河上先生は、必要以上に家事を手助けしてくれた。
そのせいか、河上先生に張り合うように高杉先生も前よりかはあたしの事を気にかけてくれるようになったのは、これはこれで飼い犬の成長を見ているようで嬉しい。
飼い犬というより、狂犬なのだけれど。
同棲、三十二日目。
「お帰りなさいませ、ご主人様ァ〜」
「違う違うちっがーう!!!」
オレンジ色の夕日が教室を照らしつづける夕方、銀八の今日何回目かわからない怒声が響いた。
指摘されるのも何度目かわからない。台詞集という名のマニュアルを持った銀八が、ぶつぶつと文句を言いながら近付いてきた。
「もうそこの化け物二匹はメイドから降格な!」
「なにそれ〜! チョー意味わかんねぇんだけど」
「俺の方がわかんねぇよ。今更だけどな、なんでお前らがメイドなんだよ。有り得ないだろ」
「ナニ言ッテンダコノ天然パーマ! 私タチハ選バレシメイドサンダロォガニャンダバサァ!!」
「まずメイドさんは帰ってきた主人やお嬢様達に萌えを与えるもんだ。だから全く萌えないお前らはやっぱり却下!!」
「まぁ良いじゃん銀八、ゲテモノ喫茶で」
「ゲテモノなのはこの二匹だけよ名前」
さっちゃんが銀八には決してしない冷たい発言をした。ゲテモノと言われたキャサリンとハム子は当然怒り、さっちゃんを敵と見做して口論が始まる。
「一番指名の少なかった人がゲテモノってことにしたら良いんじゃないの?」
「ピーッ」
「まぁ、私達はコンビだから? 合わせた数になるけどね」
「それは嫌です。止めてください姉上」
「うるさいわよ百音。良いから姉さんのいうことを聞いときなさい」
「……仕方ねェな」
「姉に向かって何だその態度。もう良いからリコーダーくわえとけ」
「ピーッピーッ」
久々の出番なんだから喧嘩なんてしてほしくなかったんだけど、阿音の提案を受け入れたらしい三人はタッグ戦と称してあたしまで巻き込みやがった。
傍観を決め込みたかったのだけれど、さっちゃんが予想以上にやる気に満ちていて抵抗する気も起きない。
「足、引ッ張ルナヨ」
「それはこっちの台詞だっつーの!」
「百音、巫女メイドの凄さを見せ付けてやるのよ!」
「ピピーッ」
「一番になるわよ名前! 先生の為に!」
「……主旨変わってるよさっちゃん」
久々のバトルに燃え盛る五人のメイド服を着た女子高生。あたしはその光景を溜め息を吐きながら眺めていた。
「大変だな」
「桂、女装してみる気は無い?」
「あるはずがないだろう!」
やけに執事の正装である燕尾服が似合ってる桂に提案してみるが、あっさりと断られてしまった。
メイドの執念とも言える口論はまだ続いていた。いつの間にか制服に着替えた執事組はもう帰り支度を済ませている。
さっちゃんには悪いけど、あたしも門限がある身だ。着替えてそのまま帰れるように荷物を持って教室を出た。夕焼けが綺麗だった。
メイド服はアイロンにかけようと思っていたから、家に持って帰ってくるなりベットの上に広げてみた。
なんだか妙に恥ずかしい。
夕飯は作りすぎたカレーの残りを食べるとして、とりあえず、先生達が帰ってくるまでにメイド服にアイロンをかけてしまおうと思った。
今流行りのスチームタイプだから余計な手間はいらない、はず。アイロンを取りに行くために、和室に入る。今は河上先生が使っているからか、畳を傷つけないように黒い絨毯が敷かれてあって、テレビでしか見たことのない音楽系の機器やよく分からない機材があった。
いつ買ったのかわからない部屋の雰囲気に合わしたモノトーンの棚には、楽譜や高校で使ってる教科書の予備っぽいのやCDが収納されている。
なんだか入りづらくて入ったことは無かったけど、物が多いだけで高杉先生同様、綺麗に整理整頓されていた。
「確か、この中にあったんだよね」
本当は高杉先生がいま現在使っている客間に置いてあったんだけど、日用品がほとんどだったから押し入れにあたしが収納したんだ。だから、多分、ここで間違いないはず!
「……あ、…あった!」
結構奥深くに直したんだな、あたし。見つけるまで大分時間がかかってしまった。二人の居候に見つかる前に作業を済ましてあのメイド服をクローゼットにかけよう。
そう決めて部屋に戻ろうとする。がちゃり。玄関の鍵が開いた。
「あぁ、苗字さん、今帰ったでござる」
「飯はちゃんと作ってんだろォな?」
「…おっ、おおおかえりなさい」
少し吃ってしまった。そういえば、高杉には絶対メイドをやるってことは言うなよ! と銀八に言われていた事を思い出す。
いつだっけ。えっと、…あれ? いつだっけ? 言う必要無いって思ってたから、意識してなかったな。
ってことは、今この状態はとてもやばいんじゃないだろうか。
「ご飯は、昨日の残りのカレーです……あたしいらないんで、全部食べちゃってください!」
「残り物かよ」
「そう言うな晋助。カレーは一日寝かす毎に美味さが増すと言うではないか。ん? それは、……アイロン?」
サングラス掛けてるから、河上先生の視線がどこにあるかわからなかった!
河上先生の言葉に、気付いてなかった高杉先生も不思議そうな表情をする。制服がシワになったと適当な説明をすれば、特に勘ぐられずに信じた二人は、それぞれ自分達の部屋に入って行った。
なんとか疑われずに済んだ、と一息つく。部屋に入ろうとした瞬間、高杉先生の部屋の扉が開いてびくっとしてしまった。
「……どうした?」
「いや、先生がいきなり出て来たから、びっくりしただけです」
「そうか…」
部屋の中が見えないように、どうやって部屋に入るかを思案していれば、……なァ、と滅多に話し掛けて来ない高杉先生があたしに声を掛けた。
心臓が跳ねる。落ち着け、落ち着けあたし!
「なんですか?」
「名前、おめェ……」
「晋助ー? カレーが冷めてしまうでござるよー?」
「…わかった。今行く」
ナイスファインプレー河上先生!
高杉先生は今にも舌打ちをしそうな勢いで踵を返し、リビングへと向かって行く。
リビングの扉が閉まったことを確認して、部屋に入るなり脱力。
バレないうちにメイド服のアイロンがけを始めるのだった。
深夜にお腹が減ってしまい、なかなか寝付けなかったのは後のお話。
(2009/05/05)
(2019/09/01 再編集)