うちの親は本当になんでも勝手過ぎると思う。
勝手に渡米出張に行ったと思ったら、理由も話さず勝手に高杉先生と同居するように仕向けてくるし。今回は連絡ツールが手紙ときた。
メールや電話の方が早いだろうに、我が親ながら呆れるよ本当。
同棲、二十六日目。
目が覚めて時間を確認するとまだ朝の6時だった。…無駄に朝早く起きてしまった。いや、早起きは良いことだ。良いことなんだけど、空港に行くまでまだ少しくらいあるし、比較的まだ寝れると思いもう一度目覚まし時計を設定して寝ようとすると、部屋のドアが勢いよく開けられる。
「おい、起きろ」
「……先生、早起きなんですね」
昨日遅くまで洋モノのドラマを見てたからまだ寝てると思ってましたよ、あたし。
片付けのために一緒に起きてたんだよ? まだ寝かせてくれたって良いじゃないか。
「そろそろ準備し始めとけ。…おい、聞いてんのか?」
「…聞いてます、大丈夫です、あと一時間したら起きて準備し始めますから」
「犯されてェか?」
「………やだなぁ、冗談じゃないですか」
「ほォ、そうか。本当にヤられたくないんだったらあと10分で準備しろよ」
バタン、と音をたててドアが閉まった。
それと同時に上半身だけ起こした体をまたベットに沈ませようとしたが、高杉先生の犯す宣言は冗談ととれないので自分の身を按じて着替えることにする。
どうせ親を空港に迎えに行くだけだし手頃な服を着てリビングに行くと、スーツを着込んだ高杉先生がネクタイを結んでいた。
「なんでスーツ?」
「親戚に会うんだ、当たり前だろォが」
そうか、そういえばこの人は遠縁の親戚だったんだっけ。すっかり忘れてた。
学校に行くにしてもきっちりとスーツを着たりしないので、だらけて着るよりも先生が大人らしく見えた。いや、実際大人なんだけれど。
「名前、おめーは準備出来たのか?」
「はい。だって持って行くのなんて携帯だけだし、親を迎えに行くのにオシャレする理由なんてないじゃないですか」
「ククッ、そうだな」
あれ? なんで、あたし今笑われたんだろう? 笑ったよね、この人あたしのこと笑ったよね?
「…ほら行くぞ」
いつのまにやら玄関に移動していた高杉先生に呼ばれ、急いであたしも玄関に移動する。
実際、親の一時帰国のお迎えになんか行きたくないんだけど、隣にいる変態保健医の言ったことには逆らえない。
仕方なく行くかわりに、先生の車によだれを垂らしながら寝てやろうと思った。
「名前!!」
「お母さん、お父さん!」
まさかのプライベートジェットに乗って空港に降り立った両親二人に、あたしはア然とするしかなかった。
一般ゲートではない所から手を振ってこちらに向かってくる夫婦は、間違いなくあたしの母親と父親だ。
「お久しぶりです」
「晋助君! 随分男前になったなー」
「あらやだお父さん、名前の入学式の時に会ったじゃない」
「そうだったなぁ。……ところで晋助君、名前が迷惑とか、」
「と、とととお父さん!」
この話題は何故かやばいと即座に判断したあたしは、父さんが言い終わる前に父さんを呼んでいた。
ゆっくり話すのは家に帰ってからでも良いんじゃない? と話題を避けたいが為に提案する。同意してくれたのは母さんだった。
「久し振りの我が家に早く帰りたいわ」
「そうだな、じゃあ晋助君、話はまた夜に一杯やりながらでも」
「すみません、お付き合いしたいのは山々なのですが、明日少し仕事がありまして」
そういえば明日なんか学校に行かなきゃいけないとか先生言ってたな、うん。……うん? 凄く違和感を感じた。なんだ、この違和感。
「晋助君も働き者だなぁ」
「お二人程じゃあありません」
「謙遜なんかしなくて良いのよ?」
駐車場に向かって行くに連れて違和感もどんどん膨れ上がって行く。あたしがその違和感に気付いたのは、先生に助手席のドアを開けられた時だった。普段は全くそんなことしないし他人になんか中々興味を抱かない唯我独尊な保健医だと理解しているので、ドアを開けられたあたしは、え? と声に出してしまっていた。
「名前ちゃん、入らないのか?」
言葉を投げ掛けられた瞬間、今まで感じていた違和感が一気に無くなった。
「高杉先生、ちょっと良いですか?」
両親はトランクに滞在用に持って来たキャリーを入れているので気付くはずもなく、高杉先生を車から少し離れた場所に引っ張っていつも先生がするようにニヤリと笑った。
「先生、猫かぶってるでしょう?」
「あ?」
「普段あたしの事なんか呼び捨てだし、何よりいつもと態度が違います態度が!」
「苗字夫妻には昔から世話になってんだ。それ以上首突っ込んだら親が寝てる時に犯すからな」
とても世話になった人の娘に言うはずのない台詞をあたしに言った高杉先生は、小走りで車に駆けて行ってトランクに荷物を積む二人の手伝いをし始める。
その光景を茫然と眺めていたあたしは、母さんの呼ぶ声に気がついて車に戻って行く。
ドアを開けて待つ先生の気持ち悪いほど爽やかな笑顔は、あたしを脅しているかのようだった。
「そういえばさ、なんで一般ゲートじゃなくてプライベートゲートから来たの?」
車で家に移動中、あたしは高杉先生の話題にはあえて触れずに気になったことを聞いてみた。
ちなみに父さんの仕事を詳しく知らないから、なんで渡米したのかも知らない。あれ? 意外とあたしって自分の親の事情を知らないような気がする。
「アメリカの会社の社長さんがね、以前に母さんと仕事したことがあって昔の誼みで送ってくれたんだ」
「ちょっと待ってよ。母さんと知り合い? 母さんって、あたしを生む前なんの仕事してたのっ?」
「名前ちゃんに言わなかったかしら? 通訳のお仕事してたのよ」
「つ、通訳…!?」
「母さんはバリバリのキャリアウーマンだったんだぞー。父さんが会社で今の地位に居るのも海外出張できてるのも、母さんのお陰なんだからな」
「もう、お父さんったら! 照れるじゃない」
「照れた母さんも綺麗だよ」
なんなんだこのおしどり夫婦。帰ってくるなり惚気かよ。年頃の娘が居る前でそういうのやめてくれないかな本当。なんか一緒に居るこっちが恥ずかしい。
ちらっと運転している先生を見てみると、気持ち悪いほどに微笑んでいた。…夢に出そうで怖い。
「…で、父さんの仕事はなんなわけ?」
「会社の代表取締役よ」
惚気がおさまった頃に改めて聞いてみる。母さんが笑顔でさらりと言ってきたので、うまく理解できていない。代表取締役…って言った?
「…代表取締役……って、すごいんじゃないの? 社長じゃないのっ?」
「違うわよ名前ちゃん。お父さんはただの役員さんなのよ」
「母さん、そんなツッコミ期待してないんだけど…」
「父さんは凄いんだぞー」
「知らなかった…ただのサラリーマンって思ってたもん」
「だって名前ちゃん聞かなかったじゃない? だから言わなくても良いかなって」
能天気過ぎるよ母さん。よくよく考えてみれば、あたしの家って高層マンションの上の方だし、4LDKにしては広すぎるもんな。うん、納得納得。
「それでさ、なんでいきなり渡米してまで出張しなきゃいけなかったわけ?」
「姉妹会社との、簡単に言うと交換留学みたいなものでな。まぁ後何年かはあっちにいなきゃいけないんだな、これが」
「長ェよ交換留学!」
ってことは、それまでこの隣にいる変態保健医と同居しないといけないってこと?……いや、それはいくらなんでもないな。ないない、だって大学生になっても同居とかやってらんない。
「晋助君は、お付き合いしてる女性とかいるのかな?」
「そればかりは思い通りにいかないもので……全くですね」
いやいやいや、嘘おっしゃい。あんた毎回生徒とヤッてんじゃん。神楽がこの間言ってたんだからバッチリ見られてるんだからね!…っていうのは心の中で留めておく。
「名前ちゃんもなの?」
「えっ?」
「名前ちゃんも、付き合ってる男の子とか居ないの?」
いきなり話をふられたので少し驚いてしまった。
何を聞いてるの母さん、あたしにいるわけないじゃない。と、正直に言おうとしたが、母さんは少し抜けてる所を除けば常識人だ。それを逆手に利用してあたしに彼氏が居ることにすれば高杉先生との同居を止めてくれるかもしれない。よく考えたら、一つ屋根の下で男女が二人っきりなわけだし。
「母さん、…今まで黙ってたんだけど、実は彼氏がいるの」
「まぁ! 本当なの!?」
バックミラーに驚いた表情の父さんと嬉しそうな母さんが映る。母さんが食いついたことによって、もう、後には引けない。
「うん」
「そうなの……じゃあ晋助君が一緒にいちゃいけな 」
「会わせなさい」
「……ん?」
「名前、父さんにその彼氏と名乗る男を会わせなさい」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
なぜそこで口を挟んでくるクソ親父! せっかく母さんが同居を止めさせるような発言したのに、今のテメェの一言で思い直した表情になったじゃねェか…!!
「父さんの言う通りだわ。名前、彼氏に会わせてくれないかしら」
嗚呼、あたしは博打には向いていないみたい。隣で声を殺して笑いを堪えている先生が、すごく憎くく感じた。
どうしようどうしようどうしよう。
(2009/02/16)
(2019/09/01 再編集)