚だなマジでッ!!」
「血は繋がっちゃいねェがな」
「もう旧姓聞いた意味ないですよね!!?」

タカスギ先生によれば、息子の嫁ってのが元夫が故人で再婚したらしい。その間に生まれた娘だから、戸籍上は遠い親戚に中るけど血縁関係は無いとかどうとか。
突然のカミングアウトに脳の処理が追いつかない。まだまだ子供な女子高生には受け止められない現実だろう。

「タカスギ先生の実のお祖父さんは亡くなっていて? あたしのひいお祖父ちゃんのお兄さんの息子が、義理のお祖父ちゃん?」
「そういう事だな。そこまで阿呆じゃなかったか」
「――と、…遠すぎるんじゃボケェェ!!」

勢い良く手紙を破る。意味がわからない。わからなさ過ぎて脳がオーバーヒートしそうだ。
どうしてそんな得体の知らない、どこの馬の骨ともわからない血縁の無い親戚があたしと同居するんだよ!
と、ビリビリに破いた手紙が宙を舞えば、タイミング良くマンションのインターホンが鳴った。

「……はい、苗字です。  え、宅急便……?」

血の気が一気に引いていく。
振り向けば、嫌味ったらしい顔で、変態保健医がこっちを見て笑っていた。

「これから世話になるぞ、名前チャン?」

受話器から何度も聞こえる宅急便のお兄さんの声よりも、目の前の極悪非道な変態保健医の笑い声の方が、あたしの耳を占領していた。


誰か嘘だと言って。
(2008/06/06)
(2019/09/01 再編集)