遂に訪れた金曜日にして文化祭一日目は、生徒のみの公開となっている。
午後の当番にシフトを入れられたあたしは、とてもその事を後悔していた。
同棲、三十三日目。
固まった。体が硬直したまま動けない。いや、来店したお客さん ご主人様達も固まった。
シーンとした空気が流れる。あたしが冷や汗を垂らすのと銀八が声をかけるのとは、ほぼ同時だった。
「おっ、高杉とグラサンも来たんだな。うちの人気No.1メイドは気に入っていただけたか?」
「……銀八、いっぺん地獄見るか?」
「おお怖い怖い。眉間に皺寄せると老けるぞー。ほら名前、ご主人様を席に案内しなきゃだろ?」
「は、はい! ご主人様こちらにどうぞ」
「チッ」
「し、晋助、落ち着くでござるよ」
そうだ、落ち着け苗字名前。相手はただの客だ。名目上ご主人様ってだけで本当は変態エロ保健医とグラサン音楽教師だ。大丈夫、大丈夫。演技の練習はひたすら銀八やトシ達執事組にさんざん特訓させられた。
席に案内する。座ってもらってからメニューを見せた。ちなみに、神威さんと阿伏兎さんお手製のケーキや軽食が楽しめるとあってか、出されるケーキが美味しいと噂が学校中に広まり、今日の分の在庫がほとんど無いので、SOUL'd OUTと書かれたシールがメニューの色んな所に貼られていた。
「ご主人様、お決まりでしょうか?」
「……名前、帰ったら覚えとけよ」
「まぁまぁ、晋助。落ち着くでござるよ。えっと、コーヒー二つお願いします」
「かしこまりました、ご主人様。繰り返させていただきます。コーヒー二つ、以上でお間違えないでしょうか?」
高杉先生は何も喋らなかったので、河上先生の返事を聞いたあたしはピンマイクで厨房にオーダーを伝える。
ハイテクでござるな、と河上先生が言った。
「教室から厨房のある家庭科調理室まで行くのでは時間がかかりますので、こちらでオーダーを通させていただいておりますご主人様」
「……なァ」
「なんでございましょうご主人様」
「ご主人様っつーことは、なんでも奉仕してくれんのか?」
「性的な奉仕は禁止されておりますご主人様。いっぺん死んでこいでございますご主人様」
「苗字さん、ご主人様が語尾につける口癖みたいになってるでござるよ…!」
「ククッ…威勢の良いメイドだなァ……」
高杉先生の事は基本無視して他のご主人様やらお嬢様へオーダーを聞きに行く。全て厨房に通すと、イヤホンから後30秒で届くという声が聞こえてきた。スタッフ用の出入り口で待つ事、30秒ジャスト。現れたのは、脚をモーター付きのタイヤにして背中にコーヒーカップやらケーキの乗ったお皿を置いたたまちゃんだった。
「名前さん、以上でよろしかったでしょうか?」
「うん。ありがとう、たまちゃん」
クラスメートはいつのまにか増えているものである。
そんな設定無視な格言を銀八がこの間言っていた気がする。あれ? 言ってたっけ?
「じゃあまたオーダーあったらよろしく」
「かしこまりました」
たまちゃんの背中に乗った平賀先生お手製のトレーを受け取ってそう言えば、猛スピードで厨房に戻って行った。
あたしはトレーを指定位置に置いてベルを鳴らす。控え室で休んでいた、同じく午後担当のキャサリンと阿音が飛び出して来て配膳の取り合いが始まる。指名数の勝負は今日から始まっているのだ。
その前にコーヒーカップ二つを取っておいたあたしは、先に高杉先生と河上先生の居るテーブルへ持って行くと、メイド同士の醜い争いを見たままア然としていた。
「なんでござるか……あれ」
「明日からこのメイド喫茶は指名制になるんで、ちょっとでも多くリピーターを得たいが為に、配膳の争いをしているのですご主人様」
「おめーは参加してねェのか?」
「参加はしてるみたいなんですが、何しろ面倒なのですご主人様」
それだけ言うと、イヤホンから電子音が聞こえてきた。お洒落な内装に不釣り合いな壁掛け時計を見れば、休憩時間になったことに気付き、まだ争っているキャサリンと阿音の横を通り過ぎて控え室に入った。
たった15分だけでもこのメイド姿を他人に見せなくても良い時間があって、とても幸せだと思った。
明日から忙しくなるなんて思いたくない。
(2009/05/11)
(2019/09/01 再編集)