うるさい携帯のアラームを止めると、夢から覚めたはずなのに、悪夢が始まる気がするのはどうしてなのかな。

同棲、三日目。



6時に起床。朝食はいつも通りのパン食だから後回しで、先にお弁当を作る。
二人分だからいつもの倍作らなきゃいけない。つかなんであたしが作らないといけないんだろうね!
疑問を持って考えていても埒が明かないので黙々と作業を進めていき、7時前になったらおめざましテレビにチャンネルを合わせ、食パンを二枚トースターに入れてコーヒーを作り始めた頃に、大魔王が起きてくる。うん、時間通り過ぎて怖くなるね。

「オハヨウゴザイマス」

一応、挨拶はちゃんとする。子供の頃からの躾で、身についてしまったものは直せない。
低血圧なのか、あぁ、と言って椅子に座った変態保健医ことタカスギ先生は、ちょうど始まった占いランキングに熱中していた。
まだ数日だが、一緒に生活してみて一番意外だった。本人曰く、ただの道楽だ、とかなんとか言っていたが、毎日欠かさずチェックしているのだから、人間らしいところもあるのだと当初は驚いたものだ。
出来たコーヒーとトーストをテーブルに置けば、自分の星座が上位だったことを確認したタカスギ先生は、静かに朝食を食べ始めた。
占いを気にするとか銀八じゃあるまいし、とか最初は思っていたけど、ブラック星座占いが本当に怖いっていうのは十分にわかった。だからブラックな占いは止めてください。

「……おい」
「はい?」
「お前、今日学校残れよ」
「なんで!?」

いきなりの命令に飲んでいた甘いカフェオレを噴き出しそうになる。
それはそれで怒られるし片付けるのは自分なので堪えたわけだが、一体どういうことなんだ。

「残れって……?」
「そんままの意味だろォが。放課後、保健室に来い」
「全力で拒否させていただきます」
「いうことが聞けねェ悪い子にはお仕置きが必要だなァ」
「すいませんっした!! すぐ向かわせていただきます!!」

ニヤリと笑った変態保健医は何も無くなった食器を流しに置き、遅刻すんぞ、と言って部屋に戻っていった。
……なんなんだよ、一体。
リビングに残されたあたしは、何かしてしまったのかと思考を巡らすが、ここ二日間は従順な同居人をしていたはずなので怒られるような事は無い、と思う。
悶々としたままトーストを一齧り。玄関が閉まる音が聞こえてきたので、タカスギ先生は学校へ向かったらしい。
あたしも、早く向かわなくては。




始業式の二日後である今日は全ての授業がロンホとなっていて、1時限目は銀八の有り難くもない眠たくなるお話。
2時限目は来年の修学旅行の行き先の候補説明とアンケート。
3時限目は宿題の提出と各教科の年間スケジュールのプリント配りなどなど。
そして、4限目は委員会決め……の真っ最中。先に決まった学級委員の桂が仕切って委員会を決めているが、委員会に入る気のないあたしにとっては至福のおやすみタイムだ。

「ヅラー! 私、体育委員やるアル!」
「お妙さん! 俺と一緒に  ブゴォッ!!」
「死ねェェゴリラァァァ!!」
「死ね土方コノヤロー」
「てめっ! 総悟ォォ!!」
「あの、近藤さん、俺達は三年間風紀委員ですよー」
「みんな、聞いてくれ! エリザベスが  
「ピーッ、ピピーッ」
「先生、百音さんのリコーダーの音がうるさいです」
「黙レ、ダメガネ」
「ちょっと阿音さん、あなた銀八先生を狙ってるでしょう」
「はあ!!?」

ぎゃーぎゃー騒いでバズーカの実弾が教室内を飛び交う中、あたしは久しぶりの学校というのを満喫していた。

「のどかだな〜」
「名前ー、逆に先生は騒がしいと思うぞー」

皆さん静かにしましょうよ、と屁怒呂くんの鶴の一声。さっと静かになる皆。その後にある沈黙の空気さえ、あたしは心地よく感じる。
今のあたしにとっては、家よりも学校の方が安心出来るのかもしれない。家に帰ったら主婦業やらされるし、洗濯物はいまだに別々の方がいいのか悩むし、毎回夕飯は難易度が高いものリクエストされるし。誰のための花嫁修業ですか、みたいな!!

「はい、委員会決定なー」

カツカツ、と黒板に名前が書かれたみたいでぼーっとしていた頭で黒板を見やれば、保険委員にあたしの名前があった。
あー……保険委員か。特に忙しくもなさそうだし別に  って良くない!!

「ちょっと銀八!」
「んー? どうかしたか?」
「なんであたしが保険委員んん!?」
「どうしたんでィ、名前。やることなんざちょっとしかありやせんぜィ?」

隣の席の総悟が言う。いや、そういう事じゃなくてね。何て言えば良いかな。考えてると、銀八が必要以上にニタニタ笑いながらこっちを見てきた。

「なれない理由でもあるのかな? ん?」

こいつっ……理由を知ってるくせに!!
睨んでみるが、銀八のニタニタ笑いは増していく。欝陶しいそのもじゃもじゃ頭をストパーにしてやろうかコノヤロー。

「はい、じゃあ委員会決めは終了だな」

チクショー銀八覚えてろよ! 何十倍にして返してやるからな!!
これ以上抗議すれば皆に不審がられてしまうので何も言えないのを良いことに、委員会の集まり日時の説明をする担任を恨みながら睨む。
チャイムが鳴ったことで適当に号令をすると、銀八なりの激励を委員会に決まった生徒へ飛ばし、ペタペタとサンダルを軽快に鳴らしながら教室から出ていった。
憂鬱な気分は、昼休みになっても全く晴れなかった。というか、放課後に近づくにつれて膨らんできた気がするのは気のせいですか。
誰かそうだと言って。

「名前ー。なんで保険委員やりたくなかったアルか?」
「確かに高杉先生は怖いけど、仕事がほとんど無いのは事実よね」

昼休み、いつもの学食でお弁当を持ち寄り、これまたいつものメンバーである妙と神楽と阿音百音姉妹と昼食を楽しもうとしてる時、神楽が唐突に話を切り出してきた。
おっと、いけない。力が入っちゃって、プラスチックのお箸を割りそうになってしまった。

「ピーッピーッ」
「百音、とりあえずリコーダーを口から外して喋らないと、言ってる事が解らないわよ」
「…で、なんでやりたくなかったの?」
「それは  

隠してても仕方がないし、どうせバレると思ったから話そうと口を開いた瞬間、学食にいる女子生徒全員がざわめいた。
なんなんだろうと出入口を見てみると、タカスギシンスケ先生がいた。

「珍しいわね。あの先生がこんなとこに来るなんて」
「えっ、阿音は何かあるの?」
「知らないのは名前ちゃんぐらいじゃないかしら」
「神楽も百音も!?」
「バッチシヨ」
「ピーッ」

高校に入ってからは保健室なんて無縁の存在だったし、興味なかったからな。
とりあえず早くリコーダー取れよ百音。
ちらりとタカスギ先生の方を盗み見れば、取り巻きなのかファンなのか、複数の女子生徒に囲まれていた。あぁ、そういう事か。と、理解する。
あの変態保健医は、あたしが思っている以上に女子生徒に人気なようだ。だから学食に来ることもなく、お弁当を初日から所望してきたわけか。学校内で渡すわけでもないし、一人分が二人分に増えたところで手間はあまり違わないから気にしていなかったけれど。
まぁあたしには関係ない事だ。人気の先生とイチ生徒としては、極力関わりたくはないし。

「きゃああああ!!」

突然甲高い声が学食内に響き、ざわめきが耳鳴りのように聞こえてくる。
何事だと呆れつつもお弁当のおかずを口に運べば、目の前に朝見たはずのお弁当袋がいきなり置かれた。
まさか、と視線を上げてみると眼帯で白衣で色気をむんむん出している変態保健医の姿が。

「昨日よりは美味かった」

思考停止。女子生徒の叫び声と百音のリコーダーの割れている音が思考を妨げる。えっと、なにが起きたんだっけ。

「ちょっと名前! なんであの保健医のお弁当作ってんの!」

あ、ありがとう阿音。思い出した  タカスギシンスケがあたしにお弁当箱を返しに来たんだ。……はぁ!!?

「どういうことなのか説明するアル!」
「えっと、事情があって一緒に住んでまして……」
「それって同棲って事よね!? あの先生と同棲っ!?」
「ピーッピーッピピーッ」
「いや、だから事情が  
「ぎゃあああ!! 名前が不埒な娘に育ったヨ〜!!」
「ふ、ふらちっていつの時代!!?」

弁解しないといけないのに皆聞く耳持たなくて、隙をみてあたしは食堂を逃げ出した。
追ってくる足音も聞こえるが、止まっている暇なんてあるわけもなく。一心不乱に階段を駆け上る。食べかけのお弁当の事が心配だったが、きっと神楽が食べてくれているだろう。
追いかけてきた人数が何人かはわからないが、廊下を駆け抜けたり、階段の上り下りを繰り返した甲斐もあってか、午後の授業開始のチャイムが鳴る頃には追いかけてくる足音は聞こえてこなくなった。なんとか撒くことが出来たらしい。
あの変態保健医のせいで午後のロンホに出れないじゃないか!……なんて心中の叫びも虚しく唯一の逃げ場である屋上へと辿り着けば、春の生暖かい風があたしを慰めてくれてるような気がした。
スカートのポケットに入っている携帯のバイブ音がさっきからうるさいので、電源をオフにしよっと。





ハッと気がつく。太陽の温かい日差しは無くなり、辺りは赤く染まっていた。うん、寝過ぎた。
下校時刻は過ぎているらしい。屋上の柵から校庭を見下ろすが、部活動に励む生徒の姿は無い。
そろそろ戻っても大丈夫だろうとZ組の教室へ戻ると、あたしの鞄とお弁当袋が二つ廊下に出してあった。
盗られたらどうすんだよコラ。
気を取り直して帰ろうかと踵を返したけど、保健室に来いと命令されてたことを思い出してしまう。仕方なく、本当に仕方なく保健室に向かう事にする。
保健室付近には誰も居ない。いつもなら生徒でごった返している廊下も、しーんと静まり返っていた。
扉に手を掛けて開ける。無言で中に入ると、聞こえてきたのはベットのスプリング音と女の人の苦しそうな、声。  ってマジですか。
ゆっくりと扉を閉め、保健室の扉から見えない死角あたりにある、座高を計る計測器に腰を下ろした。
……御盛ん過ぎだよ変態保健医。何回も言うけど今のところ全年齢だから!! ていうか、学校でナニしてんの!? 頭沸いてんの!!?
待っている時間が暇で暇で仕方がないので、持ってきていたPSPでゲームしてること多分30分くらい。保健室から出て来たのは三年の先輩だった。
先輩が完全に立ち去ったのを見送って、あたしは保健室に、今度こそと意を決めて足を踏み入れる。
中には少し皺の出来た白衣とはだけたYシャツを着た変態保健医が何食わぬ顔で机で作業をしていた。
シャツはほぼ全開で、汗ばんだ肌が見え  っておいおい落ち着けあたし!!

「……お盛んでしたねー」
「お前が遅いからだろ」
「いや、全く関係ないでしょ。つか学校は公共の場所なので卑猥な事に使わないで下さい」
「じゃあお前がヤらせてくれんのかよ」
「だからそういう意味じゃねーよ」

説明しても意味がないような気がした。
あたしとこの変態とは固定概念がそもそも違う。勉学の場である学校内で保健体育の実体験授業なんて、健全な女子高生からしたら害悪でしか無い。
もう面倒になったので、本題へ移ることにした。

「先生、なんで残らされてるんですか、あたし」
「そういえば、ンなこと言ったなァ」

忘れてたのかよ。なら来なくても良かったじゃんか。
これが骨折り損のくたびれ儲け、ってやつか。
銀八、あたしこの諺はずっと忘れないでおくからテストに出してね。

「じゃあ行くか。校門で待っとけ」

どこに行くのか聞きそびれてしまった。まさか、卑猥なことをする建物とかじゃ  とか思ったけど、いくらなんでも親戚の(とは言っても遠すぎて実感無いけど)娘に手は出さないだろうとは考える。
従順な同居人であるあたしは正直に靴を履き、校門にて先生が到着するのを待つことにする。
数分後、赤い車で登場した先生は、あたしを助手席に座らせるとすぐに車を発進させた。誘拐でもされてる気分だ。

「どこに行くんですか?」
「着けばわかる」

そーですねー。
隣にいる変態保健医はもう無視することに決めた。話しても意味なさそうだし。
そういえば、と携帯を取り出して電源を点けてみると、沢山の着信通知とこれまた沢山のメールの表示がされていた。
そのメールの中の一通、阿音からのメール。……中身は神楽が美味しそうにハンバーガーを食べてる写真、のみ。
嫌がらせだよね。それ以外ないもんね。あたしも皆と一緒に放課後遊びに出掛けたいわい!!
何か対抗できる写真がないかと探したけど何もないので、仕方なく運転中のタカスギ先生を撮ろうとしたら、殺されてェのか、と言われたので止めた。命は大切!!

「着いたぞ」

車から下りるとセレブな奥様達が買い物をするセレブ街でした。いやいやいや、……なんで?

「入るぞ」

そう言われて入ったお店はいかにも高級そうな服が展示されているブランド物の服屋さん。
ダサいセーラー服で入ったからか、お買い物中のセレブな方々様から嫌な視線を感じますごめんなさいィィ!!

「あら、晋助! 来てくれたのね?」

お店の奥から出て来たのは、スーツを着てビシッとキマっている女の人だった。
バリバリのキャリアウーマンみたいなその女の人は、先生の彼女か何者なのか知らないが、スタイルも良くて顔も整った綺麗なお姉さんだ。

「あなたが名前ちゃんね?」
「え、あ、はい。苗字名前、です」
「じゃあ奥においでっ。綺麗にするのが私の仕事だから」

手をぐんぐん引っ張られて奥の部屋に連れていかれる。
何が起こっているのかわからなくて、ちらっ、と先生を見てみると、にやり、という効果音が似合う笑みを浮かべていた。
嫌な予感しかしない。こんなイチ庶民が入って良い場所ではない。まず、女子高生が入れる場所でもない。
挙動不審になりながらも、フィッティングルームより奥にある部屋に通される。
これに着替えてね、と渡されたのはブルーのグラデーションが綺麗なワンピースだった。
頭にはてなマークしか浮かばない。
いやいやお姉さん、似合いませんって! いやいや、似合うわよ。良いから着てみて!  と押し問答を繰り返しつつ着てみると、サイズもピッタリで予想外。満足げなお姉さんにされるがまま椅子に座らされ、髪の毛を整えてもらい、軽くメイクもされてしまう。
鏡の向こうの自分が自分じゃなくなっていって、なんだか感動しました。あれ? 作文?



馬子にも衣装だと言われ、飛び蹴りしたくなった。
(2008/06/16)
(2019/09/01 再編集)