夏休み真っ只中。もしかしたら外の気温よりも暑いだろう剣道場の中は、ミーハーな女子生徒の黄色い声援が響いていた。
わざわざマネージャーでもないのに制服を着て応援に来なくても、と思ってしまうあたしはどんだけ冷めてるんだろう。


同棲、二十七日目。



竹刀のぶつかり合う音が終始鳴り響く剣道場では、お盆が終わったばかりだというのに剣道部が練習に励んでいた。
三年の先輩達は夏休み入る前に引退したらしく、私が部長です。と血文字で書かれてあるプレートを近藤が首から提げて滅多に見ることの出来ない真剣な表情で号令をかけている。
一通り練習が終わり、黄色い声援をあげていた女子生徒の皆様方がタオルを部員に渡したりして、少しでも他人より上に立ちたいのかちょっとした小競り合いが行われているその光景をあたしは離れた所からこそっと覗いていた。別に、ストーカー的な事をしてるわけじゃない。

「……名前じゃねぇか」

バレないようにこそこそしてたのが逆に目立ったのか、あたしの存在に気付いたトシがタオルで汗を拭きながら近付いてくる。と同時に、トシ目当ての女子生徒の皆様から鋭い獲物を狩るような視線があたしに注がれてきた。

「見学ならもっと前の方で見りゃあ良いのに、こんなとこで何してんだ?」
「いや、トシのファンクラブの方々からの制裁が怖いから。…それより、何時くらいに終わりそう?」
「今日は練習試合を一回したら終わるだろうな。近藤さんの部長就任を皆で祝うとか何とか」

そうなんだ、と相槌をすると、噂をすれば何とやら。近藤がトシを呼んでいたので、じゃあまた後でな、と軽い足どりで近藤の元へとトシは走って行った。

「……彼氏役は土方に決定みたいだな」
「げっ! 変態保健医高杉先生!!」
「変態は余計だ」

あたしがトシを見送ると、そのタイミングを謀ったように背後に現れる高杉先生。いや、いくらなんでもタイミング良すぎだろう!

「後は親が何て言うかだなァ…ククッ」

そう言った高杉先生は保健室に帰るようで不敵に笑いながら去って行った。……こんなことになったのは、お盆前の彼氏がいる宣言がきっかけなんだけれど、お盆中、父さんをどれだけ恨んだことか。




あの日の夜、紹介しろとうるさい父さんに苛立ちながらも、咄嗟にあたしが助けを求めたのがトシだった。
事情をしっかりと受け止めてくれたトシに酷いことを要求しているのは百も承知だ。だけど、頼れるのはトシしか居なかったから仕方ない。
総悟に言ったらそれをネタに一生こき使われそうだし、退は地味だし、ゴリラはゴリラだし、Z組にはろくな男居ない事を痛感した。

「…でも、これで良かったのかな」

トシはもうあたしの事は吹っ切れたと言っていた。それが本当なのか分からないけれど、トシを彼氏役に抜擢するなんて酷、だよな、やっぱり。
トシに頼らないように色々作戦を実施してみたが、一人でできるもん、と家事全般をいつも通りに行えば、晋助くんのおかげね、だとか、媚び売ったりしてみれば、可愛い娘を一人にさせるわけには云々と一蹴された。それも全部。報告がてらトシにその事を話したら笑われたけど。

「我が親ながら呆れるよな、ホントに」

電話した時、トシは田舎に帰ってて会えないってのを言ったら、母さんは諦めがちだったのにあの頑固親父がお盆明けに連れて来いとか言い出して、結局、二人が帰る日にトシと会わせることになったんだから呆れる他ないと思った。
いや、現在進行形。高杉先生は笑いながら状況を楽しんでいるだけだし、あたしの周りにはろくな男居ないよマジで。

「…おい、名前、」
「かといって、あたしを中心にそんな輪廻が廻ってるとか思いたくないし…」
「名前、お前大丈夫か?」
「えっ?…あ、トシ。部活終わったの?」
「今さっきな。それよりお前、一人で何言ってたんだ?」
「あー…あはははは、気にしないで、何でもないから」

苦し紛れにそう言うと、トシはなんとなくだと思うけど納得してくれた。
行こっか、とあたしが言うのと同時に鋭い視線が突き刺さってくる。視線の先を見てみると土方ファンクラブと書かれた襷やら鉢巻きを持った方々と目が合ってしまい、ちらほらとあたしの悪口も聞こえてきた。

「なんで、土方君あの頭悪そうな女とつるんでんの?」
「あっ、もしかして体育祭の時、高杉先生にお姫様抱っこされてた人じゃない?」
「うそっ!! なにそれ!!!」
「二股ってこと? ありえなーい!」
「坂田先生と仲良くしてる所も私見たよ」

ありえないのはお前らの方だよ、なんて事は思うだけで言わないけどさ。確かに頭は悪いよ、だってZ組だもん。
高杉先生の件はケガしてたから仕方ない、つか、よくそんな前の事覚えてるのね。…銀八の事は敢えてスルーさせていただきたい。あれでも担任なんだからね。

「……あいつら、…」
「別に大丈夫だよ、トシ。ああいうのは気にしちゃダメ。トシはいちいち気にしてるから毎回総悟にからかわれるんだよ?」
「お前って、意外と胆据わってるよな」
「うん、よく言われる」

嫉妬心出しまくりな土方ファンクラブの方々の攻撃をなんとか交わしていき、遠回りしながら校門を出ると、待ちくたびれたかのように車に寄り掛かって煙草を吸っている高杉先生が居た。

「…なんでいるんですか」
「早く連れて来い、って連絡があったんだよ」
「あのクソ親父!!」
「そう言うなよ名前。今日またアメリカに戻るんだろ?」
「そうだけど…」
「じゃあちょっとの我が儘ぐらい大目に見てやれって」

大目に見るっつっても、今まで何回親の我が儘に付き合ってきた事か分からない。つまりそろそろあたしがキレても良い頃だとは思うんだ。
まあx一番キレたかったのは高杉先生との同居の件だった、とかなんとか悶々と思い出していたら高杉先生から催促。
トシは後部座席に座る。あたしもトシの隣に座ろうとしたが、半ば無理矢理助手席に座らされた状態で車は我が家に出発しはじめた。…出発しはじめたのは良いのだけど、

「……」
「……」
「……………」

なんだこの沈黙のオンパレード!! トシには悪いけど、時差ぼけの治らない親に付き合って明け方まで起き宴会の片付けをして寝たらまた2、3時間後に起きるとか言う生活のローテーションをしていたからか寝不足で仮眠をとろうかと思ったのに、沈黙が重くて全く寝れないんですけど。
車内は良い感じに冷房が効いていてすぐにでも寝れそうなのに、寝れないんですけど!……あ、やばい、欠伸が…。

「………ふぁ、」
「…名前、眠いなら寝とけ」
「いや、大丈夫です」
「一応こんな高杉、…先生も保健医なんだし」
「一応は余計だ。あと土方おめー普段俺の事呼び捨てだな」

あたしが眠いのは先生が無駄に毎夜続く宴会を長引かせていたせいでもあるんだけど、口答えしたら車から下ろされそうで怖いから黙っておいて、まぁ、トシの言ってる事も正論だし、あたしが寝た後で沈黙に戻る二人を心配しながらも、二人の言葉に甘えたあたしは瞼を閉じた。





目が覚めると見慣れた天井だった。俗に言う、ここはどこ?…って状態。起き上がると見慣れた机や椅子があって、見慣れた部屋  というか、あたしの部屋だった。あれ? なんでこんなとこにいるんだ…?

「トシと高杉先生の車に乗ってあたしん家に……あっ、」

あたしが自分の部屋で寝てるってことは、トシか高杉先生のどっちかが家まで運んだということだと解釈できるから、トシはもう帰ったか、もしくは今、親と話してる真っ只中かもしれない。制服のままだったからか、スカートのポケットの中に入ったままの携帯で時間を確認すると、学校を出た時間から大体3時間経っていた。
もしかしたら、の期待に賭けて部屋から出る。そのままの勢いで廊下を歩きリビングのドアを開ければ、バラエティー番組を見て爆笑する父さんと母さんの姿があった。

「……遅かったか…」
「あら名前ちゃん、おはよう」
「なんだ、やっと起きたのか」
「トシと先生はっ?」
「晋助君なら土方君を送りに行ったわよ」
「…マジでか」

落胆したあたしに微笑みかける母さんは、名前ちゃんも起きたことだし、と言ってテレビを消して立ち上がる。
父さんも部屋から出てきたと思ったら、いつの間にかスーツを着ていて、サラリーマンに戻っている。……あ、もう行くんだ。行く前にトシの事聞かなきゃ…!

「お父さんね、名前ちゃんが起きないと空港に行かないって駄々こねてたのよ?」
「えっ!?」
「か、母さん! そんな事言わなくて良いから…!」
「あら、そんな事なんかじゃないわ! 名前ちゃんを一番心配してたのもお父さんでしょう?」
「それは、だな……ん、」

父さんの、母さんに言い詰められたら反抗できない癖は治ってないみたいだ。通称、ヘタレとも言うけど。

「名前ちゃん。お母さん達ね、名前ちゃんが元気にしてくれていて凄く嬉しかったの。家事は一人で出来てるのかとか、心配事もいっぱいあったけれど、名前ちゃんはもう一人で何でも出来るいい子に育ったのよね」
「母さん…っ」
「面倒を見てくれた晋助君にも感謝してるわ。でも、今まで一人で頑張ってた名前ちゃんにも感謝してる。やること全部晋助君のおかげなんて言ったのは、主婦業を取られたから悔しかっただけなの。また帰ってきた時も、美味しい料理作ってね?」

荷物を父さんが運び出す音が聞こえる。母さんにぎゅっと抱きしめられて、思わず涙腺が緩んでしまった。どんだけおちゃらけていても、どんだけ無神経でも、親は親なんだよね。

「じゃあ名前、父さん達もう行くけど晋助君に迷惑かけるなよ」
「あ、あたしも空港まで送る…!」
「いや、ゆっくり寝てなさい」
「でも…!!」
「体調崩して、晋助君に迷惑かけるつもりか?」
「それは……」
「父さん達は大丈夫だ。また、手紙書くからな」

最後の最後で父親らしい一面を見せられたから困った。仕方なくエレベーターの入り口まで送ると、ここまでで良い、なんて意地の張った父さんの一言。母さんは相変わらず隣で微笑んでいた。

「名前ちゃん、晋助君によろしくね」
「うん。二人も、お仕事頑張ってね」
「よしっ、母さん、名前の為に明日から頑張るぞ!!」
「時差があるから着いても日にちは変わらないと思うけど」
「名前…別れの場でそういうツッコミは止めなさい…」

エレベーターが開く。二人は荷物を運んで並んで立った。手を振ると振り返してくれて、なんだか懐かしい気分になる。…なんだか泣きそう。

「行っちゃった…」

エレベーターが下に下がって行くのを見送って家に戻ると、例えようのないくらい寂しかった。さっきまで二人が座っていたソファーには、それを証明する温かさが残っているだけで逆に寂しさが増したような気がした。
もう少し、甘えた方が良かったのかなぁ、なんて呟いた言葉はソファーの暖かさに吸い込まれていった。


手紙じゃなくてメールでって言うの忘れてた。

(2009/03/09)
(2019/09/01 再編集)