同棲、百十二日目。



今年はあたしが受験生だし、色々忙しそうだし、サンタさんなんて来ないだろうなぁと思っていたのだけれど。クリスマスを数日過ぎてから国際便で運ばれてきたのは気になっていた冬物のコートや、来年から使用できる手帳といった実用的なものばかりで、先生に自慢すれば少し間が開いて、良かったな、と言ってくれた。
言ってくれたのだが、間が気になり先生の表情を覗えば覗うほど目線を外らしてくるので、これはクリスマスという存在が学校行事で潰れたことによって存在自体を忘れてしまったんだなと察してしまった。

「――……悪ィ」

珍しく、小さな声でポツリと。目を合わせてくれないけれど、先生が謝ってくることが珍しくて、なんだか面白くて。物色する手を止めて笑ってしまった。

「先生って、そういうの忘れない人だと思ってました」
「……興味無ェイベントなんざ覚えてられっか」
「あれです? 付き合った人がしつこく予定入れてくるから忘れられなかった的な?」
「……そんなとこだ……な、うん」
「なんですか、その歯切れの悪い言い方」
「うるせぇ」

こういう話題はNGワードなのか。もしくは、本気で忘れていたことを悔いているのか。いや、無いな。その可能性は無い気がする。
それでも、早く会話を終わらせようとする先生の反応が珍しくて、これは自分の胸の中に思い出として残しておかなければいけないと思った。

「あれ……?」

両親からのクリスマスプレゼントが詰め込まれたダンボールの物色を再開すれば、大きさ的にもあたしへのプレゼントではないと思われる小さな紙袋があった。紙袋にはメッセージカードが添えられていて、宛名は晋助くんへ。そう書かれているので、完全に両親から先生へのプレゼントだと理解する。
やや重めの紙袋を引っ張り出し、ダイニングテーブルでパソコンとにらめっこする先生に見せつければ、眼鏡を外して紙袋を確認した。

「うちの両親からみたいですよ」
「相変わらずのいきなりだな」
「中、少し重いですね」

中身よりもまず先にメッセージカードに書かれている内容を読む先生の横からあたしも読もうと目線を落としてみれば、宛名以外は全て英文で書かれていて読めなかった。筆記体。誰が書いたんだよ。万年筆の筆記体なんて、人生で初めて見ちゃったじゃないか。
というか、ただの高校生がそれを読めるわけもなく、英語の成績が良かったわけでもないし習い事として英会話教室に行っていたわけでもないので、本当に読めない。誰だよ、世界の共通言語を英語にしたのは。ワールドなんたらっていう機関? 機構? どっちだ?
目を細めてみても、何度瞬きしても読めない。これはきっと、母さんか父さんのどちらかがあたしに読まれたくない内容にする為に英文にしたのかもしれない。だって、宛名だけ日本語なのだ。あたしが宛名を見て先生に紙袋を渡す。そして内容は先生しか読めないものにする――我が親ながら、なんて事を娘にしているのだか。これも一種のイジメだ、イジメ。
まぁ、読めないなら読めないなりに行動へ移すだけなのだけれど。

「なんて書いてあるんです?」
「Hello. Did you have a good Christmas?――」
「ああああああ!! 日本語訳で!! 日本語でお願いします…!!」
「……要約すると、今まで出来損ないの娘の面倒を見てくれたから、御礼にクリスマスプレゼント――だそうだ」
「なんて酷い親だ!!」
「出来損ないなのは間違って無ェだろ」
「出来損ないじゃないもん! ……で、中身、なんなんですか?」
「気になるのか?」
「そりゃあ、気になりますよ」

とは言いつつも、先生はあたしに教える気はないだろう。それは両親があたしに悟られないようにと筆記体の英文でメッセージを書いている事から、その意図を酌んだ結果なのかもしれない。
それでも知りたい一心で閉じられた紙袋の隙間から中をひっそりと確認しようとすれば、額の中央に鈍痛を感じた。

「ったぁ!!」
「何してンだ、阿呆ぅ」
「だって気になるんですもん……あの親が先生に何を贈ったか、気になるんですもん」

大事なことなので二回言った。
二回言ったけど効果は無く、親に電話でもしてみろ、という言葉と共に、先生は紙袋を置くために自室へと向かっていく。
……今後、先生にプレゼントを贈るための参考に、なんて理由の方が良かったのだろうか。どっちにしろ、先生は教えてくれないんだろうなぁ。
そう思いながら親からのプレゼントの整理を再開すれば、奥の方に実用的な英会話と書かれた英語の参考書を見つけたので、そっと手に取りゴミ箱の捨てた。



「先輩、勉強の方は大丈夫なんスか?」
「大丈夫ッスよ。まぁ、なんとなくだけど」
「大変なのに来てもらってごめんねー。阿伏兎の馬鹿がインフルエンザになんかなっちゃうから」
「むしろ神威さんが本格的に厨房に居るのレアなので。それ見れたならお給料要らないくらいですよ」
「本当に? じゃあ来島さんのお給料を名前ちゃんにプレゼントしちゃう!」
「私働き損なんスけどォ!?」

年の瀬も近くなってきて、町並みもどんよりと灰色の世界に染まってくる12月の下旬も下旬。もうすぐで年末年始休みに入るというのに、運が悪いのか良いのか。阿伏兎さんの病欠の連絡が来た昼過ぎから、あたしはクリスマス振りに喫茶店に出勤していた。
朝から高熱で死にものぐるいで神威さんに連絡した阿伏兎さんの心境は想像するしか出来ないけれど、検査をしてインフルエンザだと判明してからも神威さんからお小言攻撃は受けたんだと思う。ヘルプで出勤することになったあたしにひっそりと謝罪のメッセージが届いていた。

「今日は早めに閉めちゃおうか」
「え? 良いんですか?」
「お客さん少ないしね。このまま陽が暮れるまで店内のお客さん居なかったら閉めちゃおう」

この言葉は阿伏兎さんを心配してるからだという事はまた子も気付いているようで、お互い目が合って、くすりと笑ってしまった。
阿伏兎のせいで売上激減だなー、なんて言いながら厨房へ戻っていく神威さんが、さっきからお見舞いに何を持っていくか呟いているのをあたし達はしっかりと聞いているのだ。なんだかんだ言って、本当に二人は仲が良いんだなぁと、大人の友情ってこんな感じなんだなぁ、と。また子と囁き合うのだった。

「じゃあ、俺、阿伏兎のとこ行ってくる。多分感染らないと思うけど、もしかしたら早めに店休暇にしちゃうから。また連絡するね」
「了解でーす」
「了解ッス」
「二人とも、特に名前ちゃんは気をつけてね。手洗いうがい、しっかりするんだよ」
「はーい。阿伏兎さんに、お大事にってお伝えお願いしますね」
「店長も気をつけて向かうッスよ」

お疲れ様でしたー、と軽い挨拶。あたし達と反対方向に歩いて行く神威さんの背中をある程度見送り、あたしとまた子も帰路を歩き始めた。
分かれ道まで他愛のない会話が続く。冬休みの課題がどうだの、部活がどうだの、進路がどうだの。あたしよりも一学年下であるまた子は、来年から受験生としての一年が始まるので、色々悩んでいるらしい。ここで相談にのって良いアドバイスをするのが先輩としての役目なのだろうが、生憎、あたしも進路に関しては悩みに悩んでいたのでアドバイスが難しい。
むしろ受験勉強について今のあたしがアドバイスを求めているくらいなのに。

「名前先輩は、なんで進学するんスか?」
「んー……やりたい事が、無いからかな。何も思いつかなくて、周りは将来の目標とか、職業とか決めてたんだけどね。本当に思いつかなくて、じゃあ大学で見聞広げて、やりたい事見つけようってなった……みたいな?」
「……しばらく見ない内に、先輩が大人になってるッス」
「あ! 違うから! これ色んな人の受け売りだから!」
「あー……納得したッス。やっぱりそっちの方が、私の知ってる先輩ッス」
「ま、まぁ、とりあえず、いま必死に何かを探さなくてもいいと思う。大学って高校よりも世界が広くなるから、興味を持ったら片っ端からチャレンジしたら良いんじゃないかなって。学べるのは今しか無いし――って、これもほとんど受け売りみたいなものなんだけどね」
「……なるほど。いや、でも理解は出来るッス。進路相談表に就職って書いたんスけど、また新学期で提出する時に悩んでみるッス」
「それが良いよ。あたしもすっごく悩んでたから。今ではスッキリしてるけどね」

なんか、悩んでたことがどうでも良くなっちゃうくらい、スッキリするよ。――そうまた子に言えば、先輩らしいッス、と笑ってくれた。
分かれ道。逆方向のまた子に別れを告げて、一人帰路を歩く。鼻先に冷たい感触がして空を見上げれば、ゆっくりと白い結晶が落ちてくるのが分かった。
今夜も冷えるんだろうなぁ、と。気温に合わせた夕飯の献立を考えつつ、先生に何を食べたいか連絡をする。
暫くして、鍋、と一文字だけ返信が来たのを見て、やっぱり寒さには先生も勝てないのかと。ひっそり笑ってしまった。

悪の保険医の天敵は寒さだったらしい。

(2020/11/23)