あれから家に帰って逃げれそうな方法を色々と考えてみたけど、どれもすぐバレそうな方法ばっかりだったので、なんかもうどうでも良くなってしまった。
むしろ、どうして逃げなきゃいけなかったのか。それだけが疑問として残っていた。
同棲、二十五日目。
「……それで、結局何も思い付かなかったのね?」
妙に朝から電話して考えた結果を話してみると、それはもう随分と呆れられた返事が返ってきた。
まぁ、これは予想通りだから良いとして、電話越しに呻く妙にもう一度どうしようと問い掛けると、重い溜め息を吐かれた。
「だから土方君と出掛け」
「ないからね。そんな事で利用しちゃったらトシに迷惑かけちゃうじゃん」
「男は好きな女性に迷惑をかけられてなんぼの生物なのよ」
「妙は何について研究してんの?」
「……とにかく、土方君と駆け落ちする以外、方法は無いと思うの」
「妙達と遊ぶっていうのは?」
「遊んでもどうせ帰るんでしょう?」
「うん…」
「どっちにしろ祝わなきゃいけないんじゃない?」
「あ、そういうことか」
確かに、遊んで帰れば仕事から帰ってきた先生が居るわけだから祝わなきゃいけなくなるのか。というか、妙はあたしに先生の誕生日を祝わせたくないのか。そして、果たして先生はあたしに誕生日を祝われたいのか? と、また新しい疑問が出てくる。
朝顔を合わせた時も何も言ってこなかったので、多分、あの人は自分の誕生日の事を忘れているのではなかろうか。
じゃあ妙の家に泊めて、と言おうとしたが、あのポイズン卵焼きを食べる勇気なんてあたしにはさらさら無いから言い止まった。
「……また案が出たら…電話する」
「あら、もし何も出なかったら私の家に泊まるのも良いのよ?」
「それは全力で遠慮させてもらいます!」
なぜ同じ考えに行き着いたのかは不明だけど、さっきそれに対する答えは出たから丁重にお断りをしてあたしは電話を切った。
「どうしよっかなー…」
あえて誕生日を祝うっていうのも良いのかもしれない。
まぁお馬鹿な両親が海外に転勤してから一人暮らししていたあたしの面倒を色々見てくれていたはずだし、お高いレストランに連れて行ってくれたこともあるし、少しぐらい感謝の気持ちも込めて祝ってやろう、よし、そうしよう。
「ケーキ……作るか」
思い立ったらすぐ行動し始めるのがあたしだ。
先生はいつも通りの時間に帰ってくるだろうし、食費用の財布の中身を確認して家を出る。歩いてスーパーに向かい、適当にケーキを作るセットを籠に入れる。家に型とかあったはずだから買わなくて良いとして、夕飯をどうしよう。ケーキは洋菓子だから、洋風の方が良いかも。
「よし、誕生日と言ったらハンバーグだな、ハンバーグ。みんな大好きハンバーグにしよう」
とても安易な考えだな、と自嘲してしまった。たまには良いじゃない、なんて理由をつけながら合い挽き肉などを購入。
うん、良い買い物をした。
「よし、帰って作り始めなきゃ」
会計を済まし、エコバックに買ったものを全部詰め込んで家に帰ろうとする。が、あたしは凄く重大な事に気づいてしまった。
持って来ていた携帯で助っ人に電話をかけ、しばらく待っていると見馴れたスクーターで銀八がやって来た。
「急な呼び出しで髪の毛のセットに時間かかったじゃねーか。はねてない? ねぇ、はねてない?」
「いつも通りの素敵な天然パーマで全く変わってないよ、銀八」
「…あれ? どんな顔をすれば良いのかわからない」
「喜べば良いと思うよ」
銀八にさらりとそう言って歩き出すと、スクーターを押しながら隣を歩き出す。
さり気なく買い物袋を受け取ってくれて荷物を持ってくれるところには、大人の男性としては少しだけ高感度が上がった。
「で、俺に用って何なわけ? 名前が緊急事態だって言うから急いで来たけどよ」
「銀八、今日の事は全てにおいて明日になったら記憶から抹消できるなら呼び付けた理由を言うから、とりあえずくっついて歩かないで気色が悪い」
「ひどっ!!!」
なんだかんだと言い合いしながら、我が家に着いて、銀八を中に招き入れてから麦茶を差し出す。
そして呼び付けた理由を話すと、目の前の天パは爆笑しやがった。
「なんだよ名前! お前ケーキ作ったことねぇの!?」
「バレンタインにチョコ上げるためとかならお菓子作りはするけど、ケーキなんて大それたもの普通は作らないってば!」
「そうかそうか…あの高杉の為にケーキとはね……」
「銀八は一応家庭科部の顧問でしょ? だったら四の五の言わずさっさと教えてよ」
「教えるのは別に良いんだけどな、…取引ってのを忘れちゃ困るな名前ちゃん」
「とりひき?」
「そう。何事にも取引が必要不可欠だからな」
そう言って銀八は麦茶をコップ一杯飲み干すと、あたしにビシッという効果音付きで指を指してきた。
人の事を指差すなとか言いたいんだけど、この際だから我慢しておく。我慢する代わりに、その人差し指を折り曲げてもいいかな?
「んで、取引の内容は?」
「案外乗り気だな」
「乗らなきゃ作り方教えてくれないなら聞くしかないじゃん。作り方見てもよくわからないし」
「名前、お前和洋中華イタリアン作れるのになんでお菓子作りが出来ないんだ」
「う、うるさいうるさい! 早く内容言えよ天パ!!」
「仕方ねぇな」
ゴクリ、と固唾を飲み込んだ。もし無茶な内容だったら、不本意だけれど手元にある携帯で高杉先生に電話すれば助けに来てくれるであろう! つか、助けに来てくださいマジで。
「俺に弁当作ってくれね?」
「……………………………はい?」
もしもの事を考えすぎたのか、あたしは銀八が言ったことに信憑性が持てなくて聞き直してしまった。
あたしが返答に困っていると、改めて、弁当作ってくれ、と言う銀八の頬はほのかに赤く染まっていた。
「あー……そんな事で、良いの?」
「いやー、知っての通り銀さん独り身だからさ? 同じ独り身なはずの高杉やらが弁当持って来てたら嫉妬しちゃうわけ」
「それで、あたしの作った弁当が欲しいわけか…」
「たまーにアイツが職員室で食べることがあんだけど、そん時チラッと名前の作った弁当の中身を見ちゃってよ、俺も食べてェな、と」
銀八の話す理由はまとめると、高杉先生が羨ましいから俺にも作れ、ということらしい。
出来ない事でもないし無理な事でもないから別に構わないのだけれど、なんだかしっくりこなかった。
「……なんか、もっと違うことを提案するんじゃないかと思ってた」
「なんだ? 名前は俺にちゅーされるとでも思ったのか?」
「黙れエロ天パ。ンなわけないでしょ」
「じゃあ名前、盆明けの高杉が学校に行く日に弁当作って持ってこいよ」
「ちょっと待ってよ、あたしが持って行かなきゃいけないわけ?」
「当たり前だろ。高杉に渡してもアイツは俺にはくれないからな」
まぁ銀八の言うことも一理ある。
仕方なくあたしは取引を受諾することにして、銀八に教わりながらケーキを作ることにした。
あ、そういえば今日お弁当作ってないや。……気のせいだ、確か今日はいらないとか言ってたじゃないか。明日だったっけ? いや違う違う。今日だ絶対今日だ。今日だったと思いたい…!!
「名前ー、早く作業すんぞ」
ワイシャツの袖をめくりながら既に台所に居る銀八に少し欝陶しさを感じながらも、あたしは返事をして台所に向かった。
「良いか? ケーキキットを買ってるからってケーキ道はそんなに甘い道程じゃないからな」
「なんだよケーキ道って」
「ケーキにはな、言葉では語れないようなモノがいっぱい詰まってんだ」
「ふーん。……あ、銀八、卵黄と卵白分けたよ」
「さすがは名前だな、料理経験者がいてくれると助かる。家庭科部の奴らの中にはなんでもまずい卵焼きにしてしまう奴がいたり――」
「銀八、まだまだ泡立てる?」
「メレンゲは白くなって角が立つまでがポイントだぞ名前。…こうしてるとなんか新婚みたいだな」
「黙れ銀八。さっさとやれよ」
「……すいません」
その話題はトシの時に慣れている。申し訳ないが、そんな精神攻撃は効かないのだよ! と、ごちゃごちゃ話しながらも、甘さ控えめのケーキが完成し、夕飯のハンバーグも出来た。
銀八に御礼を言うと、ちゃんと弁当作ってこいよ、なんて釘を刺されてしまう。
もうすぐ高杉先生が帰ってくる時間だからと強制的に家から追い出す事に成功し、今度はリビングの飾り付けを……なんて、子供の誕生日会かよ。
やばい、冗談抜きでもうすぐ帰ってくるじゃないかあの変態保健医! いつも時間通りに帰ってくんなよ、どこぞの新婚ほやほや幸せオーラ出まくりのサラリーマンか! 急いで冷蔵庫で冷やしていたホールケーキをテーブルの真ん中に置き、いつも飲んでいるキンッキンに冷やしておいた缶ビールと出来立てのハンバーグをオシャレに盛りつけたお皿を二人分置いた。
「よし、これでオッケーかな」
帰ってくるまで暇だからテレビを見ることにしてソファーに座る。いっつも高杉先生が占領しているからか、ふかふか感が懐かしい。
そういえば、ソファーに座ったのって前に二日酔いした時以来かもしれない。そう考えたら、高杉先生と同居し始めて三ヶ月くらい経っているのか。意外と長かったようでまだまだ短いのね。
あたしは早く先生が帰ってくる事を切に願いながら、ぐーっと鳴りつづけるお腹を抑えて目を閉じた。
意識が段々戻ってくる。水を流す音が聞こえてきた。食器を洗ってるような音。誰だろう、お母さんかな。――あれ?……いま何時…!?
「……っ!!!」
勢いよく目を開けて体を起こすと、電気の光が目にしみた。何度か瞬きをして水音のする台所を見てみると、皿洗いをしてるであろう男性が立っていた。
ああ、なんだ高杉先生だったのか、とわかってもう一度脱力していく身体。そして、再度勢いよく体を起こした。
「せっ、先生…!」
「…やっと起きたか」
「ごめんなさいすいません寝ちゃってて申し訳ありませんでした!!」
「あ? 何の事だ?」
謝ると、本当に何の事か分かってないらしい高杉先生からの返答。
良かった、じゃあやっぱり今日はお弁当作らなくていい日だったんだ。…じゃなくて今何時だ!?
「あ、まだ12時過ぎてない……………先生!!」
「今度はなんだ」
「あのっ、…えっと……誕生日、おめでとうございます!」
「…おう、……飯とケーキ、美味かった」
不意打ちに軽く微笑んだ高杉先生に、思わずときめいてしまった。
(2009/02/05)
(2019/09/01 再編集)