あたしの精神状態なんか関係なしに日にち進んでいく。
まぁ、夏休みを一日一日大切にするなんて考えはさらさらないから別に良いんだけど、主婦業だけで終わらせたくはないのが事実だ。


同棲、二十三日目。



「明日、ですか?」
「あぁ」

夕食時、たいてい会話が無いのにいきなり高杉先生が口を開いた。内容は至って簡単で、明日の昼からあたしに外出してほしいというものだ。

「女の人でも連れ込むんですか?」
「まぁ、…そんなところだ」
「……ここ、あたしの家ですよね?」
「だからこうやってわざわざ聞いてやってるんだろ?」

どこをどう考えたらそんな強気な聞き方があるんだろうと思ったが、口にしないでおいた。
明日暇なのは確かだけど、どう暇つぶしをするべきか悩む。第一、明日は全国的に洗濯日和だとお天気お姉さんが言っていたので、いつの間にか溜まっていた洗濯物を全部洗って乾してしまおうと考えていたので、急に言われてもどう対処しようかと頭を回転させていると、これまた急に携帯から着信音が流れはじめた。

「誰からだ?」
「……先生には関係ない人です、多分」

曖昧な返事をし返して、あたしは鳴りつづける携帯を片手に自分の部屋へと向かった。
ディスプレイを確認すると、表示されている名前は坂田銀八。意を決して電話に出る。おちゃらけたいつもの銀八の声がスピーカーから聞こえてきた。

「……もしもし、」
「おー、名前か? いきなりだけどさ、明日銀さん家に来なさい」
「いきなりすぎてよくわかんないんだけどとりあえず何だよその命令口調…」
「いいから来なさい」

あたしが何言っても銀八は明日家に来いの一点張りで。仕方ないから昼前に行く約束をして電話を切りリビングに戻ると、先生は食事を終えて部屋に戻ったのか、テーブルに広げられていた食器が片付けられていた。
あたしは一人、少し冷えた夕飯を食べながらバラエティ番組を見て、笑えずに夜を過ごす。
なんだろう、この、気持ち悪い感じ。ムカムカする。事情を詳しく話さない大人二人に対して、置いてけぼりにされている感覚が気に食わない。
女の人を連れ込むのであれば、適当に理由を言ってはぐらかしてくれれば良いものの、曖昧に濁されたのが気に食わない。
ここは、あたしと両親が住む、あたしの家だ。なのに、なんだか、先生が同居しだしてから色々なリズムが崩されていっている気がする。
――嗚呼、気持ち悪い。
食べ終えた夕飯の食器を流しに持って行き、洗うこともせずに自室へ戻って寝ることにした。




翌日、あたしは先生に言われた通り、仕方なく出掛ける準備をして玄関に居た。
いつもなら見送りなんてしない先生がカジュアルな私服姿で見送りをしてくれるらしく、一応、行ってきます、と言う。
悪ィな、なんて噛み合わない返事をされた。

「別に大丈夫ですよ。先生はウチの親の勝手なお願いであたしの面倒見てくれてるんですから、今日は思う存分自分の時間を楽しんでください」
「…あぁ」

あたしの嫌味ともとれる言葉に歯切れの悪い返事をした先生は、あたしが家を出た途端に鍵をガチャリと閉めたらしく閑静なマンションの廊下にその音が響いた。
仕方なく帽子を被り直し、エレベーターで一階に下りて銀八にメールで連絡する。今更だけどあたしが住んでるのってマンションだったんだね、あたし自身も忘れてたよ!

「あ、来た」

連絡してから5分くらい経っただろうか、車に乗った銀八があたしを迎えに来た。助手席に乗ってまた借りたのかを問うと、辰馬の車を借りパクしてんだ、と教師ならぬ解答をしやがった。…まあいいや、なんかもう馴れすぎたのかも。

「さて、名前にメシ作ってもらうとするかな」
「……マジでか」
「マジマジ。俺金欠でさー、次の給料日まで辰馬のすねをかじって生きて行こうと思ってんの」
「坂本先生もこんな同僚もって可哀相…」
「あいつはぼんぼんだからな〜」
「お金持ちなのに教師やってんの?」
「その辺は本人に聞いてみ?」
「えー…めんどくさい」

そう言うと銀八は、名前っぽいな、と言って笑った。
その後、しばらく間が流れて、その静寂に耐え切れなくて、思わず先生の話題を出していた。

「高杉先生は、あたしのことどう思ってるんだろうなー」
「名前、まさかあいつの事…!!」
「違ェよ。一緒に住み始めてからは女問題とかそんなに聞かなかったのに、今になって家に連れ込んでるでしょ? 銀八からの電話が無かったら、あたし、商店街をぶらぶらして時間潰すとかしか無かったわけだし」
「ナンパでもされたらどうすんだ!」
「噛み合ってないツッコミをどうもありがとう。…やっぱり、枷になってるのかなって。面倒見るために一緒に住んでるのだって親の勝手な押し付けだと思うし…」
「……名前から、アイツを信用してるなんて言葉が聞けるとは、思ってもみなかったな」
「あたしは元から信用してるわけじゃないんだけど…」
「確かにアイツは女遊び激しいくせに面倒臭がりなのにも関わらず仕事熱心な奴だからな、…今日、家にそういう関係の女を呼んでいるってことはなんかあるんだろ」
「なんかって、何?」
「知らない。本人に聞きなさい。俺もお前を任せられただけだし」
「あ、それ絶対知ってるでしょ! 教えろよエロ天パ!!」
「コラ! 女の子がエロとかそういう言葉を言うんじゃありません! 銀さんキュンってきちゃうから!!」
「マジキモいんですけど」

言い合いをしている内に銀八の家に着いたから、冷蔵庫にあるもので適当にまぜこみチャーハンを作ってやると、瞬く間に作ったもの全てが銀八の胃の中に入っていった。あたしは食べてないけど、まぁいっか。

「名前は良いお嫁さんになるな、うん」
「ソレハトテモ光栄デスアリガトウ」
「なにそのキャサリンみたいな喋り方! なんか欝陶しいんだけど!」
「わざとだから当たり前じゃん」
「名前のおかーさーん! あなたの娘さん、根性悪に成長しましたよー!!」
「死ぬ? いっぺん死んでみる?」
「すいませんっしたァァ!!」

包丁を構えるとすぐに土下座した銀八。それにあたしは爆笑した。
銀八と喋っていると楽しすぎて時間を忘れてしまう。それは、銀八が教師と生徒というレッテルに縛られていないで接してくれているからとは気付いている。それに関しては、銀八は優しい人間なんだろうと思うけれど、

「高杉には勿体ないな…名前、俺と結婚し  ひでぶ!!」
「消えろ天パ」

好きにはならないよ、これ絶対。同級生だったとしても、多分、友達以上恋人未満の良き相談相手なんだろうな、なんて。
この間、妙が、そのパターンは付き合う可能性大なのよ、なんて熱弁していたけど、この天パが相手なら確実に有り得ないなと理解できた今日この頃。



夕方家に帰ると、左頬を腫らした先生が夕飯を作っていた。

(2009/01/02)
(2019/09/01)