あーめあーめ、ふるなふるな、先生の、機嫌が悪くなっていく。ぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷ、らんらんらーん。


同棲、十二日目。



土日という貴重な休日が終わり、月も変わってしまった月曜日。
外から聞こえる雨粒が降る音は、どんだけあたしを憂鬱にさせたら気が済むんだろう。
席替えをして、授業中に何しててもあまり目につかない窓側の後ろの方の席に移動したものの、外を見れば無限に広がる曇天と無限に降り続く雨があたしの視界を占領していた。

「憂鬱……」

じめじめとした湿気が濃くなっていく気がする中、さすがZ組だ。そんなのお構い無しだと言うように、今日もバズーカの実弾やらフォークやら撲殺されたゴリラの死体が宙を舞っていた。

「あっはっはっ、泣いていい?」

今は数学の時間だったのか、と、教師じゃなくて黒板に書かれた公式で思い出した。坂本先生が笑いながらくじけそうになって泣いて良いか聞くのはもちろん毎度の事。それを毎回聞き流しているのも毎度の事。そしてやっぱりポジティブシンキングをモットーに生きる坂本先生は気にせずに授業を続けるのだ。……平和だなァ。
平和といえば、あたしの天敵であり大魔王である変態保健医の高杉晋助先生は、今日から一週間のそれは長い長い出張らしく、あたしは久々に一人暮らしを満喫できる事になった。
そういえば朝、銀八が、高杉の代わりに俺が泊まりに行ってやろうか、なんて言ってきたから丁重にお断りした記憶がある。
妙からも、高杉先生が居なくなって、自由に出来るから男でも連れ込みなさいよ名前、とか言われたけど、男とか居ませんからあたし。気になる人とかも居ませんからあたし。つかなんで出張や同居のこと知ってるんだ妙。言った覚えなんて無いぞ。
タイミング良くチャイムが鳴り、さも今まで授業をちゃんと受けてましたよ、と主張するように騒いでいた生徒はそれを合図に黙り、本日最後の授業が終わる合図を待った。

「ん、もう終わりか。よし、続きはまた次回ぜよ!」
「…きりーつ、れーい…」

だらし無さが売りのZ組の号令は、今日の日直が土方だったからか一部がいじっていた。
一限目からやっているそれは、いじる、なんて生易しいもんじゃなく、なんて表現すれば良いんだろ……わかんないや。

「ホームルーム始めるぞー、席つけー」

だらし無さでは負けない担任が安物のスリッパをペタペタ鳴らしながら教室に入ってきた瞬間、前の席の方が大爆笑し始めた。
何について笑っているのかあたしは憂鬱な雨でほとんど無関心状態まで感性を突き落とされているため、全くと言って良いほど興味が無いのだが。後ろの席の人にも分かるようにか、もしくはただ爆笑していて声が大きいのか判断出来ないけど、神楽がでかい声で銀八の状態を言っていた。

「……これは、…アレだ。今時のサンダルファッションなんだよ」
「そんなわけないアル! ファッションに便所のスリッパ履く奴見たことないネ!」
「ダメよ、神楽ちゃん。女の子が便所なんて口にしたら。厠、の方が可愛らしいわ」
「姉上、どっちにしろ汚い言葉遣いは直ってませんから」

ああ、なるほど、トイレに行った際に同じような履き心地だからそのまま履いてたのか。
馬鹿だなァ、銀八。まぁあたしには関係ないから無視しとくけど。

「銀さん!…あ、間違えた。先生! 私そんなだらし無い先生も大好きです!」
「俺はお前みたいな常識はずれた奴ァ相手にしたくねェから」
「じゃあせんせーはどんな女性がタイプなんですかィ?」
「……そうだな、…名前みたいに料理上手で常識あるのが好みだな」

うわー、真面目に答えてるよあの天パ。生徒のバカらしい質問に真面目に答える教師も珍しいけど、今時そんな質問する生徒も珍しいよねー。
あ、高杉先生からメールがきた。夕飯ちゃんと作って食えよ。先生にはそんなこと言われたくないけど、仕方ない、返信するか。先生こそ適当にコンビニ食で済まさないで下さい、と…はい送信。あっ、ヤバイ、今日はお一人様三つまでの半額玉子DAYじゃないの。なんか最近、主婦業に慣れた気がするなー……絶対あの変態保健医のせいだけど気にしてしまうのは後の祭りだから気にしない。そろそろホームルーム終わるかな、と気になって携帯の画面から視線を外すと皆あたしを見ていた。……なんで?

「凄いよ名前さん。明らかにさっきのスルーしてる…」
「名前ダメよ? 男の人の告白はちゃんと聞かなくちゃ」
「いやいや、何の話?」
「先生! 私だって料理作れます!!」
「お前のは料理じゃないから。誰も納豆がメイン過ぎて食いたくねェよ!!」
「銀八にコクられてるアルヨ、名前!」
「はい…!?」
「良いんですかィ土方さん。天パの担任に名前取られちまいますぜィ?」
「なっ!!? 何の話だ総悟!!」
「凄いなぁ名前ちゃん。ウチも頑張ってモテたいわぁ」
「……皆、モテたいものなのか…」
「若ァァ!! 若にはこの東城がいますゥゥゥゥ!!」
「お妙さんにはこの勲が一生ついていきますゥゥ!!」
「いや、だからなんの話なの!!? あたし早くスーパーに行って半額玉子を買いたいんですけど!!」

あたしがそう言うと、騒いでいた皆が一斉に黙った。いや、あたしのせいじゃないんだから!

「あー……おい、名前、」
「はい?」
「一人暮らし、大変だな」

携帯のディスプレイで時間を確認しながら鞄に教科書やら荷物を入れているあたしには、銀八がこっちに近付いて来てるなんてわからなかった。
だから間が空いていきなり名前を呼ばれたのに少し驚いてしまい、銀八の背景にはニタニタ楽しそうに笑っている、変なときに団結力をみせるクラスメイトが見える。

「名前、」
「だからなんだよ天パ。早くしないと玉子売り切れちゃうから。売り切れたらテメーのせいだからな」
「いや、あの、銀さんすっごい真剣に話してるから。いつものノリで返事すんのやめてくれよ…」
「はいはい、わかった。わかったから早く話せよ天パ」

あたしが興味なさ気にそう言うと、銀八は疎かあたしを除く教室に居る全員が溜め息を吐いた。
だからなんなんだよ、なに? あたしのせいなのっ?

「……名前、男心がちゃんと解ってないアル」
「男じゃないから当たり前でしょ!…で、銀八はあたしに何の用なの?」
「いや、俺、…もういいや……」
「先生ェェ!! 完璧に死んだ魚の目になってますゥゥゥ!!!」

なにがなにやらわかんないままショートホームルームは終わり、あたしは神楽と妙に色々男心というものを教わりながら校舎を出てスーパーに向かった。




結局、銀八は何が言いたかったんだろう。

(2008/09/25)
(2019/09/01)