2年Z組、文化祭での出し物は銀八の横暴な職権乱用や買収などがあり、メイド&執事喫茶に決定してしまった。
そして、なぜかメイドに抜擢されたあたし。これはまたダイエットしろという思し召しですか!?


同棲、二十九日目。



「だはぁぁぁぁ…」
「名前、変な溜め息は止めておいた方がいいわよ?」
「姐御! 名前が溜め息を吐く理由、私少しだけ分かるヨ」
「まぁ、…確かに溜め息ぐらい吐きたくなるわよね。あんな決定の仕方されたから」

授業の短縮期間も今日で終わり。明日からは日付が変わって九月になるという金曜日。あたし達三人は、溜め息を吐きながら帰路を歩いていた。
話題は文化祭の事。まだ一ヶ月は先なのに無駄に気合いが入っているのはZ組らしいけど、メイドという主人に奉仕する役になったからか、あたしの気力はだだ下がりだ。

「なんであたしがメイドなわけ!?」
「先生の陰謀もあったけど、結果的に皆が名前を選んだんだから仕方ないわ」
「神楽と妙は宣伝係だっけ? 羨ましい…」
「そうアル! チラシ描いたりするヨ」
「私は裏方で料理作りたかったんだけど、ゴリ……近藤さんが居るなら止めておこうと思って」
「…うん、そうだね」

こればかりは銀八に感謝した。妙の作る料理はなんでも卵焼きになっちゃうもんね。

「でも、メイドがあたしとさっちゃん、阿音百音姉妹、ハム子にキャサリン…ってどんな組み合わせ?」
「他の子が裏方に回っちゃったから、それこそ仕方ないわね」
「執事が、サド野郎、マヨ野郎、ジミー、ヅラ、エリー……こっちは世の中の腐女子が喜びそうなメンバーアル」
「神楽ちゃん、そんなこと言ったらダメでしょう?」

笑顔で妙はそう言うが、実際、女性のお客さんが惹かれそうなカッコイイ男子ばっかりだとあたしも思う。そのかわり、メイドでお客呼べそうなのって阿音百音姉妹ぐらいじゃないだろうか……あ、そう考えてたらなんか気分が沈んできた。

「名前なら大丈夫よ!」
「そうネ! 自信持つアル!」
「…うん、ありがとう。あたし頑張ってみる!」

自分が単純だとは思いたくない。だから、あえて二人の口車に乗ったことにしておこう。

「あら?」
「妙? どうかしたの?」
「あそこ、新しい喫茶店が出来たのね」
「あ、ホントだっ」

ガラス窓から少し中を覗いてみると、美味しそうなケーキが綺麗に並べられていた。お客さんに飲み物を運んでいる店員さんはきちんと整えられた燕尾服を着て、本当の執事の様でカッコイイ。

「テイクアウトも出来るみたいね」
「今度買いに来てみようかな。神楽はこのお店知ってた?」
「ここは止めておいた方が良いアル」
「え?」

一度来た事があるのか、神楽がはっきりとした口調でそう言った。珍しいこともあるものだ。
納得はいかなかったけれど、早く帰ろうと腕を引っ張る神楽の力に敵うはずもなくあたし達三人はそのままそのお店を後にした。…でもね、気になるのが人間の本能ってわけでして。

「…おい名前」
「やっぱりショートケーキかな、それともチョコレートケーキかなっ。モンブランも良いよねーっ」
「家帰るぞ」
「すみませんごめんなさい」

帰ってきた高杉先生に車を運転してもらって、あたしは喫茶店に来ることにしたのだ。
マンションの駐車場に入る前に車を停めることになんとか成功し、有無を言わさずに出発させることは出来た。
同居したてのあたしなら先生に何も言うことが出来なかったはずだから、時の流れって怖い。

「俺ァ文化祭の参考にするっつー名目で運転してやってんだ。わかってんのか?」
「わかってますって! 報酬は未開封の焼酎でどうですか?」
「よくわかってんじゃねーか」

父さんが飲むために買っていたワインや米酒も確かまだあったはずだ。あたしが高杉先生を買収するなんてかなり珍しい。
こんなやり取りを銀八が見たらなんて反応するんだろう。そんな事を考えていたら、着いたぞ、と高杉先生が言って車がゆっくりと停車する。

「じゃあ、待ってて下さいね!」

念を推して車から降り、店内に入ってみれば、ロココ調の、いかにも可愛らしい店内にはケーキの甘い匂いが漂っていた。

「いらっしゃいませ。……あ、君、昼間に覗いてた高校生だよね?」
「えっ、あ…はい。ケーキが美味しそうだったんで買いに来ちゃいました」

見られていたのか、と少し恥ずかしい気分になる。
笑顔で接客してくれる店員さんは、長い澄色の髪の毛を一つに束ねて三編みにしていて、どこかの大学生なのかと思うほど若く見える。
オススメを聞いてみたらタルト系が美味しいみたいで、フルーツタルトとたまごタルト、それからショートケーキとチョコレートケーキを頼むと、すぐに持ち帰り用の箱へ入れてくれた。

「お昼に一緒に居たのは友達?」
「はいっ!」
「仲良いの?」
「仲が悪かったら一緒に帰ったりしませんよ」

あたしがそう言うと、同意してくれた上に半額にしてくれた。
ネームプレートには神威と書かれていたので、ありがとうございます、神威さん、と言うと、より一層爽やかな笑顔で、こちらこそ、と言われた。

「今度は友達も連れて来なよ」
「是非連れて来ますっ」
「ありがとう、楽しみにしてる。この店出来たばっかりで、お客さん少ないんだよね……そうだ、スタンプカードとか作る?」
「あ、はい、お願いします」

渡された用紙に名前を記入して今日買った分のポイントを貰う。500円毎にスタンプ一個だから一気に2個だけかなと思ったけど、可愛いから二倍にしてあげるという職権乱用を使用してくれて、4個スタンプがカードに並ぶ。少し嬉しい。

「名前ちゃんって言うんだ。可愛い名前だね」
「いえ、そんな…」

ちょっと話し過ぎたみたいで、高杉先生の車のクラクションが短く鳴らされた。
彼氏とか? と聞かれたので正直に、親戚です、と言えば声を出して笑う神威さん。なにかおかしかった?

「じゃあ気をつけて帰ってね。嫉妬深い親戚さんにもよろしく」
「はい。本当にありがとうございました」

神威さんはひらひらと手を振って見送ってくれた。車内に戻ると不機嫌オーラを纏っている高杉先生が居た。

「甘いもんばっか食ってたらまた太るぞ」
「…お酒ばっか飲んでたら肝臓悪くしますよ」

ケーキが買えて幸せ気分だったのに、それを邪魔されてしまった。く、焼酎は無しにしてやる。

食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ。

(2009/03/19)
(2019/09/01 再編集)