早く会いたかった。俺が居ない間に銀八のヤローから迫られてるんじゃないかとか、心配だった。
俺がアイツに惚れてしまったなんて、……我ながら、おかしすぎる。
同棲、十三日目。番外編
出張に行き、やりたくもねェ仕事をしたり受けたくもねェ講習を受けたりしてた。
満たされずに反応のない携帯を開くと、ただの初期設定画面が表示されているだけで何も連絡はない。
ちっとは連絡ぐらいくれたら良いじゃねぇか。なんて、連絡をしない俺が言うのもおかしいが、中二のノリで片想いをしている自分を自嘲しながらもやっぱり待つのは性に合わねェと、なんとも自分勝手な結論を出して、名前にメールを送ることにした。
すぐに返ってきた返事を見て、自然と顔に笑みが浮かんでしまう。俺が居ても居なくても変わらないアイツの反応は、この暇な時間を持て余すのにはちょうどいい。
続けて返事を送ろうと考えたが、それは突然切り替わった着信画面に阻止される。
タイミングが悪い。かけてきた人物を見てそう口に出しながらも、電話に出る事とした。
「よォ、何の用だ、銀八」
俺が電話に出るとは思ってなかったらしい銀八は、一度咳ばらいをして、話がある、と。それだけ言った。
予想はついている。こいつはそういう奴だとも知っている。だから俺は電話に出た。
「話? 俺ァお前から聞く話は何一つ無ェよ」
「名前の話、でもか?」
そらきた。そうだとは思った、なんて、言うのも面倒だったがそれしかないと思っていた俺は、クセらしい、喉を鳴らして電話越しに渋った表情をしてるだろう銀八を笑った。
銀八はというと、もう一度咳ばらいをしたかと思うと、いつもよりも真剣な声色で俺に話をしてくる。
「名前の事さ、諦めろよ」
「何のことだ?」
「そのままの意味だ。高杉、お前、ガキ相手に本気に恋してんじゃねーよ」
「……そのつもりは無かったんだがなァ、…それに気づかせてくれたどっかの誰かさんには感謝してんだぜ」
電話越しに呻く銀八。お前はそこまで頭が回らなかったのか、と逆に呆れてしまう。
いざというときは頭がキレるのにそれは自分以外の時が多い思考回路の脳みそを持っている銀八に、俺は少し同情した。ホントに少しだけどな。
「…とりあえず、お前らは親戚だろうが。親戚同士の結婚なんて認めません!」
「誰だよおめーは。……銀八、お前は恋敵になる予定の俺を煽って予定より早くライバルってやつにしちまったんだ。…自分でやったことなんだからよ、ケリつけるなら勝手にしろや。俺ァお前と名前を取り合うつもりも無ェ。俺にとって、お前はただの同僚で名前の担任。それだけなんだからな」
銀八が黙る。携帯の機械音が聞こえるほど静かになる。銀八は何を考えたのか、ポツリ、と呟き、そして電話を自ら切り、俺はそのぽつりと呟かれた言葉を頭にループさせていた。
さんきゅーな、なんて言葉だったのかもしれない。だが、そんなニュアンスで、しかもアイツが俺に礼を言うなんて事はまず考えられない。つまり、だ。
「やっちまった……」
俺も相当馬鹿らしい。銀八を意気消沈させるどころか逆に煽っちまった。
焦る頭を少し黙らせるために個室の壁を一回殴った。……俺も同類らしいな。
「どうかしたのかい、高杉くん」
「あ、いえ、何も」
そういや、隣の部屋は担当教授の部屋だったな、などと暢気に考える思考回路とは別に左脳が働いて、俺に良いアイデアを提案してくれた。悪ィな銀八、俺の方が一枚上手のようだ。
「教授、一週間分の、俺の担当している分野の資料をいただきたいのですが」
「一週間? 別にかまわんが、まさか、一日でそれを?」
「……早くこの研究理論を済ませること、それが 先生の望みです」
首を傾げてしばらく唸っていた教授は、わかった、と一言だけ言った後、資料を取って来てくれるらしい、部屋を急いで出て行った。
銀八の考えは俺が居ない間に名前を落とすとかその程度だろうとなんとなく確信した俺は、届いた資料をすぐに読破し、一週間分の講義のレポートを仕上げた後に短時間で書き仕上げた研究理論をパソコンに打ち込んだ。
途中、休憩にしようと冷たくなったコーヒーを一口飲む。そういや、名前と銀八はどうなったんだろうか。Z組は一部を除いてクラスの大半が銀八の味方らしい、何かにつけて名前と住むようになってから突っ掛かって来られることが多くて困る。
他言してないような素振りを見せ続けるアイツのだが、新学期が始まってからの挙動で仲の良い奴らは同居している事に気付いているだろう。
考えているうちに名前のことが心配になってきた。俺が女を心配するなんてらしくねェとは思いつつ、メールを送る。夕飯作れよ、的なニュアンスで送信すれば、コンビニ食で済まさないで下さい、とかいうなんとも名前らしい内容のメールを受信した。内容から察するに銀八とは何も無かったようだ。俺は安心してスタンバイ状態にしてあるノートパソコンを再度起動させた。
作業が終わり時計を見ればもう20時を廻ったところだった。部屋に缶詰状態だったからか身体の節々が痛い。腹減ったな。名前はもう飯を食い終わっている頃だろうか。
不思議と声が聞きたくなった。
その思いに答えるかのように電話をかけてしまう。何回目かのコール音の後、名前の声が電話越しに聞こえてきた。
「はい、もしもし」
「よォ、今日はどうだった」
「なんか銀八がおかしかったけど、いつも通り楽しかったですよ」
「ククッ、そうか…」
「ってか先生、夕飯時に電話して来るとか暇なんですか。出張ってのは仕事するために行ってるんじゃないんですか」
「安心しろ、数日中には帰れる」
「グッバイあたしの一人暮らし!!」
「着くのは、朝ぐらいだろうな」
「……もうちょっとゆっくりとかして」
「しねェな。仕事が終わったんだ。帰るのが当たり前だろ」
「ですよねー」
銀八がおかしかった、か。そう聞く限り、銀八は名前にあしらわれた事になるんだろう。
手頃なところで電話を切れば、笑いが込み上げてきた。
「残念だったなァ、銀八…」
今日のことを悔いていると思われる銀八に向けて言葉を贈ったあと、俺は出来たばかりの論文や資料を持って教授の元へと足を進めた。
修正や加筆点など出てきたが、それは想定の範囲内だと言える。
全てが終わった後、教授には申し訳ないと少し思いながらも帰り支度を済ませた俺は、直ぐさま夜間新幹線のチケットを予約し、大学院を出た。博士号とか、そんな位置に居ない俺が研究室のある大学院や研究施設に入れるのは教授のおかげと恩師である松陽先生のおかげだ。 同時に、保健医という仕事を一時辞めて出張という形でこちらの、山口の方に来れるのも二人のおかげなんだが、今は研究よりももっと大切な何かを無くしそうで怖い。
俺に怖れというものは無いと思ってた。だからこそ、せっかく手に入れれそうな名前を銀八なんかに取られるのが嫌なんだろうな。我ながら子供っぽいと思う。
結局、新幹線の中でも印刷された資料や論文を読んでいたせいか、身体が怠く、家に帰ってきたと言っても名前とろくな会話なんてせずに、自室に戻ってぐらぐらと揺れる頭を抑えながら眠りにつく事になってしまった。歳は取りたくねェもんだ。
夜に目が覚め、朝よりは楽になった身体を起こしてリビングに向かう。名前が既に帰ってきていて夕飯の準備をしていた。
「だりィ…」
「え、そんなの知りませんよあたし」
いきなり言われて名前が素っ頓狂な表情をしたのをいつもなら笑ってからかうのにそんな気力は俺になく、夕飯は冷やしうどんですけど食べれます? と顔色を伺って聞いてくる名前に、少しでいい、と伝えるなりいつも座るソファーに腰を掛けた。
食欲はあるものの、皿に盛られたうどんを全て食べることが出来ずに残してしまう。それを不思議がられて体温計を渡される。
熱は無いとガキみてーに言っていたら無理矢理測らされて、音が鳴ったと思ったら熱は微熱。名前が冷蔵庫から出してきた冷えピタを額に貼られ、今日はもう休んでください、と言うのと同時に背中を押されて部屋の前まで歩かされた。久々に、服越しに触れた名前の体温は、冷たかった。
……もっと触れてェ、なんて柄にもなく欲情してしまった、あんなガキに、な。
翌日になっても熱が下がった感覚は無く、そして昨日の名前の冷たい手の感触が忘れられずに、学校に行く手前のあいつを抱え込んでソファーに押し倒した。
俺よりも小柄な体型の名前は何があったのか冷静に考えながらも目が泳いでいて面白い。俺の行動を昨日同様おかしく思ったらしい名前がいきなり額同士をくっつけてきたので、期待した。ここで期待しねー奴は男じゃねェ、なんて、昔、様々なAVのシチュエーション毎に銀八が言っていた気がする。
だから、つい、誘ってんのか? と聞いてしまった。
否定しながらも熱があることを俺に言う名前に、昨日の分と今の分合わせて欲情し、顔を近づける。……その途端、俺の意識は途絶えた。
つくづく、歳は取りたくねぇもんだと思った。
目が覚めると額には冷えピタ、頭には氷枕が敷かれていた。名前はどこかに行っているらしい、俺はアイツが帰ってくるまで俺のために作られただろう粥を食いながら待っていようと思った。 どれだけ気になってんだ、中二の男子か、俺は。……我ながら、おかしすぎて笑ってしまった。
(風邪っぴき高杉先生番外編 2008/10/10)
(2019/09/01 再編集)