気が向いただけだ。こんな幼稚なガキ、しかも生徒で親戚。
面倒見てくれと押し付けられて、からかってみたらどれだけ虐めがいがあるのか、それを知りたかった。
ただ、それだけの事。


同棲、三日目。番外編



顔見知りの店にアイツを放り込み、数十分。
からかった時の反応が面白い、ただのお子様だったガキは、歳をごまかしたように大人びていた。
馬子にも衣装たァこの事を言うんだな。

「おかしい、ですよね……?」
「何がだよ」
「いや、だって、こんなお高い服なんて、似合わないし」
「そうだな。ククッ、お前ェにはまだ早かったみたいだ」

ンなことねェよ。そう言うつもりだった。
だが、こいつをからかったら面白いと味を占めてしまった俺は、褒めるなんてせずに助手席に乗った名前に厭味を飛ばす。
ちょっとは褒めてくれたって、なんてほざきやがるから、俺がンな事おめェに言うと思うか? と問えば、予想通りの返答が返ってきたので笑ってしまった。
一生に一度経験するか分からないブランドの服をくれてやったんだ。少しはしおらしくしてもらわなくては困る。
これはただの気紛れ。こいつの両親に俺の事を悪く言われてしまえば、どう噂が広がるかなんて想像しただけで面倒臭い。仕事柄、外面なんていくらでも取り繕うことは出来るが、同居するとなればお互いの内面が出て来てしまうものだ。それが人間という面倒な感情を持つ生物。
だから、これはこいつに対する賄賂。ガキが経験出来ない事を経験させて黙らせる。それが一番効率的で、効果のある簡単な方法だ。
暫く車を走らせ、有名らしいガキ風に言えば高級ホテルに着くと、名前は口を魚みてェに開けて固まった。
泊まるわけじゃねェ、と前以て言っておけば、安心して後ろをついてくる。明日も仕事だ、泊まるわけがない。
高層階にあるレストランにこんなお子様連れてくるなんざ思ってもみなかった、などと自嘲するが、それほど俺がこいつに興味を持っているんだと判ると、それさえも面白く感じた。

「先生、」
「晋助だ」
「しっ!? シンスケ…さん、……こんなお店、なんで  
「あ? ただの気紛れだ。わかったなら大人しく飯食っとけ」

目の前に並べられたフルコースにたじろぎながらも名前は飯を食う。
テーブルマナーは一応知識として頭にあるらしい。うるさい音をたてることもせず、丁寧に口へ運んで咀嚼していく姿を横目に、運ばれてきたノンアルコールシャンパンを一口飲むと、いつもと違う味がした気がする。
車で来ている為、酒を飲めないのは致し方ない。普段あまり飲まないものを飲んでいるからだ、と気のせいにした。

「ありがとうございますっ」
「別にテメェの為じゃねェ。俺が外食を食いたかっただけだ」

もちろん、食うつもりはない。こんなとこまで来て高い金払って飯を食うぐらいならコンビニ弁当の方が安く済むし、腹に入ってしまえば一緒だ。食い飽きてるってのが一番の理由、か。
幸せそうな表情をしながら飯を食う名前は、外見は歳相応に見えなくとも中身は歳相応の学生だった。
他の女ならここで媚びて来るもんだが、こいつが俺に媚びるなんて事をするはずも無く、最後のデザートを軽々と食べ終えると顔は満悦したと言っているような笑顔を浮かべた。

「ごちそうさまでした」
「おう」

まだ幼稚さを残す笑みで言われ、いつものように返事をすると、機嫌が良いのか名前は何も言って来なかった。
軽い説教が聞けるかと内心楽しみにしていたが、今まであまり口にはしないだろう味を堪能した幼稚な高校生にはそんな考えはなかったらしい。ニコニコと馬鹿みたいに笑うだけだ。

「しんすけさーん、えへへ」
「……………おい」

上機嫌な名前は、喉が渇いているのか。グラスに注いであった飲み物を一気に飲み干す。
直ぐさまウェイターがやって来てグラスにシャンパンを注いだ。
……マジかよ。と、頭を抱えてしまう。
こいつにはガキが飲むジュースを頼んでおいたはずなのだ。注がれたシャンパンの銘柄を見れば、普段自分がよく飲む銘柄だった。
名前が次を飲む前にグラスを取り上げ、自分のグラスとすぐに入れ替える。何が起こったのか理解出来ていない程なのか、変わらずの馬鹿げた笑い面を浮かべ続けていた。

「帰るぞ」
「えー、でもォ……」
「高杉様、お帰りですか? お部屋の方は如何致しましょう?」
「いい。酔ったお子様のお守りがある。あと、今日はアルコールを頼んでないはずなんだが?」

見知ったウェイターが、ポーカーフェイスからすぐに血の気が引いた表情へと変わる。
あまり大事にすると面倒だが、連れは未成年だと伝え、オーダーの聞き間違いであれば以後気をつけて欲しい旨を伝えてウェイターへ支払い用のカードを渡す。

「高杉様、大変申し訳ございませんでした」

カードを返却しに来たオーナーが謝罪してくるが、何度も来店している店でもあるし、この場所に未成年が来るなんてほとんど無い。追記するならば、俺が来る際は女を連れてそのまま部屋に泊まる。普段と違うので店側も戸惑った、と内々に済ます事として手を打つ事とした。
覚束無い足取りで歩く名前を店を出次第、抱え上げて駐車場へ向かう。抱き上げた事に何も反応を示さない名前は、奇妙に感じた。

「せんせー、飲酒運転はらめらよーっ」

地下駐車場へ着くなり呂律が回らない舌で注意をしてくる名前に対し、シートベルト締めろと言うと、正直に返事をしてシートベルトを締める。
車を走らせれば、心地良いのかいきなり歌いだしたので、面倒臭い事この上ない。しかも内容は、飲酒運転。

「検問にひっかかりー、注意されてー、切符をきられー泣く泣く家に帰るー。嗚呼、今年でゴールドだったのにィー。さようならー我がゴールド免許ォ〜」

なんつー歌だ。運転手の隣で熱唱する歌かよ。
二番! と言ってまた歌いはじめ、そしていつのまにか、名前は眠っていた。

「ククッ、世話のかかるお姫様だなァ」

マンションの車庫に車を停め、ぐっすり眠っている名前をまた抱え上げ、エレベーターに乗って家まで帰る。
着替えさせたらそれはそれで責められるのも面倒なので、脱がすこともせず服のまま部屋のベットに寝かせた。名前の部屋には初めて入ったのだが、特に感想もなく、ありきたりな女子高生の部屋だった。
リビングへ戻り、ネクタイを緩めながらも冷蔵庫から買い置きしておいた缶ビールを取り出して一人で飲むことにする。
テレビをつければ、芸人のバラエティー番組が放送されていた。
特に面白いとは感じないが、暇なのでつけたままビールを飲むとガチャ、とリビングのドアが開く。
やっと起きたのか、と振り返り際に口にだそうとしたが、俺はその台詞を言うことは出来なかった。

  ……何してんだ、お前」
「…せんせえ、一緒に……寝てください」

パジャマに着替えたらしい名前は、変な兎の人形を持ってリビングに現れた。
アルコールの影響で顔をほんのり赤らめ、服を買った時にされた化粧が魅力を引き出してこちらを見てくる。
おいおい、俺ァなんでこんなお子様に欲情してんだよ。

「せんせえ…」
「……ったく、」

名前の言う、寝る、は添い寝してくれという意味だと悟ってはいるが、空きっ腹に飲んだビールの影響か、そこまでの思考が回らなかった。
テレビと電気を消し、側に居てやっから、とそれだけ言う。
先生の部屋が良いなんて言い出して、起きているのではないかと疑いたくなるような説得してくる目。
いつもの強気で反抗的な目とは違い、俺は仕方なく名前を部屋で寝かすことにした。
やはり覚束無い足取りでふらふらしていたので、抱き上げて自分のベットに寝かす。
いまだにへらへら笑ってる名前から視線をそらし、俺はシャツを脱ぎはじめた。

「なにしてるんですか?」
「…寝る準備だ」

なんて答えたものの、襲う気は全く無い。さっきは意表を突かれたが、貧相な体つきの、しかも、高校生のお子様に手を出すほど女に困っていない。
まぁ、豊満な体つきなら少しは考えたかもしれないが、血縁はないと言っても親戚は親戚だ。確実に処女であろう女に手を出すわけにはいかないのだ。

「せんせー…」
「ンだよ。早く寝ろ」

布団に潜り、抱き枕にしていた邪魔な兎を退かしたのが気に入らないのだろう、名前は物足りなさそうな声を出して俺を呼んだ。

「ぎゅーって、して良い…?」
「……勝手にしろ」

許した途端にのびてくる腕。
体を寄せ、抱き着いてきた名前は次第にうつらうつらと船を漕ぎ、規則正しい寝息を立てて眠りに落ちた。
そういえば、と今日の事を思い出してみれば、銀八から名前関係で話し掛けられる事が増えた気がする。
教職員として職場に住所の変更届けを出したのだが、名前の担任である事も相まってすぐに事実関係を求めてくる性質なのは昔から変わらない。
それが面倒だと思っていたが、今、その意味が解った気がした。銀八、おめーがただの天パじゃない事は認めてやるよ。
昔を懐古する。懐かしい夢が見れるかもしれないな、と自分らしくもない事を考えながら、瞼を閉じた。


気紛れが気紛れでなくならない事を願う。
(2008/06/27)
(2019/09/01 再編集)