返事はいつでも良いから。
そう言って空気を和ますように笑ったトシは、あたしにはやっぱり勿体無いと確信してしまった。
家に帰った後に返事をどうしようかとずっと考えていたら、いつの間にか朝になっていて、寝たのか起きていたのか分からない状態であたしはベットから起き上がるのだった。


同棲、二十日目。



機能していない頭を一生懸命起こし、お昼に食べるお弁当を作りはじめる。
玄関にはあたしの分のキャリーと先生の分のキャリーが一緒に並んでいた。そうなんです、今日から三泊四日の勉強合宿なんです。

「……よく寝たっていう顔じゃねェな」
「…あ、おはようございます」

朝食の焼き魚やお味噌汁などの和食をテーブルに並べていると、もう大分前に起きて準備をしていたらしい着替えを済ませた高杉先生がリビングに入ってきた。
いきなり寝れなかったのを当てられ、とりあえず冷静に対処してキッチンに戻ると、楽しみで寝れなかったっつー歳でも無ェだろ、なんて子供っぽい理由を言ってきたので、とりあえず、寝れなかった理由を追求されるわけではなくて安堵する。

「なんで重箱におかず詰めてんだよ」
「銀八からの要望らしくって、女子は昼飯作って来いみたいな内容のメール届いたんです。それで、よくよく考えたらあたししかまともな料理作れる人物居ないじゃん、みたいな」
「なるほどな」

一度冷蔵庫にあるお茶を取りに台所まで来た高杉先生は、この家で初めて見る五段ある重箱を疑問に思ったようで、理由を言うと納得してお茶とコップを持ってソファーに座りお目覚ましテレビを見はじめた。
おかずを急ピッチで詰めて残ったものを別のお皿に移し先生の朝ごはんとしてテーブルに置くと、先生はあたしを気遣ってか、おめーは食べねェのか? と聞いてくれたが、「ちまちまつまみ食いしてたんで大丈夫です」なんて嘘をつき早々と部屋に戻る事にする。

「いや、部屋に戻っても特にすることはないんだけど…」

トシに告白されてからの二日間、先生に申し訳なくなって少し避けるような態度をとっていた。
いや、無意識的になのかもしれないんだけど、気付けば先生との会話は極端に減ってるような気がする。別に気にしなくても良いことなのに、あたしはそれが嫌で仕方がない。
何故かというと、全くあたしの現状に意外と気がついてないというのがムカつくからだ。だってさ、いきなり同居人が避けるような態度をとったら普通気づくものでしょ? 気にするものでしょ? マジでなんなんだよチクショー!

「……名前、そろそろ行くぞ」
「あ、はい」

自問自答を繰り返していると、もうそんな時間なのか先生が部屋をノックして扉越しに出発を促したので、あたしはよく分からない自問自答をまたしながらも、鞄を持って部屋を出た。キャリーは先生が運んでくれるらしくその行為になぜかドキッとしてしまった自分にまた自問自答をしていると、先生はそのあたしの姿がおかしかったのか軽く笑っていた。



ジャガーというらしいいつもの赤い車ではなく、うちの両親が元々所有していた小型のワゴン車に乗り、30分程で待ち合わせ場所の駅に着くと、そこには珍しくワゴン車で来ている銀八が居た。

「銀八! それって新車じゃないの?」
「おー、名前に高杉か。ワゴンはどっかの金持ち野郎に借りたんだけどな」
「…坂本か」
「そうに決まってんだろ」

今初めて知ったけど高杉先生の交友関係は意外に広いみたい。かなりのポジティブシンキング野郎である坂本先生とも二人の会話を聞いてる限り、かなり前からの知り合いだったことが推測される。
二人がずっと会話しているので暇だから携帯をいじっていたら、いきなり名前を呼ばれた。

「あっ、妙に神楽!…それに新八くん。おはよー!!」
「名前おはようアル!」
「あら、先生方も珍しく早いのね」

談笑する二人の教師を見るなりそう言った妙は、反対側からこっちに全速力で向かってくるを次に見て構える。
あたしと神楽は被害に遭わないように一歩後方に下がると同時に妙のシャウトと骨と骨がぶつかる拳の音が朝の駅前に響いた。

「朝から盛ってんじゃねーよゴリラァァァァ!!」
「ゥブホッ!!」

鼻血を出しながら宙を舞い、そして痛々しい音と共に地面に落ちて顔面スライディングしながら電柱にぶつかるゴリラ。
神楽とそれを冗談混じりで拝み、痙攣するゴリラにバナナでも添えてやろうと顔を上げれば、トシ達が小走りでこちらに向かって来ている姿が見えた。
トシ達もキャリーや大きめのスポーツ鞄に荷物を詰めてるようで、でもよく見るとなぜか1番後ろにいる退がかなりの量の荷物を持ってよたよた歩いて来ている。死んだゴリラが荷物を何一つ持ってない事から、きっと妙の姿を見つけるなり持っていた荷物を置いて走ってきたのだろう。そして、残された荷物を退が持って来た。というあたしの推測を妙に話すと、妙は笑顔で男性の、その、えっと…大事な所をおもいっきり踏み付けた。
その瞬間に側に居た男性陣の表情が歪む。ポーカーフェイスで並大抵の事には動じないあの高杉先生でも眉をぴくりと動かしたから、相当な痛さなのだろう。女の子であるあたしには全くそれは分からないので、軽くスルーの方向でお願いします。


高杉先生が運転する車にあたし、トシ、退と人数分の荷物を乗せ、銀八の借りてきたワゴン車には他のメンバーが乗った二台の車が合宿予定の地へと進み始めて約3時間、いい加減着いても良いんじゃないかと考え出す。どこに向かってるんですか。高速を永遠と高スピードで走り続ける気なんですか。普段から長時間車に乗るなんて経験が無い人間からすると、かなりの苦行だ。
実を言うと、あたし達生徒は具体的に何をするのかは聞いているものの、どこで合宿するかは聞いていなかったりする。家で高杉先生に聞いたことはあったけれど何も言ってくれなかった、いや、何も聞くなオーラが出ていたので聞けなかったという方が正しいのかもしれない。とにかく、どこまで向かう気なんだ! その前に制限時速を守ってお願いだから…!!

「名前、大丈夫か? 酔ったりとか…」
「大丈夫だよトシ、気にしないで?」

助手席に座るあたしに、ずっとトシは気にかけてくれている。出発して1時間ですぐにダウンしてしまった退にうちわを扇いであげているのに、本当に良い奴だ。
あたしなんか気にしなくても良いよ、と言うと、トシは苦笑した。その瞬間、いきなりの右カーブであたしは窓に頭をぶつけそうになる。でもその衝撃は来なくて、代わりに大きな手が頭と肩を支えてくれていた。

「トシ…?」
「あ、いや、頭ぶつけそうだったから」
「……ありが、と…」
「…ん」

不器用なトシの照れてる顔がバックミラーからチラっと見えて、こっちまでなんか恥ずかしくなってきた。
そんな雰囲気を察したのか、今度は車を運転する先生の話題へと内容をすり替えてしまうのは、やっぱり気にしちゃうのかななんて考えてしまう。
……今まで気にしなかったんだけど、一緒に帰ってくれたり勉強を教えてくれたりしてくれてたのってあたしに対するアプローチだったんだよな、…って、何しんみりなってんだろうあたし。

「しっかしさ、」
「何?」
「なんでこんなにぶっ飛ばしてんだ?」
「朝からワゴン車同士がカーレース」

ルームミラー越しにトシと笑い合う。ふと、視線を感じて隣の車線を見ると、銀八の運転するワゴン車の窓から総悟、神楽、妙、新八、血まみれになったゴリラ  もとい近藤がこっちをじっと眺めていた。
直後に鳴るあたしの携帯とトシの携帯。それぞれ相手は神楽と総悟の極悪コンビだった。

「名前ー、マヨ野郎とやけに良い雰囲気アルな〜」
「そ、そんなことないから!」
「そんなことなくないヨ! だって土方は…って、銀ちゃん私の携帯返すネ!!」
「……ちょっと貸せ神楽」

横に並んで走っているからか、受話器から聞こえる声を聞かなくても神楽が銀八に携帯を取られたのが分かったので、それに笑っているといつの間にかあたしの携帯も取られて高杉先生の手中にあった。神楽のように返却をお願いするがそれをスルーして銀八と会話しているようだ。
お願いだから運転中の電話はやめて下さい。捕まっちゃうんだよ!? 危ないんだよ!!?

「……ああ、やるか。仕方ねェが今回だけは協力してやる」

通話を切った先生はあたしのひざ元に携帯を放ると、いきなりギアをガタガタと変えて一直線に走り始めた。
同時にワゴン車の銀八の方も猛スピードで発進する。
あたしの身体には物凄い重力がかかって、事故ったらきっとシートベルトは意味ないんだろうとかマイナスな事を考えながらあまりの重力の大きさに意識を飛ばした。





目が覚めると、視界いっぱいに広がったのは綺麗な木で出来たほのかに茶色い天井だった。

「やっと気が付いたわね」

と言う妙の姿にあたしは何があったのかと目を丸くしたのだが、浮輪を持ってバナナボートに跨がったまま歩き回る神楽を見て、もう着いたんだと確信した。

「山口県の別荘ですって」
「………山口?」
「そう、山口」
「山口って瀬戸内海の?」
「そうよ。高杉先生の別荘なんですって」

嬉しそうに言う妙は水着に着替え終わったようで、大きなパラソルを片手に思考回路がまだはっきりしていないあたしに言った。

「さあ、泳ぐわよ!」



そのまま脱がされ水着に着替えさせられたあたしは、妙の後ろに隠れて人生初のビキニ姿をあまり見られないようにビーチに出ると、もう着替え終わった男性陣がシートを敷いてあたしの作ってきた重箱のお弁当や妙、神楽の持って来た弁当を並べようとしていたところだった。
手元の携帯を見ると午後1時。どう考えても関東地方から山口県まで六時間そこらで来れるのはおかしいだろうと思ったけど、朝からあんな速度で飛ばしてきたんだ、ありえないはずもないだろうなんて思い直したり。いやでも大体十時間くらいかかるはずだと思うので、やっぱりおかしいだろうと考え直す。
きっと高速がかなり空いていたんだ。そう信じておこう。

「お妙さんの手料理はこの近藤が  プギャロゲェェェ!!」
「姉上、近藤さんの奇怪な叫び声を止めてください」
「ふん…!!……これで良いかしら?」

まるで3Zの教室に居るようなお昼ご飯も終わり、準備運動して海に入る。
海開きしたてだからなのかそれとも人のあまり来ない穴場なのか、ビーチを利用しているのはあたし達以外に居ない。

「なんか高杉の私有地らしいですぜィ」
「…マジでか」

今更ながら高杉先生の事を何も知らないあたしは、そういえば銀八に例の写真の女の人の事を聞かなくちゃいけないことを思い出してしまって、なぜか嫌な気分になってしまう。
それを払拭する為に、地味な新八と退の二人から誘われたビーチバレーに没頭しよう。




夕飯食べてお風呂に入って布団に潜っても、その事は頭から離れなかった。
(2008/11/25)
(2019/09/01 再編集)