朝起きて携帯を確認すると、いつも起きる時間と同じくらいに起きてしまったことに並々ならぬ後悔の感情があたしを制圧したのにも関わらず、毎朝同じ事の繰り返しだったから習慣とは恐ろしいものだと考え直し、一人で部屋を出てダイニングキッチンのあるリビングへと移動した。


同棲、二十一日目。



あらかじめ買ってあったのか冷蔵庫の中には多分三日分の食材が入っていて、あたかもあたしに料理を作らせたいのか今まで夕飯に出したことのあるメニューで構成されている献立表までマグネットで冷蔵庫に貼ってある。
きっと高杉先生の字なので先生の仕業なんだろうけど、作らなきゃ自分の命が危ないと思い仕方なく献立表に書かれてある二日目朝の部分を見てあたしは朝食作りに専念しはじめた。
朝ご飯の定番のような気がするフレンチトーストは、多分銀八が言ったんだろう。…高杉先生はどちらかというと和食派だし。
色んな事を考えながら全員分の食パンを切り終わった。山盛りになってるのは気にしないだって神楽が居るから仕方ないと思うもん。

「……はよ、」
「あ、トシ、おはよう」

1番初めに起きてきたのは、やっぱり部活動で早起きしていて、いつも剣道に精を出しているトシだった。
あたしみたいにパジャマなんかではなく、既に着替えていて、私服なんて初めて見たような気がする。
ソファーに座ったトシにコーヒーか紅茶かお茶かを聞いて言われた方を差し出すと、サンキュ、とトシなりの優しい御礼の言葉が聞けた。
どういたしまして、とキッチンに戻り、今度は玉子に浸しておいた食パンを熱したフライパンで焼き目をつけながら焼いていく。

「………なんか、新婚みたいだな」

しばらくしてボソッとトシが呟いた言葉を聞こえてしまったあたしは、少し動揺してしまう。
フライパンが良い感じにガタガタと音を立てて震え出し、食パン共々床に落としてしまった。その衝撃音が結構大きな音で、何事かとトシはすぐに駆け付けて来てくれたけど、既に指に火傷を負いましたよ。まぁ冷やせば良いだけだから気にしてはない。

「変な事言ってごめん。俺の両親がよくこういうのしててさ…って、どっかケガしたろ?」
「ううん、大丈夫。ちょっと指先を火傷しただけだから」
「火傷って……血が滲んでんじゃねーか。」
「確かにそうだけど慣れてるし、冷やせば治る  ひゃっ!」

いきなり指先にねっとりとした感覚がしたかと思うと、トシが負傷した指を口にくわえていた。生暖かい温度が火傷したらしい皮膚にじんわりと滲みる。
その後に素早く血が止まったのを確認すると、あたしに冷たい水道水で指を冷ましておくように言って、リビングにあった救急箱から絆創膏と塗り薬を取り出して持ってくる。
充分に冷やした患部をタオルで軽く拭いて、塗り薬を塗ってから絆創膏で処置してくれた。
あまりにも行動が早くて唖然としていたら、大丈夫か? と訊ねてくるトシの言葉と、名前とマヨ野郎がいちゃついてるアルー! という神楽の声にハッとして、あたしは絆創膏の貼られた手を握ってくれているトシの手を、思わずはらってしまった。

「何してるのかしら、土方くん。私は手を繋ぐのは付き合ってから、って言っていたはずなんだけど?」
「やっちゃえ姐御ーっ!!」
「違うに決まってんだろ…! 名前が火傷したから絆創膏貼ってたんだよ」

床に落ちてもう食べれなくなった食パンを生ゴミの中に棄てながらトシが言うと、妙も納得したようだ。

「そうだったの、勘違いしてごめんなさいね」
「いや、別にいい」

トシはそのまま食パン同様に落ちたフライパンを洗剤で洗って拭いてくれて、更にあたしの代わりでフレンチトーストを作ろうとしてくれた。そこまでさせるのは、と思ったので自分がやることを主張すれば、火傷を理由にキッチンから追い出され、仕方なく妙と神楽と一緒にソファーに座って朝のニュースを見る事にする。
キッチンから少し慣れていないんだろう生活音を背景に、いきなり妙がおしとやかに微笑みだす。

「土方くん、本当に名前が好きなのね」
「……はい?」
「名前は鈍感過ぎネ…」

神楽が落胆した様に酢昆布をくちゃくちゃしながらうなだれると、妙が笑顔のままあたしの手を握る。

「まだ返事してないんでしょう? 今時あんなに尽くしてくれる男なんて居ないもの。高杉先生なんか止めちゃって、土方くんにしちゃいなさいよ」

いきなりなんの事かと思ったが、言っている意味が理解できた瞬間に体中の体温が熱くなっていくのが感じられて、かなり恥ずかしくなった。
あたしが立ち上がったと同時にトシがお皿に山盛りに盛られたフレンチトーストを持って来て、それからちょうど良いタイミングで高杉先生と銀八が少し口喧嘩しながらリビングに入って来る。

「銀ちゃんも居るから四角関係アル」

と、神楽が楽しそうに言い、あたしは誰も興味が無いことを告げるが二人は楽しそうだった。


次々と起床してくるクラスメイトが揃うなり朝食を食べ出し、それが終わったら昼食の時間まで宿題タイムとなる。
毎度の事ながらゴリラ  近藤の死骸はどうでもよくて、あたしは目の前の数学の公式に戸惑っていた。こんな問題やったっけ? と不信に思い隣に座る妙をチラ見してみると、普通に問題を解いている。答えの記載されているハズのプリントは、チョコレートパフェを食べながらジャンプを読み耽っている銀八が滅多にしない教師面をして没収しているから見ることが出来ない。
神楽は酢昆布を食べながら国語の漢字をやってるし、総悟には馬鹿にされそうで解き方を聞こうという意識は芽生えて来ない。つまり、あたしの選択肢は一つに絞られるわけで。

「……トシ、ごめん、この問題の解き方を教えてもらいたいんだけど…」

朝の一件があって少しトシと話すのに躊躇いがあったのふぁが、勇気を出して妙とは逆隣りのトシに聞いてみた。
意外と静まり返っている中で声を出すのは苦痛で、トシも話し掛けられるとは思わなかったらしく少し戸惑っていたが、あたしが指差した問題を見るなり優しく教えてくれ始める。

「ここは、…確か名前が一週間ぐらい連続で休んだ時に授業でやったやつだから  ここにこれを代入して、」

教えてくれているトシに悪いけど、これだけは思わせてください。……あの変態保健医のわがままのせいか!! あいつのせいであたしの学力が下がってんのか!

「…ちゃんと聞いてるか?」
「うんもうバッチリ! ありがとうトシ」

実際は聞いてもあまり分からなかったんだけど、教えてくれたトシには悪いから分かったフリをしてあたしは席を立った。
銀八にどこへ行くかを聞かれて、トイレだと適当な理由を言ってリビングを出ると、すぐに朝食を食べてから行方知らずとなっていた変態保健医こと高杉先生を捜しはじめた。
文句はすぐに言わないと気が済まない性格が災いして、捜すのもあら捜しになっていく。
銀八との相部屋にも居ないからどこにいるんだろうと捜し回ると、書斎のような場所に行き着いた。扉が少し開いていたのでもしかしてと思って中を覗くと、本棚の近くに立って読書を嗜む高杉先生を発見したが、家では見たことの無いような表情をしていて、確か、あの写真のような笑顔に近い表情をしているような気がする。
あたしは声をかけれずにその場に立ち尽くすわけでも無く、静かにリビングに戻る事とした。


午後になり昼食を済ませた後に、あたし達は水着に着替えて海に向かって走った。
水着なんてそう何着も持ってるはずないかから、あたしは妙や神楽のような可愛い水着じゃなくスクール水着を着てその上からパーカーを着用することとする。
昨日に引き続き二回目の海となる今日は、皆二着目の水着を着用して各々の楽しみ方をしていて、事前に話していたあたし達三人はスイカ割りをしようということになった、のだが。神楽は両手にかなりでかいスイカを抱え、妙はそれを割るための木の棒を使って昨日同様妙の水着姿に鼻血を噴き出した近藤? ゴリラ? どっちだったっけ? まぁとりあえずその物体を撃退している。
…勉強会なのに勉強を午前中だけで終わらせて良いのかと少し心配にはなるが、勉強会なんて名ばかりで、ただ宿題が済めば他にすることはない集まりだし、これはこれで良いと思ったり思わなかったり。

「名前ー! 準備済んだわよーっ」
「はーい!…って赤っ! 血だよね! 棒から滴り落ちてる液体って血だよね!?」
「違うわ、さっきキムチの入った壷をこれで掻き混ぜたから…」
「手で混ぜろ手でェェ!! じゃなくて、なんで血!? ゴリラか? ゴリラの血なのか?」
「現実を見るアル名前。ゴリラ以外の血なわけないヨ」
「神楽、それもうゴリラを撲殺したって言ってるようなものだからね?」
「殺してはないネ! ただ埋めただけアルヨ」

神楽の指差した先には、スイカの隣に首から下は全て砂の中に埋められているゴリラが居た。目が合ってしまい、無言なのであたしはゴリラから目が離せないでいる。いや、目が離せないんじゃなくて、これから起こるであろう惨劇を脳裏に焼き付けるために無意識に凝視しているだけなのかもしれない。

「じゃあ、トップバッターいかせてもらうわね」

妙が素晴らしい笑顔で言い、目隠しもせずに定位置から血の相変わらず滴っている棒を構え、全速力でスイカの方へ――否、近藤ゴリラ勲の方へ走り出した。
さようなら、近藤ゴリラ勲。仲良いって程友達ではなかったけど、面白い奴だったよあんたは。

「苗字ーっっ!! そんな事思ってないで助けろォォオ!!」
「………貸し一つだからね」

あたしは今にも死にそうなゴリラのために、パーカーのファスナーを少し下げて銀八の元へ向かう。
パラソルの下で優雅にジャンプを読んでいた銀八は、どうしたー? なんてジャンプから目を離さずに聞いてきた。…これから不幸が訪れる事も知らずに。

「……妙ェェ!! 銀八があたしにやらしいことしようとしてるゥゥ!!」
「お、おい、名前!? ちょっ、お前っ…ぶふォ!!!!」

あたしがそう叫ぶと妙の持っていたはずの棒が銀八の顔面に刺さり、プラスアルファでビーチボールが物凄い勢いで銀八の腹部にめり込んだ。

「トシ……?」
「はぁ……名前、大丈夫かっ…?」
「え、あ、うん…」

誰が投げたんだろうと振り向いて見れば、息を荒げたトシの姿があった。
近藤以外のメンバーと新八くんとでビーチバレーをしていたんだろう、総悟はからかうように笑っていて退と新八くんは茫然と状況を見ていた。

「行くぞ」

そう言われて、トシに手を引かれながら皆が居る場所よりも少し先にある岩場に向かって歩く。
少し困惑しながらも、あたしは握られた手を離さなかった。





「この辺なら、大丈夫だろ」

岩場に腰を掛ける。少しひんやりとしていた。

「銀八に、どこも触られてないよな?」
「う、うん…」

むしろ今更冗談だったなんて言えない状況に焦る。
焦るってもんじゃないかもしれない。この雰囲気はやばいってやばいやばい!

「………名前、」
「うん?」
「…この間の、返事なんだけどさ、…」

……キター!! いつかは来ると思ってましたよええホントに! 考えてないんだよ全く! どう考えれば良いのかとかわからないんです告白されたこと無いから…!!

「えっと、…その、」
「いつでも良いなんて言っておいて、今答えを求めるのは勝手だってわかってんだ。それでも、アレだ。今日みたいな事があったらって思うと――それに、俺、高杉のヤローに名前を渡したくねぇ…」

ふと、脳が一瞬停止した感覚に陥った。
朝の妙との会話にも出てきたけど、なんでそこに高杉先生が出てくるの? ただの同居人だし、それに遠すぎるほど遠縁の親戚なんだよ? なんでそこに、高杉先生が出てくるの?

「…名前?」
「……あ、ううん、なんでもない」

いきなり喋らなくなったあたしを心配したのか、トシはあたしの表情を伺うように見つめてきた。
改めてだが、トシはかっこいい。マヨ好きなのは置いといて、頭も良いし、運動も出来るし、…あたしに似合わないくらい完璧な男の人だ。
だからこそ、あたしはトシがわからないのかもしれない。

「……ごめんなさい、まだ、トシとそういう関係っていうの、考えられない…から」
「…そっか、」
「だから、今は友達のままで、いさせてほしかったり…」
「名前がそう言うなら、わかった」
「…ありがとう」
「ん、……じゃあちょっくら近藤さんでも助けに行くか。名前はどうする?」
「あたしはまだここに居とく。海、綺麗だし」

トシは、歩いて皆の居るところまで歩いて行く。
あたしは、疲労感がどっと押し寄せてきたかのように岩場に寝転がった。少しゴツゴツする。
日焼け止めは塗り過ぎと言われるほど塗ってあるので、日差しがキツイのは気にしない。

「人を振るのって、こんなに嫌な想いするものなんだ…」

唯一の救いは、トシが呼び方を変えてなかったことかもしれない。名前、と呼ばれずに苗字のままだったら、あたしも土方と呼んでしまっていただろう。

「明日には帰るんだし、関係は思ったほど壊れてないし、大丈夫…だよね!」

大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせて立ち上がる。
そしてあたしは笑顔のまま皆の居る方へと、小走りで向かいはじめた。



夜になり、夕飯のバーベキューを食べ、テンションも上がりまくった時間。
いきなり銀八が爆竹を鳴らしながら打ち上げ花火をセットしていく。
海恒例、夏恒例の花火は、やると聞いてなかったので尚更テンションが上がってしまった。
打ち上げ花火がまず打ち上げられ、小さいながらも綺麗な形が星の綺麗に輝いている空に彩られ、綺麗…と思わず言ってしまった。

「花火か……懐かしいな」

いつの間にか隣に居た高杉先生も呟いた。
トシは手持ち花火を大量に持った総悟に追い掛けられていて、妙に花火で火あぶりにされてる近藤、花火は中国では珍しいのか銀八と一緒に打ち上げ花火の準備を神楽が手伝っている。ジミーズの退と新八くんは端っこで線香花火をしていた。
ふと気になって先生を見てみると、いつもはあたしにちょっかいをかけてくるはずが静かに花火を見ている……いや、違う。先生は、花火の奥の思い出に浸ってるような、そんな表情だった。

「……名前、」
「はい?」

かすれるような声で名前を呼ばれたような気がして再度振り向くと、先生の顔がすぐ近くにあった。



唇に当たった温かい感触は、気のせいだと想いたい。

(2008/11/28)
(2019/09/01 再編集)