同棲、百日目。



目の前に置かれる数冊の参考書。そして、赤本。
進路を決めただけでは、お受験戦争に勝てない。確実に勝利する為には、過酷な修行を積まなければならないのだ、まる。

「いいか。お前の目指す人文学部の日本文化学科は、センター試験で三教科三科目が銀魂大学の試験科目だ」
「イエッサー!」
「国語は必須科目なので除外して、お前の二年間のテストを統計してみれば、意外にも倫理と地学が良かった」
「イエッサー! 意外にもってなんですか喧嘩売ってるんですかサー!」
「という事で、この三教科に追加して数Tと英語も勉強しとけ」
「ちょっと意味わからないですサー!」
「試験科目を多く受けた場合、より良い点数の教科が反映されるからに決まってるだろォが」
「結局五教科ですね!!?」

つまりこの教師は、地獄の二日間を繰り広げろと、あたしに言っている。
センター試験は二日に分かれて各都道府県の開催地で行われるのだが、一日目は文系学部、二日目は理系学部だ。
あたしが受けるのは人文学部の為、文系学部になるから一日目の試験だけで良いのだけれど、目の前の、鬼教官と化した先生はそれを許してくれないらしい。
全体的な学力の底上げとかなんとか言われるが、あたしの勉強嫌いは今に始まったものじゃないと記憶しているし、銀魂高校にも合格出来た事が奇跡に近いかもしれないのだ。実際、自分よりも学力が低いと思っていたクラスメイト数人を差し置いて、あたしはクラスで最下位を一年生の頃から何回も経験している。
そんなあたしに、五教科を勉強するだなんて、出来るのだろうか。

「出来るかじゃねェ。やるんだよ」
「先生の顔がいつにも増して怖い」
「悪かったな。元々だ」

自室で勉強したい旨を伝えてみたものの、サボるだろうからとダイニングテーブルで勉強する事を強制されてしまった。決めつけは良くない。あたしの事だから、多分きっと、サボっていたとは思うけれど。

「センター試験の申し込みも終わってんだ。あとは期末に向けてと、来年の試験に向けて血反吐を吐きながら、文字通り頑張るんだな」
「血反吐を吐きながら頑なに張りたくはないです…! 多分それ死んじゃう…!」
「死ぬ気でやれって言ってンだよ」
「ひぇっ」

先生の右目のお目付きがお悪くなりました、はい。
10月も下旬へと近付き、ニュースは紅葉狩りの放送しかしなくなったこの頃。発破をかけて先生の監視の目がキツくなったのは、これ全てテストや試験のせいだ。
文化祭終わりの中間試験はギリギリ及第点という所だったので、先生としては、何としてでも次の期末で良い点数をあたしにとらせたいらしい。詳しく聞けば、センター試験への活力になるとかどうとか。
ぶっちゃけると、ならない。こんな思いをして勉強して、テストで良い点数を獲得しても、特にいい事があるなんて想像出来ないので、あたしに活力にしろと言われても無理がある。今までどうしても勉強に対してやる気が起きなかったのだから、今更やる気を出せというのも難しい。
どうせなら、頑張れば先生からのご褒美があるとか、そんな感じなら良かったのに。
シャーペンをくるくると回せば、低いドスの利いた声で注意されてしまった。
何か目標をもって勉強をするというのも、今は大学進学の為にという意識しか無いのでなんとも。これは、自分の意識改善からしなければならないのかもしれない。
とりあえず国語のページから見てみるが、問題文のコラムか何かを読んでいればだんだんと眠気が――いかん、いかん。

「……明日からじゃ駄目?」
「駄目だ」
「目の前で監視されてると……ねぇ?」
「ねぇ、じゃねェよ」

呆れたように煙草の煙をこっちに吹き掛けてくる。副流煙、副流煙! と手で煙を払えば、喉で笑われた。

「年明けすぐにセンター試験だ。それまで頑張れよ」
「はいー…」
「その前に期末だな。今回は親に点数見られるんだ。それだけでもやらねーという理由にはならねェだろ」
「え? あれ? 先生ってあたしの成績とか伝えてたはずじゃあ…」
「……言ってよかったんだな?」
「言わなくてありがとうございますーう!!」

まさかの約二年間に及ぶ先生のファインプレーの告白に、テンションが上がった。流石の何様俺様変態保健医高杉先生だ。
まさか伝えてなかっただなんて。そういえば会う度に色々と問題が起きていたから、成績の話などされた覚えはないなぁ。
なるほど、なるほど。だったら期末は頑張らないといけない。両親はあたしの成績に一抹の不安を抱えながらも、ここまで育ててはくれたんだ。意外と勉強が出来ることを見せつけなければならない。

「なんか、やる気出てきました」
「そりゃ良かったな」
「がんばるぞー! 目指せ平均以上!」

先生がククッと笑う。期待をしているかしていないかと言えば、多分期待はされていないのだろうけど、次は期待しても良いみたいなところまではもっていってやろう。
3Zに席を置いているんだ。それが数日足らずのトッシーでさえも、あの環境に毒されていたのだから、約三年も馬鹿騒ぎをしていたあたしはもっと染まっているはず。
きっと、この燃え上がる負けず嫌いがそれだ。そして普段のやる気の無さは担任の影響だけれど、それはそれ、これはこれだ。

「明日から本気出すんだろ?」
「う、うっす!」
「精々頑張るこったな。おめーがやる気を出しゃあ、後から結果は付いてくるもんだ」
「オッス!!」
「じゃあ寝ろ。日付け変わるぞ」
「そりゃ眠くなるってもんですね!」
「それはお前の活字嫌いのせいだろ」

そう言われてしまったら言い返せない。あたしはやっぱり先生には勝てないのか。
一緒に寝てやる発言を華麗にスルー出来るようになったのは、成長した証拠だと受け取っておこう。
ノートパソコンで何やらカタカタと作業をしだした先生に、おやすみなさい、と声を掛ければ、いつも通りの短い返事が返ってきた。
うん、やっぱりいつも通りだ。
部屋に入って電気を点ける。ふぅ、とひと息。
確かにあたしは受験生で、先生からの発破がないとやる気を出さないという勉強嫌いな生徒ではあるが、あそこまで真摯に言われる事なのだろうかと疑問に思う。
いや、世の中の受験生を敵に回したいわけではない。もっと頑張っている人はたくさん勉強しているんだろう。
でも、それをあたしに求められても困るというか、なんというか。

「先生、やっぱり何か焦ってるみたい」

疑問が口から漏れた。
切羽詰まっているように感じるのだ。なんか、あたしの進学が義務化されているような、そんな感じ。
言葉で表すのは難しいこの疑問は、どう解消すれば良いんだろう。
部屋の電気を消して、ベッドに潜れば忘れるだろうか。

「……なるようになれ、だ」

そうだ。一日に一教科をある程度進めることが出来たら、先生から何かご褒美を貰おう。そうすればやる気が出るとかなんとか、言いくるめれる気はしないけれど、少しは納得してくれるかもしれない。
あたしが頑張る事で、先生を取り巻く事情が少しでも解決するなら、強力したいからやるしかない。
なんだかんだと文句はあるけれど、結局先生の事が好きなんだなぁと確信しながら、あたしは瞼を閉じるのだった。



翌日、起きてきた先生にご褒美云々を伝えれば、鼻で笑われて終わってしまったのだが、折衷案で期末テストの結果次第と言われてしまった。
これはこれで、またやる気が出てくるってものである。
授業自体が自習も多くなるこのテスト前の時期だからこそ、勉強出来る時間が多く確保出来るのは嬉しい。
重い重い参考書を持ってきた甲斐もある。
黒板に白チョークで自習と書いた銀八は、椅子に座って寝だしたし、好機とばかりにあたしは参考書の問題を解き出した。

「あら、名前が真面目に勉強してるわ」
「明日は槍でも降るんじゃないか?」
「近藤さん、そいつは野暮ってもんでさァ。きっと高杉のヤローに唆されたに違いねェ」
「やる気出すタイミングが遅いアル。さすが名前ネ」
「……ねぇ、聞こえてるんだけど? 聞こえるように言ってた? 真剣に勉強してるクラスメイトに向かってそれは無いんじゃない?」

悪びれもせずに珍しい光景だからと言われてしまえば、なんだかデジャヴュだ。昨日も言い返せない事を言われてしまった気がする。
あたしの真面目な姿をからかう数人を窘めるように、トシが会話に加わってきた。

「わかんねーとこあったら聞けよ」
「ありがと、トシ」
「……で、いきなりやる気を出した理由はなんだ?」
「あ、トシもそこは気になってるのね」

まぁな、と返事をされた。
もしかするとクラスの全員が気になっているかもしれない、なんて考えてみれば少し怖い。そんなにあたしはやる気が無い子だったのか。銀八よりマシだと思ってたのに。

「いや、ちゃんと大学には進学しときたいなぁって」
「それだけなの? 高杉先生、絡んでるんじゃないの?」
「絡んでは、ない、よ…?」
「これ絶対嘘アルな。目が泳いでるもん」
「嘘じゃない…よ」
「チャイナがそう言うから意識しだしたじゃねぇか」
「それで、実際のところはどーなんだよ、名前」
「いつの間に起きやがった銀八」

何故かあたしの周りには起きてしまった銀八も含めて、クラスメイトが集まってきていた。醜態を晒してしまうのは嫌なので、黙秘を行使する。
まさか、勉強する為の時間が、こんなに質問攻めされる時間に変わっているなんて、思いたくないものだな。

「期末もセンター試験も近いし、ちょっと頑張ろうって思ったの。親に心配かけたくないし」
「模範解答ね。ほら、何があったか言いなさいよ」
「ピィー!」
「えぇー……」

逃げ場なんて、Z組にあるわけが無い。
唯一逃げられるかもしれないといえば、さっちゃんの異次元ロッカーくらいなのだけれど、その場所へは行けそうにもなかった。

「ちょっとだけ、やりたい事が出来たの」
「それは担任として、聞き逃せない発言だなぁ」
「なんでよ」
「ほら、今まで先生がしーっかりと進路について相談のってやってただろ? 悩んでるなら先生に話しなさい」
「いや、もう悩んでないから。やりたい事出来たって言ってんじゃん」
「じゃあそのやりたい事を話しなさい。先生が聞いてやるから。ついでに下着の色も言っ――」
「ごめんなさい、先生。まだ蚊が飛んでたみたい」

ハエたたきのように扱われたゴリラと、ハエのように叩かれた銀八は悲鳴も無くぶっ倒れた。
妙は毎回ナイスなプレーを見せてくれる。流石、お妙さん。
丁度よくチャイムも鳴り、銀八とゴリラを放置して、クラスメイトは各々の休み時間を過ごし始めるといったところで、意識を取り戻し、起き上がった銀八が一言。

「名前、お前、昼休みに国語準備室な」
「は?」

なんでよ。と、聞き返すが、歯切れの悪いはぐらかし方だ。これは、そうか。多分、先生関係なのだろう。
だからといって、教室内でそんな事を言われても。メールなりで連絡してくればいいのに。Z組全員の連絡先を知ってるんだから、それくらいしてくれ、マジで。

「はいはい、わかった。お昼休みね。お弁当食べてから行く」
「なるべく早くなー」
「ん、わかった」
「ちょっと待って!? なんなの!? なんなの今の会話!!? 正しく、おいそれ取って、ん、みたいな熟年夫婦の会話じゃなかった!!? 私を差し置いて!! どういう事なのよ!! 名前アンタ、裏切っ――」

今度は銀八がゴリラを使ってさっちゃんを黙らせた。あとで誤解を解いておこうと思いました、まる。


お昼休みまで、あと二時間。

(2019/09/10)