2年Z組の喫茶店は大盛況過ぎて、三日目の今日も中々休憩に入れない状況だった。


同棲、三十五日目。



「名前、私の分の休憩時間あげるから、休憩に行って良いわよ」

突然さっちゃんからそう言われて、少し戸惑ってしまった。
休憩時間なんて10分もない。その僅かな時間をさっちゃんがあたしにくれるなんて思ってもみなかったし、それに便乗して阿音百音姉妹までもがあたしに休憩時間をくれるというんだから、何かの罠とさえも思ってしまう。

「良いじゃないの名前。昨日から働き詰めでしょう?」
「そうアル。銀ちゃんも心配してたヨ。貰えるもんは貰っとくべきネ!」
「妙…、神楽…」

宣伝から帰ってきたらしいメイド服姿の妙と神楽までそう言ってきたので、ここはお言葉に甘えて休憩をとることにした。
自分の分と三人の分だから合わせて40分か。特にやることも無いし、厨房の方に行ってみよう。
思い立ったらすぐ行動があたしのモットーである。お昼のピークを過ぎた今なら、神威さんや阿伏兎さんと話すことが出来るかもしれない。善は急げっていうし、近道を通るとして、あたしはメイド服のまま厨房である家庭科室に急いだ。――ら、誰かにぶつかった。

「あ、ごめんなさいっ」
「メイドが謝って済むと思ってんのか?」
「…はい?」

ぶつかった相手は少しいかつい男の人二人組だった。いや、その前に謝って済む問題だろうどう考えても。
怖いから言わないけど! メイドにだって人権はあるんだぞ!

「あの、本当にすみませんでした…!」

頭を下げて謝る。肩をガシッと掴まれた。あたしが近道だと選んだ廊下は、何も出し物がされていない閑静な廊下だ。つまり、ここを通る来賓者なんて居るわけが無い。そして、生徒も見回りの先生も通ることなんて皆無な場所だ。
体をそのまま壁に押し付けられる。怖い。助けを呼ばなくちゃいけないのに声が出ない。

「なぁ、メイドの姉ちゃん、」
「失礼。ここは関係者以外立入禁止の場所だったような気がするのだが?」

二人のうち一人の肩をぽんぽんと叩いて声をかけたのは、見知ったサングラスを掛けた河上先生だった。
嗚呼、天の助け!!
口は微笑んでいるけど、サングラスの奥の目は笑っていなさそうに見える河上先生は、家でも見たことのない表情をしている。
あたしの肩に手を置いていた男の人は手を離しつつも何やら言い訳をして、でもそれは河上先生に向けてだからか、あたしにはタイミング良く中庭で始まった軽音部のライブに掻き消されて聞こえてこなかった。
掴まれた肩を少し摩る。大丈夫でござるか? と心配してくれる河上先生。近くには、もうあの二人組は居なかった。

「あの二人なら、もう行ったでござるよ」
「……河上先生は、どうして?」
「ああ、あっちの校舎から苗字さんが絡まれてるのを見て、急いで駆け付けてきたでござる」
「そうでござるか」

おっと、つい口癖がうつってしまった。
河上先生が指を指す反対側の校舎は、中庭を挟んだ場所に位置している。コの字型ではなくユの字型の校舎だからか、賑わっている様子が見て取れた。
ありがとうございます。と、ちゃんとお礼を言えば、無事で良かった事を安堵される。河上先生の首には汗の流れた跡が見え、走らせちゃったんだろうな、と迷惑を掛けてしまったことに対して、さっちゃんお手製のロッカーを使わなかった自分を叱咤した。

「そういえば、どこへ行くつもりだったんでござるか?」
「家庭科室です。手伝って頂いてる神威さん達にお礼を言おうと思って」
「あの喫茶店の」
「知ってるんですか?」
「帰るときとか、たまに寄ってたでござるよ。あそこのケーキセットはとても美味しい」
「ですよね! 先生は甘いものが苦手とかで前は食べてくれなかったんです」
「晋助は昔から甘いものが苦手だったから仕方ないでござる」
「……そういえば、河上先生」
「なんでござろう?」
「先生とは、どういう関係なんですか?」
「ああ、まだ苗字さんには言ってなかったか……」

家庭科室へ一緒に向かいつつ、河上先生の昔話が始まった。
先生の過去も知れる良い機会だ。それに、銀八には捨てろと言われていたあの写真の事……特に、先生と写っていた女の人の事も気になる。
晋助と拙者は幼馴染みでござる、で始まった昔話は、あたしを驚愕させた。

「嘘ォォ!」
「実を言うと、苗字さんとも会ったことあるでござる」
「嘘ォォオ!!?」
「マンションに押しかけた時、頭を撫でてしまったのは昔が懐かしかったからでござる」

昔の事なんて全く覚えていないあたしにとって、河上先生の話す昔話が信じられなかった。
あたしが小さい頃、何度もおばあちゃん家に里帰りした時に何度も遊んだことや、高杉先生が山口を出るまでの経緯を、河上先生はわかりやすいようにまとめて話してくれた。

「ん?」
「どうかしましたか?」
「いや、今カメラのシャッター音が聞こえたような…」
「シャッター音……?」
「いや、きっと気のせいでござる。……おっと、もう着いてしまったか」

気がつけば家庭科室が目と鼻の先に見え、河上先生の昔話の終了を告げられる。
中学を出てからの高杉先生の事は、あまり知らないらしい。やっぱり銀八を問いただすしかないのか。
河上先生に送ってくれたお礼を言って、あたしは家庭科室の中に入った。

「神威さーん、阿伏兎さー……ん」

家庭科室に入れば、違う修羅場が広がっていた。
ピークを過ぎた厨房は基本静かなものだ。家庭科室も相まって静かだ。厨房担当の、他のクラスの他の生徒達まで居ないんだから、そりゃあ静かなものだろう。だけどその静寂の中、ニコニコと微笑みながら先程見たことあるような気がする男性二人を並ばせてこき使っている神威さんは、ニコニコといつも通り笑っているのに、表現出来ないほど怖く感じた。

「ああ、名前ちゃん。なんとかしてさ、店長止めてくれない?」
「えっと、…何がどうなってるんですか? これ…」

阿伏兎さんがあたしに気付いて近づいて来る。
説明を聞く限り、最近バイトを雇ったらしく、今日も手伝わせる予定だったそうなのだが、迷ったという嘘か本当かわからない理由で遅刻して来たそうだ。
そりゃあ、神威さんが怒るのも仕方ないと思う。再度声を掛けてみれば、いつも通りの笑顔で返事をしてくれた。

「名前ちゃんどうしたの? 休憩?」
「はい、そうです。  あ、」
「あ、」
「さっきの、メイドの!」
「なに名前ちゃん、こいつらのこと知ってるの?」
「えっと、さっき絡まれ  
「あああああの!! さっきこの子に道を聞こうとしてたんです…!」
「そしたら、俺ら外見がこんななんで、……先公に見つかりまして、」
「……本当?」
「本当かどうかはわかりませんけど、道を聞かれたのは本当で、河上先生が助けてくれたので、多分、聞けばわかると思います…けど…」

神威さんの威圧に圧されながらも言う。送ってくれた河上先生はもうこの辺には居ないだろうから、確かめるならメールをしてみようかと提案してみた。
が、阿伏兎さんのちょっとしたフォローによって、バイトの二人はなんとかお咎め無しとなったようだ。

「今度遅刻したらクビにしちゃうぞ」
「は、はい!」
「十分に心得ます!」
「それから、今度俺の気になる子に手を出したら殺しちゃうぞ」
「ひ、ひぃ…!!」
「りょ、了解しました!」
「阿伏兎もだぞ?」
「はいはい、わかってるよ」
「えっ? 神威さん気になる子居るんですか!?」

一瞬、場がシラけたようだけど、あたしは聞いてはいけないことを聞いてしまったんだろうか。少し不安になった。
だけど神威さんは先程とは違う笑顔を浮かべる。
「常連のお客さんにね、俺、恋しちゃったんだ」

これはリサーチするために、これからもっとお店に行かないといけないじゃないか!

「……店長、」
「なに阿伏兎」
「策士だねぇ」
「…黙ってないと殺しちゃうぞ」
「おっかないなぁ、もう」

とりあえず、もう痩せなくても良いはずだからケーキセットをやっと食べれるわけだし、お小遣の有る限り行くしかないか。

「名前ちゃん、」
「はい?」
「文化祭終わったら、また、来てくれるんだよね?」
「もちろんですよ! 神威さんの気になる人を見たいし!……あ、そうだ」
「ん?」
「神楽も連れて来ますね。多分、神威さんが一生懸命働いてる姿を見たら、兄としての好感度が上がると思います」
「うん、ありがとう名前ちゃん。ほんっと名前ちゃんは阿伏兎とは違って気が利くいい子だよ」
「おいおい、俺と比べるなって」

バイトの二人が溜まっていた皿洗いをしている中、神威さんと阿伏兎さんと楽しく話していたら、マナーモードにしていた携帯がポケットの中で震えた。
メールだろうと思って画面を見れば、トシからの店が混んで来たという連絡だった。

「神威さん、阿伏兎さん。お店混んできたみたいなんで、あたし戻りますね。休憩ももうすぐで終わりますし」
「あ、みたいだね。……阿伏兎、チョコとサラダセット!」
「はいはい、了解っ!」

作業を始める阿伏兎さんが本業のパティシエの顔付きになった。
神威さんも阿伏兎さんも、調理師免許やらパティシエの免許を持っているから、オーダーが多くても作業を分担してやっているらしい。コンビネーションはピッタリだ。

「名前さん、良かったら、乗って行きますか?」
「……乗る、ってどういうことかな?…たまちゃん」
「私ロボットなんで」
「いや、知ってるよ。知ってるけど、どこに乗るの」
「背中にお乗り下さい」
「いや、良いよ。あたし歩いて行くから」

ずっとオイルをがぶ飲みしていたんだろうか、口許がテカってるたまちゃんの誘いを断ったあたしは、急いで教室に戻った。
結局、途中でたまちゃんに抜かされたけど気にしてはいけない。





三日間開催された文化祭がやっと終わった。
後夜祭の行われるグランドに行った皆の居ない教室は閑散としていて、片付けの行き届いていない場所もある。
メイド服から着替えれば、なぜだか、寂しい気持ちに駆られてしまう。
教室の中央に立つと、グランドの方から歓声が聞こえてくる。恒例のキャンプファイヤーが始まったんだろう。
そろそろあたしも行かなくちゃ。
携帯がスカートのポケットの中で震える。妙からの呼び出しだと思った。教室を出ようと踵を返せば、ガラガラと音を立てて教室の扉が開く。

「……せ、先生…!?」
「よォ」

てっきり銀八かと思った。
でも教室に入ってきたのは高杉先生で、どうにも機嫌が悪いようだ。ドカッと近くにあった椅子に座ると、そのまま右目を閉じた。

「どうか、したんですか……?」
「ガキ達から写真ねだられたんでな、逃げてきた。今頃、万斉が餌食になってるだろうな」
「うわー……」

機嫌が悪いんじゃなくて、疲れていただけみたいだ。
そういえば、神威さんが帰る前にガトーショコラと紅茶を作って持ってきてくれてたはずだ。少し時間が経っちゃってるけど、大丈夫だろう。

「…先生、喉、渇いてます?」
「……まァな」
「紅茶飲みます?」
「入れてくれンのか?」
「いや、あたしの分なんですけど、別に喉渇いてるわけじゃないんで…。ちょっと待ってて下さい」

すぐにさっちゃんの移動用ロッカーから隣の教室に移動する。皆の飲みかけのカップが置きっぱなしになっているトレーの中心に、ラップのされたカップとガトーショコラの乗ったお皿があったので、それをそのまま持って行けば、先生は起きて携帯を何やら操作していた。

「万斉から連絡が来た」
「生きてました?」
「先に帰ってる、だとよ」
「後夜祭って、生徒も教師も参加は自由でしたもんねー。あ、紅茶どうぞ」
「…ああ」

ラップをしていたからかまだ温かみの残っている紅茶は、すぐに高杉先生が飲み干した。
ガトーショコラはラップに包んで鞄の中に入れておく。

「……帰るか」

と、カップを机に置いて言う高杉先生に、夕飯っていります? と聞けば当たり前だと返事が返ってくる。ついでに、馬鹿かお前は、なんて罵声が飛んできた。
慣れたけどさ、別に良いじゃないか。

「ほら、帰るぞ」
「……妙達と一緒に後夜祭を楽しむあたしの計画が…」
「ンなもん俺が知るか。――そういえば、良い知らせがあるぞ」

高杉先生の口から良い知らせとかいう言葉が出てくるなんて、少し驚いた。
何かと聞けば、我が2年Z組が他のクラスや部活を抑えて売り上げ一位になったらしい。
そういえば忘れていたけれど、銀八が一位になったら打ち上げに行くとか言っていた気がする。保護者同伴ってことで、また先生を誘わなきゃいけないのだろうか。それとも、敢えて苦手そうな場所を推薦して来れないようにすれば良いのか。
まぁ、銀八に任せてみようと思った。



妙に帰ることをメールすれば、打ち上げの詳しい内容が返信されてきた。

(2009/06/24)
(2019/09/01 再編集)