あの日の晩、家にやって来たのはフランス留学をしていた、河上万斉という銀魂高校の教職員だった。担当教科は音楽。
去年の四月から一年間だけの留学だったらしいが、向こうの大学でちょっとしたいざこざがあって、9月まで留学期間が延びていたそうだ。
そして、今、あたしの家に居候している。もうどうにでもなれと思った初秋の出来事。


同棲、三十一日目。



着々と進められている文化祭の準備が、ロングホームルーム時間内で終わる事なく延長された放課後。教室ではテキパキと各々の役割が進められる中、あたしを含めたメイドと執事役数人は男女別に分かれた教室でサイズを採寸していた。
皆の体を見ていて思うのだけど、ハム子以外、皆細すぎるんだよチクショー。あのキャサリンも顔を見なければ体型はとても綺麗である。あたしを採寸するさっちゃんの豊かな胸が羨ましい。ボンッキュッボンッなんて夢のまた夢だけど、せめてお腹周りにある贅肉やお尻の肉が胸にいかないだろうか。
それこそ、夢のまた夢だな、うん。

「名前、終わったわよ」

現実逃避をする為に目を閉じていたからか、さっちゃんが声をかけてくれて終わったことに気付き、制服に着替えはじめた。
他のメンバーはもう着替え終わっていて、あとは採寸結果を衣装係の花子達に渡すだけだ。スリーサイズやらを他人に見せるのは凄く、物凄く嫌なんだけれど、売り上げの為なら仕方ない。
教室から出ると、のぞきという重大な犯罪が起きないように見張っていたトシと目が合った。

「男子の採寸、もう終わったんだ」
「暇そうにしてたら見張り担当の志村姉に無理矢理やらされたんだ」
「大変だね」
「まぁな」

さっちゃん達は既に先を歩いていて、あたしとトシは必然的に一緒に教室に向かっていた。
はっきり言って、少し気まずい。あたしはトシに頼ってばっかりなのに、トシはあたしに何の見返りを求めてないから、余計に気まずいと感じてしまう自分をどうにかしたかった。

「どうかしたか?」
「ううん、別に、何もないよ」

突然歩みを止めたあたしを気にかけてくれるトシは、やっぱりあたしには勿体ないくらいかっこよかった。
小走りで少し先で待ってくれているトシに近付く。トシが彼氏だったらこんな感じなのかな、なんて、断ったのは自分なのに何考えてんだあたし!

「……おい、」
「な、なに?」
「また、何かあったのか?」
「え? どうして?」
「百面相」
「はい?」
「表情がころころ変わってるからさ、気になるんだよ、やっぱり」
「うそっ! あたしそんなに顔に出ちゃってる!?」
「半分正解、半分ハズレ」
「……なにそれ」

トシが急に立ち止まる。あたしも立ち止まった。少し前を歩いていたトシは振り返らずに止まったままだ。

「……気がついたら、いつも視界に居るんだよ、お前が」

呟くように、小さくそう言ったトシは、そのまま振り返らずに2年Z組と書かれたプレートの掲げられた教室へと入って行った。
残されたあたしはというと、トシの呟いた言葉の意味を理解してから、体温が集中したように熱くなった顔を冷やすために女子トイレに駆け込むのだった。
放課後のトイレの需要は少ないらしい、誰も使用していないので赤くなった顔を見られずに済んだ。蛇口をひねり、顔を洗う。水が冷たくて気持ち良かった。

「トシはまだあたしの事……」

それ以上考えるのを止めた。
なんせ、あたしの勘違いかもしれない。
教室に戻る。誰も居ない廊下にあたしの足音だけが響いていた。

「遅かったな」

教室に戻ると、監督教師として扉付近に座っていた銀八に言われたが、特に言い返すこともないので妙や神楽の手伝いをしようと移動した。あたしが来るなりかなり意味深に微笑む妙は、少し怖かった。

「土方君と、何してたの?」
「何もしてないよ。採寸どうだった、とかそんな事を喋ってただけだし」
「それにしては、帰ってくるのが遅かったわね」
「トイレに言ってたから」
「確かに漏らしたら危険アル」
「そういう問題じゃないのよ神楽ちゃん」

宣伝用プラカードにマジックで文字を書きながら言う神楽に、妙の冷たいツッコミが突き刺さったようで一瞬行動が止まっていた。
本当に、何もなかった。妙にそこまでしてあたしとトシが付き合ってほしいのかを問う。

「当たり前じゃない。その方が面白いでしょう?」

と残酷な、他の人から見たらただ笑ってるだけに見えるけど、あたしには残酷に見える笑みを浮かべた。

「失礼しまーす」
「邪魔するよ」

いきなり教室の扉が開いた。全員一斉に振り向く。居たのは神威さんと阿伏兎さんだった。

「メニュー出来たから持って来たんだか、邪魔だったかな」
「いや、放課後だから関係ないさ。わざわざありがとうな」
「名前ちゃん久しぶり! 最近お店に来てくれないから寂しかったな」

阿伏兎さんと銀八はいつの間に仲良くなったんだ、というツッコミをする前に、神威さんが近付いてきた。
採寸が怖くて行けなかったなんて言えないので謝るだけ謝っておくと、神楽が机にマジックを叩き付けて立ち上がった。
突然のことで、騒がしかった教室が一気に静かになる。

「ダメだろ神楽。皆驚いてるじゃないか」
「私に指図するなヨ、クソ兄貴」
「女の子がそんな口の聞き方するなって、親父からも言われてるだろ?」
「テメーには関係ないアル。姐御、名前、悪いけど先帰るネ」

自分の鞄を持って素早く教室を出て行く神楽を見て、神威さんは困った表情をしながら溜め息を吐いた。

「昔はおにーちゃん、って言いながら後をついて来てたんだけどね」

と会話を続ける神威さんの表情は、はにかみながらもやや暗い。

「あたしは一人っ子なんでわからないんですけど、多分、神楽は寂しいんじゃないかな」
「寂しい?」
「お母さんは体弱くてよく入院してるし、お父さんは仕事が忙しくて家に居ないことが当たり前だって。確か去年、そう言ってたんで」
「去年か……去年は、確か阿伏兎と一緒にフランスに留学してたな。そうだよな?」
「俺のせいで留学期間が延びたのは申し訳なかったと思ってるよォ。だからそう睨むなって」

何があったのかは知らないけれど、もっと早く帰って来れるはずが長引いたのか。あれ? どっかで同じ話を聞いた覚えがあるんだけど、どこだっけ。
あたしの思考を阻むかのように、携帯がスカートの中で震える。メールだ。差出人は河上万斉と書かれている。そういえば、スーパーの安売りに連れていってくれる約束だった。
当日しかやることのない給仕役なので、もうやることはないとすぐに鞄を持つ。お前も帰んのか? と銀八に言われたので、正直に理由を話せば、なぜか分からないけど納得された。

「あのサングラスね。あいつも一緒に住んでんだっけな。だから高杉の機嫌が最近悪いわけだ」
「高杉先生の機嫌の悪さはいつもの事だし関係ないと思うんだけど」
「まぁいつか鈍感名前ちゃんにも解るときが来るって。じゃあな、気をつけて帰るんだぞ」

今日の銀八はいつも以上に訳が分からなかった。訳が分からないのはいつもの事なんだけど、それ以上だ。
昇降口で靴を履き変えて校門に行くと、河上先生がバイクに跨がっていた。銀八のスクーターではなく、かなりかっこいい。
あたしにヘルメットを渡してくれた仕種は、まさしく大人の男性だった。

「喋ったら舌を噛むから、気をつけるでござるよ?」
「わかりました」

バイクが発進する。風が気持ちいい。あっという間にスーパーに着いた。
今日の夕飯は人数が多いからカレーにしよう。スーパー内を籠の乗せたカートを押しながら歩く。
やはり日本のカートは小さいでござるな、と河上先生が言う。思い出した。河上先生もフランスで留学してたんだっけ。
留学期間が延びた理由をあたしは知らない。居候させてあげてるんだし、理由くらい聞いても良いんじゃないだろうか。尋ねてみると、河上先生は快く答えてくれた。

「実は専行がギターだったんでござるが、拙者の担当していた生徒が恩師の娘で、結婚してくれないかと迫られていて。変な理由でござろう?」
「いや、別に……そんなことはないと思いますけど。あたしには解らない世界です」
「苗字さんにもいつか解るときが来るでござるよ」

河上先生の理由を阿伏兎さんと照らし合わせてみる。本能的に、違うな、と思ってしまった。
河上先生も高杉先生と一緒でモテるのか……これからの学校生活、色々と覚悟しなきゃいけないな。




気が付けば、もうすぐ18時。

(秋編スタート!2009/04/26)
(2019/09/01 再編集)