同棲、百十一日目。
先生に、改めて好きだと伝えれば、阿呆、と返されてしまった。それでも口角を上げて笑う表情は嬉しがっているのだと、あたしは知っている。
なんだか、去年もこの時期に悩みまくっていた気がするのだが、それを先生に告げれば、寒いからな、と一蹴された。寒いからなんだというのだ。子供だからわからない。
そう言い返しても先生からはガキだのお子ちゃまだのと言われそうなので、口を開くのを止めて本日の夕食後に食べようと考えていたケーキを冷蔵庫から出してテーブルに置く。神威さんと阿伏兎さんから受験勉強の労いだとバイト終わりに渡されたのだが、どう考えてもクリスマスが近いから余った試作品を渡されたのだと思う。
まぁ、タダでケーキが手に入ることに関して言えば、バイトを続けていて良かったと感じた。その代わりにクリスマスは問答無用でシフトを入れられましたけどね! 休みたかったけど!! 無念!!
「先生って、お仕事いつまでですかね?」
「終業式」
「あー、そりゃそうですよね」
「なんでだ?」
「クリスマスの予定とか、と、思いまして」
「終業式」
「ですよねー」
今年はとても残念なことに、クリスマスと終業式が被っている。一応、あたし達三年生も参加を、と言われているのだが、生徒の自主性に任すというバカ校長も言葉にしていたように、試験を控えている事もあり自由参加となっているのだ。問題クラスと言われているZ組は参加するのかどうか毎年教職員の間で噂になっている、らしい。
皆はどうするのか聞く前に喫茶店へ出勤となってしまっていたあたしは、参加したくても参加できないので参加生徒の話を聞くしか無い。主に、終業式後に喫茶店に来るまた子に。まぁ忙しくて聞く暇はないだろうけれど。
あまり甘いものが得意ではない先生は綺麗にカットされているケーキを半分ほど食べて、音を立てずにフォークを皿上へ置いた。銀八だったら目にも止まらぬ速さで全部食べ終わるのに、ここは普段から見ている担任の所業を思い出して笑ってしまう。
それを怪訝に思ったのか、先生が不機嫌丸出しの声色でどうかしたのかと訊ねてきたので、銀八の姿を思い出したと素直に告げた。
「アイツは昔っから変わんねェ」
「昔から糖尿病?」
「そうさな。昔っから寸前だ」
「……先生も、冗談をよく言うようになりましたね…」
「どういう意味だ」
「なんか、こう、その…。一緒に住みだしてから、大分ほがらかになられたというか……?」
「……受験生の名前チャンに問題だ。ほがらかはどう書く」
「え!? え、えーっと、月辺に良い……?」
「逆だ阿呆ぅ」
「ぎゃん」
突然の問題。そして突然のデコピン。先生は楽しそうだった。
「というわけで、また子が来るまでは死にものぐるいで働きます」
「うん。そうだね。名前ちゃんファイト!」
「悪いねぇ。受験生なのにアホ店長がシフト入れちゃって」
「なんだよ阿伏兎ー。殺しちゃうゾ」
「お店開店しますねー」
もうすっかり慣れた開店準備が終わり、こちらも慣れすぎた神威さんと阿伏兎さんのやり取りを流しながらさっさとお店外へ黒板調の看板を出して、ドアに掛けてある兎型のプラカードをCLOSEDからOPENに変える。さり気にこういった所でスペルの確認が出来るというのは役得なのかもしれない。
英語はどうしても単語はスペルの暗記だし、文法の法則も覚えておかないと、となってしまうので普段から利用していた場所にヒントがあるのは嬉しいものだ。
まぁ、英語圏の方々は日本人が日本語を難なく使えるように、そこまで暗記しなくても良いのかもしれないけれど。ただ、世界史か何かの授業で自国語を完璧に使うパーセンテージは、日本人が圧倒的だった気がする。という事を考えると、バイリンガルの人とか通訳の人ってすごいなぁ。なんて、他人事だけれど。
「すみませーん。お店、開いてますか?」
「開いてますよー。いらっしゃいませー」
早速来店する子供を連れたお母さん。そうだよな、クリスマスだもんね。
寒いですねー、なんて会話しながら暖かい店内へ案内して、予約していたクリスマスケーキを受け取った親子にメリークリスマス、と一言。
「サンタのおねーちゃん、かわいいね」
「そうだねー。可愛いねー」
なんて会話が去り際に聞こえてきたので、ちょっとテンションが上がった。
「サンタのお兄さんに対してはコメント無しかー。やっぱり女の子がコスプレすると違うのかな」
「いや、神威さんはカウンターの中ですし、あの子の身長では見えてなかったのでは?」
「そうかなー? いやでも、男の子だったでしょ? あれは将来が有望だね」
「そういうものですかね?」
「うんうん。男ってのはそういうものだよ。まぁ、厨房に居て誰に見られるわけじゃないのにサンタ帽被ってる阿伏兎は、ただのサムイおっさんだけどね」
「いや聞こえてるけどォ!? 俺ァ無理やり被らされたんだけどね!? 自主的にじゃねェよ!?」
「あとで写真撮りましょうね、阿伏兎さん」
「なんでだよ!?」
「せっかくですし」
「せっかくって何ィ!?」
なんだかこんな騒がしいクリスマスは久しぶりかもしれない。いや、受験生が何バイト入れてんだよって思う人も居るかもしれないが、仕方ない、従業員が居ないのだもの。
この場所にオープンしてから地元人気が高まってきたこの喫茶店。元々、職業イケメンと言っても良いような店長が店番しているのだから、噂が広まって人気店になってしまった。しかも、お客さんに対しては一応愛想が良いわけだし。
最近では写真を載せたり呟きを吐露するSNSを始めたらしく、ウェブ方面の広告的な役割を果たしており、ケーキのデザインや味に関しても有名になりつつある。運営も全て神威さんがしているわけなので、本当にこの人実は真面目なのだと再認識してしまう。
本人曰く、有名になったら自分は隠居したい、との事だけれど、バイトや社員を雇わない限りこれ以上楽するのは無理だろう。
バイト募集の張り紙は店内に貼っているのだが、面接に来た人達を尽く不採用にしているのだし。これも本人曰く、面白くないから採用しない、との事。神威さんの面白い基準がわからないのだけれど、少なくともあたしとまた子は面白いから採用されたのかもしれない。――いや、違う。あたしは成り行きで働くことになったんだった。
つまり、この人の基準は結局わからないというのが結論になってしまった。
「お待たせしましたー、クリスマス限定パンケーキです」
「ありがとうございます。……あの、バイトって募集まだされてます?」
「あー、えっと、店長に伺わないと分からないので、少し待っててくださいね」
神威さん目当てのお客さんから、またバイトについて聞かれた。この人はミーハー的な感じだから採用されないんだろうなぁ、と思いつつ、カウンター内で真面目に仕事している神威さんに面接希望のお客さんが居ると告げる。
ケーキの陳列をしていたらしく、顔を上げた神威さんの表情はかなり面倒臭そうな顔だった。心の中を代弁するならば、このクソ忙しい時期に面接とか何言ってんの殺しちゃうゾ、だと思う。いやきっと、絶対そうだと思う。笑顔なのに背後からずずず……と黒いオーラを撒き散らしながら店内を歩いて行く背中を見て、南無、と合掌してしまった。
「……ありゃ、不採用だわな」
「ですよね。あ、これ陳列して大丈夫です?」
「あぁ。頼むわ」
タイミング良く厨房から顔を出した阿伏兎さんから、カット済みのフィルムも巻き終わった色とりどりのケーキが並んだプレートを受け取り、神威さんが居ない間に形を崩さないようにカウンター内に陳列していく。
話し込んでいる神威さんの姿を横目で確認しながら、予約していたクリスマスケーキを購入しに来たお客さんの対応を繰り返し、飲食を嗜みに来たお客さんの会計もして、一人で回すのは大変になってきた頃。やっとドアから制服姿のまた子の姿が見えた。冬だというのに走ってきたのか少し顔を赤らめているまた子は、一旦途切れたお客さんの居ないレジ台越しに居るあたしに対して一言。
「名前先輩! 3Z全員、式に、出てっ、たッス…!」
「あー、うん、ありがとう。あの人達、真面目なのとアホなのと、バカが多かったの忘れてた」
「とりあえず、着替えてくるッス」
「なるはやでねー」
また子が出勤してきた事は、もう開店から四時間は経っているのか。忙しすぎて時間の感覚が無かった。
あたしがカウンター内とレジ業務をしていたので代わりにホール業務をしてくれていた神威さんがテーブル片付けから戻ってくるなり、また子がホールに出たら一回目の休憩に入っても良いと言われた。お昼も過ぎてるし賄いでも食べようかな、と考えていれば、更衣室からホットパンツ系のサンタ服に身を包んだまた子がやって来た。……うん、元気っ子みたいだ。あたしの着ているワンピースタイプとはまた違った感じで、また子の美脚が目立つ。素直に言おう、羨ましい。
「先輩ーっ。休憩どうぞー!」
「ありがとー。一旦途切れたから、昼集計からお願いー」
「了解ッス」
また子もなんだかんだとこの仕事に慣れたなぁ、なんて先輩心が芽生えてくる。
厨房に顔を出し、阿伏兎さんにサンドイッチが食べたいと告げて更衣室へと戻って、出勤する際コートの下に着ていた長めのカーディガンを羽織る。サンタ服のまま店内で賄いを食べていたら、ただのコスプレしてる痛い人になってしまう。それは本当に恥ずかしいので嫌だ。
出来たよー、と仕事が早い阿伏兎さんの声に呼ばれて厨房からサンドイッチの乗ったお皿を受け取り、神威さんにホットオレを淹れてもらおうとウキウキ気分でホールに出れば、見たことのある制服で店内の席は埋まっていた。
「よォ、メリークリスマス」
「……メリークルシミマスゥゥゥ!!」
ニヤけた面に持っていたサンドイッチをぶつけないだけ、あたしは大人になったと思おう。
まぁその代わり、天パの眼鏡を割って目潰ししたのですぐにアルコール消毒しなきゃ。
どうしてこの人達はここにやって来るのか。
(2020/08/22)