同棲、百一日目。



お昼休み。食堂でお弁当を食べ終わって、銀八から言われた通り、国語準備室へと向かう事にする。
三回ノックをして扉を開けば、まだ食事中の銀八と目が合った。
ズルルル、とカップラーメンを啜る銀八の視線が椅子に座れと言ってくるので、食事を待つ為に近くのパイプ椅子へと腰掛ければ、軽く音が鳴る。
……太ってない。断じて太ってなどいないはずだ。文化祭の為に軽くダイエットしていたし、神威さんのお店のケーキが美味しいからって食べ過ぎてはない。……はずだ!

「悪ぃな。待たせた」
「いや、大丈夫。みそラーメンのにおいがすごいだけ」
「換気するね!?」

鼻が敏感な人程、このみそラーメン独特のにおいが苦手な人は居るだろうに。あたし以外の生徒が来たらどうするつもりだったんだ。
いや、銀八を訪ねてくる生徒なんて3Zの生徒くらいなものか。
他のクラスの授業を受け持っているにしろ、銀八に何かを相談しに来るなんて事はほぼ無いだろう。
つまり、これは、あたしに対する嫌がらせか。そうなのか。
窓を開け、空気の換気を早く済ませるように、銀八は手を大きく振って国語準備室内の空気を外に出そうとしているが、それって意味が無いのでは? と思った。

「こんなもんか」
「まだ残ってるけどね」
「もう許して!?」

お昼休みも有限だ。早く話を済ませたい利害は一致しているので、少し残ったにおいは我慢してやろう。
家に帰ったら制服をファブろうと心に決めて、パイプ椅子に座り直した。

「で、話ってなに?」
「単刀直入に聞くけどよ。高杉と何かあっただろ」

はて。何かあったかと言われればあったかもしれないけれど、何も無かったかと言われれば何も無かったかもしれない。
強いて言うなら、親からの正式な交際許可が下りたとか、今更ながらにプロポーズ紛いの事を親に言ったくらいだろうか。
あ、あと――、

「焦ってる? あの高杉が?」

感じたままをそのまま伝えれば、銀八は信じられねぇと目を何度も開閉する。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、死んだ魚が生き返ったような目になったが、すぐに死んだので気のせいだったと思おう。

「でも、そうとしか言い様がないというか…。なんか、こう、あたしを大学に入れたくて焦ってる? のかな、んー、どう言えばいいか分かんない」
「国語の勉強もちゃんとしとけ。俺の授業はそんなにつまらないですかチクショー」
「いや、そうじゃなくて。どう言ったら良いんだろう。んん、待ってね。んー、……えっと、思い詰めてる、かな。とりあえず、そんな感じ。何か考えているんだろうけど、辛そう? に見えちゃうの」

だから大学に合格して、あたしが重荷になっているならそれを解消したいと思ってる。……と、正直に言えば、今度は銀八が唸り出した。
銀八の方こそ何か心当たりがあるのではないかと思ったが、両腕を組んで唸り出してから数分。唸り声はいびきに変わった。
デスクの上にあるノートを手に取って銀八の頭にスパーキング。

「……あれ? 俺、寝てた?」
「寝てた寝てた。これで起きなかったらさっちゃん呼ぶところだったよ」

さほどダメージは与えられていなかったようだけれど、まぁいい。このダメ教師にしてダメ担任に甘くなったのかもしれないが、三年もこのノリに付き合っていたら多少のボケには目を瞑ろう。
そうだ、と昔の漫画のように閉じた右手を開いた左手にポン、と押し付け、あたかも今思い付いたように銀八は続ける。

「お前は期末テストを乗り越えとけ」
「は?」
「高杉の事は俺がなんとかしてやるよ」
「いや、信用無いのだけど…?」
「この、すってきな担任に、まっかせなさい!」
「いや、だからクズな担任に任せられないんだけど…?」
「……俺、そこまで信用無い?」
「無い無い。倦怠感塗れのだらしのない担任なんて、信用ならない」
「シリアスモードになったら目が輝くと定評があるんだぞー?」
「それとこれとは話が別でしょうに」

あたしが呆れていると、まぁ見てろって、と銀八が言い、手を二回叩いた。二拍子。たったその二拍子で、国語準備室の掃除用具入れロッカーが開く。
出てきたのは、言わずもがなさっちゃんだった。

「おい猿飛、おまえに頼みたいことがある」
「先生、私そんなに軽い女だと思われてます? その頼みたいことが名前関連でしたらお断りです。私、他の女にしっぽ振ってる浮ついた男の頼み事なんて、」
「あそこに俺が食い終わったみそラーメンがある」
「なんでもお願いしてくださいワンッ」

今の会話でなんの交渉が行われたと言うんだ。さっちゃんの変態度は置いておいて、銀八もなに生徒をこき使ってんだよ。
なんて、この二人にツッコミをしてももう意味が無い所まで達しているから、あたしは何も言うまい。

「猿飛、お前にしか頼めないんだ。俺のお願い、聞いてくれるよな?」
「クゥーン! ワンワン!」
「よし、いい子だ。話はどうせ聞いてたんだろ? 高杉を探ってこい。……前報酬だ、行ってこいィィ!!」

そう言うと、手に持ったみそラーメンのスチロールカップと使用済み割り箸を、ロッカーの中に投げ入れるのだった。
さっちゃんはそれを追い掛け、異次元ロッカーへと走り去って行く。
それを見届けた銀八は、ロッカーの扉を素早く閉めてあたしに向き直った。

「ほら、真面目な目の輝いた先生が見れただろ?」
「やってる事はゲスの極みだけどね銀八先生」

この二人の教師と生徒の関係に関しては、もう何も言うまい。
確かに、異次元ロッカーを駆使したさっちゃんの情報収集能力はピカイチだ。あと、性格はアレだけど友達思いな事も知っている。性格はアレだけど。
先生にバレずに何とかやってくれると信じて、あたしは昼休みの残りの時間をテストの予習に充てるため、教室に戻る事にした。





今日は午後の授業が無い。そういえば、と今週のジャンプをまだ読んでいなかったのを思い出し、デスク付き引き出しの一番下を開けた。
いつもなら毎週月曜日に買って読み終わった服部が俺にくれるので、勝手にこの一番下の引き出しに突っ込まれてる。――ハズだった。

「オイ、銀八。これはおめーの差し金か?」

引き出しを開ければ、ジャンプは無かった。
あれ? 先週は合併号だったっけ? それとも土曜日発売だったっけ? などと思考をめぐらして気付く。そういえば三連休だったから土曜日発売だった。だから土曜日には既に読み終わった服部から直接受け取り、家に持ち帰ったんだった。
あぁ、なんだ、すっかり忘れちまってたじゃねーか。土曜日に渡してくるなんて紛らわしいことしやがって。今度アイツのボラギノール捨ててやろう。

「オイ、無視すんな」
「……あっれー? 高杉じゃん。小さ過ぎて見えなかったわー。」

俺の城である国語準備室の扉を見れば、どこから持ってきたのかロープで巻かれた白い布団ごと簀巻きにされている物体を担いで持ってきたらしい、息を少し荒げた高杉が立っていた。
簀巻きにされている物体はジタバタと暴れているようだが、いくら細身に見えようとも力はある大人の男を振り払えるわけもなく、そのまま床に叩きつけられる。中身が何かなんて理解しているが、ここはしらばっくれておこう。

「コイツはおめーのだろォが」
「何のことだ? 銀さんわっかんなーい」
「しらばっくれンなよ、銀八。コイツが保健室のベッドに居やがったんだ。責任取れ」
「え、やだ。気持ち悪い。それはそのストーカーの仕業だろ。俺関係なくね?」

いや、本当に気持ち悪い。何してんだ猿飛。あ、ナニか。そうではなく、偵察の任務はどうした。早速醜態晒してるだけじゃないか。こんなことならコイツじゃなくてジミ崎にでも頼めば良かった。あれ? ジミ崎って誰だ? アイツの名前ってなんだったっけ?

「ほォ。コイツがストーカーか。誰のストーカーだ?」
「知らねぇよ。大方、俺を妄想してナニしてんなら、どっかのメガネ掛けたストーカー変態ドM生徒だろ?」
「なら中身を確かめてみな」

仕方無く、暴れる簀巻きに近付いて、ロープと布団を剥いでいく。任務を失敗した猿飛には少しだけ悪い気もしたが、俺が高杉から言い逃れするためだ。
そう、俺は悪くない。悪いのは、この私欲に負けて任務を失敗しやがったコイツが悪――、

「……え?」

簀巻きにされていたのは、ストーカーでもなく、俺が任務を任せた眼鏡ドMでもない、あんパンを口へ大量に詰め込まれたジミ崎――否、山崎だった。

「オイイイィィ!! 何やってんだジミ崎ィィ!!」
「ふご、…ふが、うぐ……」
「お前があんパンをスパーキングする方だろ!!? 逆にスパーキングされてどうすんだよォォ!!」
「……俺ァ、ストーカーやらおめーを妄想どうのこうのでナニがどうのこうのなんて言ってねェはずだが? なぁ、銀八」

あー、ごめんな、名前。銀さん、やっぱり本編じゃないと輝けないみたい。


結局、猿飛も簀巻きにされていたわけだが。

(2019/09/12)