同棲、九十六日目。



進路相談というものは、実に面倒なものだなぁと実感した。まる。
大学に入学するには様々な入試体制があって、例えばAO入試だとか、推薦だとか。一般的なのはセンター試験を受ける事だけれど、成績が優秀な人で指定校推薦枠やらは埋まってしまう。
そう、我が高校で言うと、品行方正で成績優秀者の多いA組とか。
つまり、あたし達Z組にはセンター試験か就職か……もしくは専門学生になるか、の選択肢しか無いのだ。

「私? 美容学校に行くつもりだけどー?」

そう、ハム子は専門学生になる…らしい。つまり自分の外見も整えてくると同じ意味だと思う。

「私達は実家の神社があるから」
「ピィー! ピ、ピピピィー!」

阿音百音姉妹は家業を継ぐらしい。そういった神社仏閣専門の大学へと進学を決めているようだ。

「私は就職ね。今時、大学出てようが高卒だろうが給料はあんまり変わらないみたいだし」
「私は実家に帰ってコンクリートジャングルからはおさらばするで!」

将来の事を色々考えているクラスメイトに対して、どうしてか、あたしは冷えきった考えしか持てなかった。
なんだろう、この、変な感じ。
もっとこの関係が、クラスが、もっと続いて欲しいと思う感じ。
多分、きっと、まだまだ皆とバカをしていたいのだと考えているんだろう。それは叶わぬ夢なのは理解しているし、なんだかんだと大人の階段を登っていかなくてはいけないので、離れ離れになるのは仕方が無い。
仕方が無いのだけれど、やっぱり寂しさは勝ってしまうものだ。

「あー、わかるわかる。俺もあったよ、それ」
「神威さんも?」
「もうコイツらとバカ出来ないんだなぁと思うと寂しくてね、思わず――」
「思わず別の高校に殴り込みに行ったとかの話ならやめて下さいね…?」
「やだなー。俺がそんなことするわけないじゃん。やったのは阿伏兎の方だし」
「俺は巻き込まれただけだけど!?」

進路相談の日が近付くにつれて、やはりどんどん深みへとハマってしまっている気がする。
もう喫茶店に就職でも良いのではないか。とかそういう事を先生や銀八に言えば、流石に止められるだろうから言わない。あと親にも反対されるだろうし。
バイトが終わって、帰宅して、銀八から押し返された進路希望書をもう一度見る。
第二希望の欄に高杉名前になる、と書いたことに関しては、我ながらこんな恥ずかしい事をよくしたな、と思い直した。
いや、プロポーズとかされたわけじゃないし、予定があるとかもわからないし……第一、先生とあたしでは十歳くらい歳が離れてるのだから。結婚は現実味が無いかもしれない。
いやいや、でも、だ。昨日はその話をしたら満更でもない感じだった、はず。というか、先生からその話題を振ってきたわけだし。
あ、でもうちの親はどうなんだろう。もし、先生と結婚するとか言ったらどう思うのだろうか。
多分、一般的家庭なら、父親の方は必ず卒倒すると思う。でも、我が家は両親が家に居ないからこそ親戚である先生を家に呼び寄せて、娘の面倒を見てもらうという、明らかに一般的ではない感じだし……まぁ、晋助くんが名前と結婚してくれるの? とか、名前を宜しく頼むよ、晋助くん!――とか言いそうで。

「うん、これは確実にありえるだろうな……」

なんたって、うちの両親はなんかズレているし。というか、娘が学校の先生と付き合っている事を既に容認しているし。
まぁ、つまり、だ。親は大賛成だろう。あ、でも、先生の親御さんはどうなのだろうか。
そういえば、先生から家族の話を一切聞かないし、疑問が残る。

「何してんだ」

お風呂から出てきた先生は無駄にエロい。本当に、無駄にエロい。――いや、今はそういう事ではなくて。

「進路の、突き返されたので」
「まだ悩んでやがんのか」
「とりあえず、大学には行くつもりですけど……やっぱり親には言わないとだし」
「そうだな」

お風呂上がりの晩酌であるビールを飲みながら、先生は話を聞いてくれる。
半ば聞き流されている感も否めないが、そこは気が付かないふりをしておこう。

「大学って言っても、学部とかもあるじゃないですか……特に習いたい事も無いので、どの学部にしようかとか思ってて…」
「得意教科は無ェのか?」
「強いて言うなら、国語…ですかね。まぁ、日本人ですし」
「じゃあ文学部系にしたらいいんじゃねェか」
「でも、そこまで深く勉強したいってわけでも…うーんって感じですね」

――ブチ。
と、なにか聞こえたような気がする。

「おめーな、何度も何度も同じ事言わせやがって。たかが進路でグダグダと悩むな。これから自分の行く末なんて誰も解っちゃいねェんだ。だったらそれまでガキはガキらしくしとけ。第一、親に相談するなら電話なり手紙なりあンだろォが。その行動が未だに出来てねェっつー事は、まだ自分の中に納得出来ない何かが渦巻いてるって事だろ」

珍しく先生にまくし立てられた。突然の事だったので、開いた口が塞がらない。
あたしの様子を見てか、先生からポツリと、悪かったと謝られるが、実際、うだうだと悩んでしまっているのはあたしなので、首を横に振って先生は悪くないと伝えた。

「次の日曜日に、電話してみます…!」
「おう。その意気だ」

さっきの変な音は、先生がキレてしまった時の音だったのか。ちゃんと覚えておこう。次に聞こえたら、すぐにフォロー出来るようにしなくてはいけない。
そろそろ夜も遅くなってきたし寝ようとすれば、先生がいつの間にか自室から持ってきたであろうノートパソコンをテーブルに置いて、何か作業をし始めた。
学校の関係だろうし、あたしは見ない方が良いだろうけれど……気になる。とても気になる。
そーっとソファーの後ろに回り込んで背後から覗き込んでみると、先生の顔がこちらにぐるっと向いてきたので、可愛い可愛い悲鳴をあげてしまった。

「ぎゃってなんだ。女らしくねェ」
「いや、先生の首の方が人間らしくないですよ!? 180度いきそうでしたよ!!?」
「そう簡単に回るわけあるめーよ」

本当に怖かった。軽いホラー映像を見せられた感じだ。
まぁ実際は、体ごと向けられただけなのだけれど。

「生徒が見るもんじゃねェ」
「えー。なんですかそれー。一緒に住んでるから見てもいいでしょー」
「カンニングとして銀八に言いつけるぞ」
「ん? カンニング?」

はて? カンニングとは何の事だろうか?
何も思い付かなくて、でも何か忘れてそうで。必死に考えてみるが、全くピンとくるものが浮かんでこなかった。

「進路で悩むのもいいが……中間考査は高得点がとれるんだな」
「――ああああああああ!!!!」

なんだろう、これ。もの凄くデジャヴュだ。



翌日。とりあえず銀魂大学に進学と訂正した進路希望用紙を銀八に提出し、テスト範囲をいつも通り全く聞いていなかったあたしは妙とトシに範囲と勉強を教えてもらい、なんとかギリギリ及第点を獲得出来るようにと努力した。
努力はしたんだ。そう、結果より過程が大事だって、誰かが言っていた気がする。
そして目の前に広げられる答案用紙。
まさかの三者面談の時にテストの返却があるなんて思わない。言ったと言われてもあたしは聞いていない。授業中もペロキャン舐めている担任の話なんて、1ミリたりとも聞いていないのだ。仕方がない!

「名前さぁ、この成績だったら大学危ねぇぞ?」
「全部平均点はあるもん! がんばったもん!」
「ならキチンと勉学に励んでいれば、満点も夢じゃないんだろォな?」
「ごめんなさい、ごめんなさい。これでも努力したんです。一夜漬けじゃないんです。1週間くらい頑張ったんです。許して下さい」

先生の保健体育は選択授業になるのであたしは受けていない。受けていないのだが、教師二人に責められるのはメンタルに響く。ガンガンとくる。
そうだなぁ、とため息混じりに銀八が口を開いた。

「お前の志望って文系だろ? とりあえずは国語、社会、英語をおさえときゃなんとかなる」
「無駄に国語だけは点数が良いんだな」
「銀八の授業が意味不明だから、イチから自分で勉強したの」
「ちょっと名前ちゃん!? 先生傷付くんだけど!?」
「違いねェ」
「高杉もそれ言っちゃう!!?」

シクシクと言いながらいじけた銀八を慰めないと面談にはならないが、先生は慰める気なんて毛頭無いだろうし。あたしも無い。自力で立ち直ってくれるのを待つしかほか無い。
先生曰く、これからみっちり受験勉強を始めるつもりだと言ってはいるが、それよりも先に問題があるのだ。
――今年最後の12月にある面談は、必ず親が来ないといけない。
そりゃあ、ずっと親不在で、親権も持っていない遠い親戚が面談をしていたのだから当たり前である。
まだ大学進学の話は出来ていないので、本当にそろそろ電話をしなければいけない。
どう言ってくるのだろうなぁ、と他人事みたいに考えてしまうのは……多分、先生と一緒に過ごしていた時間が濃いからだと思う。

三者面談が終わり、家に帰る途中の車内。ふと、あたしが大学に進学したら、先生はどうするのだろうかと考えてしまった。
うちの親がいつ帰国するかもあたしは知らないけれど、先生は何か話をしているのでは、と考えてしまう。
元々期間限定みたいな感じだったはずだし、大学生になれば一人暮らししている学生は沢山居るはずだから、先生が出て行くとなっても問題は全く無いのだ。家事スキルも不本意ながら上げられてしまったようなものだし。
聞きたいけど、少し怖くなって聞けない。
不安に駆られながらも、車は無事にマンションに着いてしまった。会話は特に無かった。

「あぁ、そういえば――」

珍しく、先生は何かを思い出したように口を開く。

「お前の両親、帰ってきてるぞ」

テスト問題に出てきた、開いた口が塞がらないというのは、この事だと理解出来た。


一波乱起きそうな予感しかない。

(2017/10/27)
(2019/09/06 再編集)