同棲、百十七日目。



もういーくつ、ねーるーとぉ。ごぉかくはぁーっぴょーう。
不安な日々を過ごしながらも、自由登校というのにきちんと登校するクラスメイト達は本当に偉いな、と思った。
あたしなんて、自由登校になったら家でぐうたらと過ごしつつバイトへ行ってって生活をしようと思っていたのだけど、三年間連れ添った友人から学校へ行こう! なんて言われると断れないのだ。
自分の事を優しいなぁ、と褒めながら、ガヤガヤといつも通り騒がしい教室内で昨日のドラマや漫画の話をして他愛ない時間を過ごす。
銃火器の強烈な音や人が飛ばされて壁にめり込む音が響く教室なんて、最初はどうかしていると思っていたけれど……いや、この日常が無くなってしまうと考えれば寂しくなるなぁなんて、別の意味で浮世離れし過ぎたのかもしれない。

「おーい、席につけー」

便所スリッパをパッコンパッコンとギャグのように鳴らしながら、気怠く教室に入ってくる担任の声を合図に各々自分の席へと戻っていく。ワイシャツにスラックス、そして白衣。まだまだ寒い今日この頃なのに、この人の体感温度はどうなっているんだろうか。
保健室は冷暖房が完備されているけれど教室――特にZ組の教室にエアコンなんてない。古めかしいストーブで室内温度を保っているだけで、スカートの下にジャージを履いている生徒が何人もいるくらいだ。……年中履いてるチャイナ娘もいるけれど。
でも教卓に立つなりだんだんとストーブ側へ体を寄せていくのを見る限り、やっぱり寒いのか、なんてツッコミは心の中でしておいた。

「はい、皆さん知っていると思いますがー、本日ー、ネットで試験の合格発表がありましたー」

――え……? は……?

「各自確認したら、合格者は俺を探して報告するようにー。ちなみに今名簿は持ってねぇから今来るなよ。絶対来るなよ」
「せんせー、それはフラグですかー?」
「ちっげぇよ。マジだよ。持ってくんのを忘れたんだよ」
「教師の風上にも置けないクソ教師に質問でーす。そんなんで教師が勤まるんですかー?」
「こちとら勤まって数年だコノヤロー。……はい、以上! 一限は自習なんで、確認した奴から俺を探せ。じゃあな!」
「待てやクズ教師ィィ!!」

銀八が教室を出るなり、何人かがすぐその後を追いかけて教室を出て行った。さながら、校内鬼ごっこのようだ。
いや、そんなことはどうでも良くて。今日発表の日だったのか、と日付感覚の無い自分に嫌気がさした。
朝から誰もそんな話していなかったし、妙にも神楽にもその話題は触れていなかった。完全に、あたし、落ちたと思われてる……?
恐る恐る席の近い妙の方を見れば、偶然にも視線が交わり、そして複雑そうな表情を浮かべられた。
まって。これ、落ちたと思われてるやつじゃんか。まだ結果分からないんだよ。今日だって忘れてたんだよ。――なんて表情で訴えても駄目なようで、自分のスマホを持ち意を決して妙の傍に歩いていく。

「お、お妙さんや。まさか結果を見た……?」
「……えぇ。朝、新ちゃんと一緒に」
「あっ、あのね! あたし今日だって忘れててね! まだ見てないの! まだ結果分かってないから! 本当だから!!」

あたしの言葉に妙は目を見開き、大きな溜め息を吐いた。

「なんだ、そうだったの。名前から話が無いから、私てっきり……」
「私は見たヨ。パピーがうるさかったから」
「僕も今朝……」
「なんでその話題振ってくれなかったのー!? みんな冷たすぎないー!?」
「だって、そういった話って、センシティブな話題でしょ? 自分から言ってこない限り、こっちも話しづらいじゃない?」
「そうだけどさー……」

ぶーぶーと文句を言うあたしの様子に、何人か――と言ってもいつものメンバーが集まってくる。どうしたんだ、と聞かれるので素直に発表の日を忘れていたと言えば、めちゃくちゃ総悟に笑われた。そしてなぜか伝染して話を聞きにやってきた桂も笑ったので、エリーに視線を送り教室の隅へ連れて行ってもらった。
去り際に「俺は受かったぞおおおおお」なんて言うから、ボディブローをお見舞いすればよかったと後悔。

「そんな事より、ほら、確認しねェのか?」
「えっ!? み、皆が見てる前で……?」
「いつ確認しようが一緒だろィ。ほらほらー、落ちたら盛大に笑ってやるから」
「性格悪いなもう……」

あのヅラさえも受かってたんだ。きっと、大丈夫だろう。……学部違うけど。
スマホでウェブに接続。そのまま銀魂大学の試験結果ページへとリンクした。

「あ、受験番号って何番だったっけ」
「それわからないと調べれないアル。鞄に入れっぱなしとか?」
「それあるかも! 見てみる!」

画面上には入試方法を選ぶ欄と受験番号を入力する項目が表示されていた。沢山の受験者が居るのだから、番号を探せとかだったら見間違いもあるかもだし、勝手に検索してくれるなら助かる。文明の利器というのか、それともAIの発展というのだろうかは、あたしには全くわからない。
鞄を漁り、試験日に持って行ったクリアファイルから受験票を入手。あったよー、と言えば、集まった全員が安心の溜め息を吐いた。なんだこれ、めっちゃ心配されてるじゃないか。
再度スマホを持ち、入試方法を選択し、受験番号を入力した。確認画面が表示され、はいかいいえの二項目を選ぶ選択肢に、指が止まった。
これで、あたしの今後とか、先生との事とか、色々決まるんだ…。そう思えば、躊躇してしまってなかなかタップ出来ない。
正直に言うと怖いのだ。出来る限りの事はしてきたし、本番も頑張ったし、自己採点もまぁまぁ良かった……と思う。でも自分より成績優秀な受験者が居たらそっちが優先されるわけで、そうなったらあたしの合格は無くなるわけで。
ゴクリ、と固唾を飲んだ。画面を見る周りも茶々を入れずに黙って見守ってくれていた。
ゆっくりと深呼吸して、心を決めて、――!

「なんだ、まだ見ていないのか。天誅ゥ!」

覚悟を決めて押そうとした選択肢は、あたしではなく、またもや空気の読めない男のせいで押されてしまった。

「うおあああぁぁあ!!?」
「ちょっと、何してるんですか桂さん……?」
「おいヅラァ、やっていい事と悪い事があるだろーがヨォ」
「お前ェ、掻っ切られる覚悟は出来てンだろうなァ?」
「ぶっ潰してやりまさァ」
「君にはほとほと呆れるな……」
「な、なんでですかー? 結局結果は同じでしょおぉ?」
「これは桂さんが悪いですね」
「なに貴方。また名前に変な事したの? 馬鹿は馬鹿でも治らない馬鹿だったのね」

大声を出すあたしを見て状況を察知し、ヅラを取り巻く心優しき友人達。うん、ありがとう。悲鳴が聞こえるけど、あたしの為に怒ってくれてありがとう。

「あれは桂が悪い。名前は気にしなさんな。……で、結果はどうだった?」

俯いてスマホ画面を誰にも見えないようにしているあたしの肩を叩き、騒動を見守っていただろうゴリラが声を掛けてきた。
落ち着け、落ち着け。気持ちを落ち着かせて、大きく深呼吸。

「――た……」
「おいおい。大きな声で言わないと、アイツらには聞こえんぞ」

熱くなる目頭、ツンとしてくる鼻腔。それを我慢出来ずに、大きな声で――

「ゔがっだよ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」

……と、叫んだのだった。


そこからは怒涛だった。
合格者総出で銀八を探し、その名の通り校内鬼ごっこを繰り広げたのだ。
結局、職員室にも国語準備室にも戻ることが出来なくて合否記入名簿を手に出来なかった銀八の顔面や腕、足、白衣……色んなところに合格者が名前を書いて、簡単な寄せ書き状態になっていた。
油性ペンだから消せないと言う銀八の顔は嬉しそうに死んだ魚のような目で、自分の白衣を眺めていた。
まぁ、顔面には悪口も多少なりとも書かれていたが、そこはご愛敬だ。

「お前の合格を教師の中で一番に聞けたからな。今日限りは俺の勝ちだわ」

と、頭を撫でてきた銀八の目は、少し輝いていた。
――さて、ここで問題が出てくる。いつ、先生に報告するか、である。
銀八曰く、絶対アイツには話さねェと言ってあたしの名前が書かれた白衣を脱いだので、漏れる事は無い。親には先生の後で報告するつもりなので、そこからも漏れる事も無い。
クラスメイト自体も先生と関わり合いたくない生徒がほとんどなので、漏れることは絶対無い。
やっぱりサプライズが良いのか、どうしたら良いのか。悩むこと数分。大学では使うことが無いから使い切る! と習字セットを取り出し、大量に余っている半紙に筆で落書きし始めた神楽を見て、良い方法を思いついた。
我ながら、天才かもしれない。
神楽に半紙一枚と墨汁のついた筆を借り、自分史上最高に綺麗な字で、大きく、合格と書いた。なるべく早く乾かすために、天井から吊るされてお仕置き中のヅラを眺めるエリーに手伝ってもらい、団扇で乾かすという原始的な方法を実行。
普段からプラカードを持っているエリーからすれば簡単な作業だったようで、すぐ乾いてくれた。お礼に、持ってきていたチョコ菓子を渡すと喜んでくれた。

「……よしっ。報告、行ってきます!」
「気を付けてね。他の先生に捕まらないようにね」
「健闘を祈っとくアル」
「癪だがな。サプライズ、頑張れよ」
「土方さん、目が笑ってねェや」
「アハハハハ。今授業中なんだけどね」
「あら先生。授業中だから良いのよ。誰にも邪魔されず愛を育むには他の生徒がいない時が一番なの! そう! 今教員用トイレに籠っている銀さんに会いに行けるのも! 誰にも邪魔されないからよ!」
「……そうか! お妙さん、俺達も誰にも邪魔されずブフォ!!」
「アハハハハ。……泣いていい?」

坂本辰馬という可哀想な教師の笑い声を聞きながら、なるべく足跡を立てず、それでいて急いで保健室へと向かった。
一応授業中である校内に響く足跡はあたしのものだけで、他の教室を通る場合は身を屈めてなるべく目につかないように歩く、歩く。
ここで他の先生に見つかってしまえばミッションは達成出来ないし、サプライズではなくなるので慎重に行動する。
一年二年の教室は普通に授業をしていたけれど、同じ学年である三年は自習のクラスが多くて受験から解放された生徒達が雑談している声が聞こえてきていた。
うちが極端に激しいだけでやっぱりどこの教室も雑談はしてるんだなぁ、と少し安心した。
職員室前廊下を避けたから少し遠回りになってしまったけれど、なんとか保健室へと続く廊下へとたどり着けた。
抜き足差し足忍び足。最後の最後まで気を抜かずに、目的を遂行する為だけに足を進める。
保健室の扉を前に一息置いて三回ノックすれば、不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「今授業中だろ。誰だ」

足音がこちらへと向かってくる音がする。
近くになったところでガララッと勢い良く扉を開ければ、一瞬、驚いたの先生のしかめっ面が見えた。
気にせず手元にあった半紙を両手で広げる。
――瞬間、ビリビリッと悲痛な叫びをあげて半紙が半分に破れ、あたしの両手は思いっきり上下に広がった。
離れてしまった合と格の文字。やっちまった、と血の気が引いていく自分。それを訝しげに見てくる先生。……の、意味の分からない図が完成してしまった。

「あー……えっと……、いや、本当は、勝訴! みたいにですね、したくてですね……?」

ニュースでよく見る光景を再現したかっただけなんだ、としどろもどろになりながらも説明する。
先生からの視線がっ、痛いっ…!!

「――……ッ。ク、ククッ。何やってんだ、おめーは」
「えっ、えーっと……サプラーイ、ズ……?」

どうしよう。顔を背けて笑われている。見たい。めちゃくちゃ目の前で肩を震わせて、でも顔をこっちに見せずに笑っている先生が、見たい。
自分の欲望には逆らえず、尚且つそんなレアな場面を見逃すものか、とそーっと近付いて先生の顔を覗き込もうとした。

「ぎゃっ……!?」

表情を見せないようになのか、どうなのか。あたしの欲望は達成することなく、先生に抱き留められて身動きが出来なくなってしまった。
それでも、頭上から聞こえてくる笑い声は珍しく先生のツボに入ったようだ。なんか、まぁ、それだけで嬉しいと思えてしまうのは仕方がない、か。

「……受かりましたよ。第一志望です。もっと褒めて下さい」
「ククッ、そうさな。――よくやった」

耳が、身体が、ゾワリと震えた。耳元で言ってくるなんて、卑怯すぎる。ワルイ大人、だ。

「今度嫌という程褒めてやる。覚悟しとけ」

その声が聞こえたかと思えば、いきなり額に生暖かくて、やわらかい感触がした。
デコチューなんて子供扱いされているような気がしたけれど、恥ずかしくなって、でも嬉しくて。それを隠すように先生から勢い良く離れて扉まで後ずさり。

「覚悟なんてもうしてますー!!」

と、意味の分からない捨て台詞吐いて、入ってきた時と変わらず勢い良く扉を閉めた。
なんとなく、先生がまだ笑っているような気がして、駆け足でZ組の教室へと一目散に向かった。
途中、銀八に見つかってお小言付きで教室へ連行されたけれど、戻ってきたあたしを女子生徒一同拍手で迎えてもらえたので、ミッションは成功したのだ。お疲れ様、自分。


(2022/05/19)