朝、お弁当を四つ作っていたら、河上先生に誰にあげるのかをしつこく聞かれ、素直に銀八にあげることを伝えれば、なんか微妙な表情をされた。
同棲、三十七日目。
登校中に偶然出会った銀八に約束通り作ってきたお弁当を渡し、またまた偶然会った学校で飼っているはずの迷い犬の定春に乗った神楽と妙と一緒に学校へ向かう。この時、銀八が変にニタニタと笑っていたが無視。
既に乱闘の始まっている教室に入ると、ゴリラが妙と間違えてあたしに抱き着いてきたのでガムテープで体をぐるぐる巻きにし、掃除用具入れに突っ込んでトシから半ば無理矢理奪った竹刀でガンガン掃除用具入れを叩いてやった。
言葉になってないほどの悲鳴が聞こえてきたが、途中からはバトンタッチして妙がガンガンしてたからあたしは関係ないことにしておく。
「…名前、そろそろ止めてやってくれ。ホームルームが始まるぞ」
トシに止められたから、妙にガンガン叩くのを止めさせて席に座る。ゴリラはもちろん放置。一限目はなんだっただろうか。いや、何にしても寝るから関係は無いんだけど。
チャイムが鳴る。銀八の、いつもよりほんの少しだけテンションの高いショートホームルームが終わり、入れ替わって教室に入ってきたのは歴史の服部先生だった。
よし、おやすみなさい! 机に突っ伏してみれば、予想以上に冷たくて気持ち良かった。
「名前? 起きて。もうお昼よ」
「え……嘘っ!!」
妙に起こされて教室の時計を見れば確かに4限目が終わったところだった。そんなに爆睡してたのか、あたし。
「休み時間毎に起こしてたんだけど、全く反応が無かったから……死んでるのかと思ったんだから」
「疲れとか、大丈夫なわけ?」
「心配ありがと。阿音、久々に声聞いたような気がするんだけど」
「滅多に出ないからネ。仕方ないアル」
「最初はレギュラーだったんだよ!」
「だんだん扱いにくいのがわかってレギュラー外されたのは内緒にしてあげるから大丈夫よ、阿音ちゃん」
妙と阿音の間に不穏な空気が流れた。神楽は酢昆布しゃぶってるし、百音もリコーダーは吹いていないものの止める気は無いらしい。
仕方なく喧嘩になりそうな二人の間に割って入り、なんとか仲を取り持ちつつ食堂へ向かう。
昼休みが始まってから時間が経った事もあって、食堂のテーブルはほぼ満席だった。
「どうするよ、これ…」
「姉上達が言い合いしてたから、座る席が無くなったじゃないですか。謝れよ」
「最近、生意気になってきたわね、百音」
「ピーッ」
「ごまかすなァァ!!」
「私、先に定食買ってくるアル! 席取りは任せたネ!」
「あ、神楽…!」
「神楽ちゃんったら……仕方ないわね。私達で席を探しましょう」
妙が先頭を歩き、人の多い食堂をあても無く歩いて行く。妙は相変わらずにこにこと微笑んでいて、どこに座るのかを聞こうにもなぜか聞けないあたしが居た。
あたしの後ろをついて歩く阿音百音姉妹は姉妹喧嘩してるし、少し孤独感を味っていると、妙がいきなり立ち止まった。
「ご一緒しても良いかしら?」
と、妙が聞いた相手は、ゴリラ率いる風紀委員の面々だった。
トシに総悟、地味ーズの片割れである退の四人組が座っている場所は、椅子を持ってくれば追加で五人が座れない事もない。
ゴリラはゴリラで、妙と一緒に食事が出来ることに舞い上がっているからか、すぐに申し出を受け入れてくれた。
「あ、名前は土方君の隣よ?」
「……あのさ、妙。いつまでもそのネタ引っ張るの止めようよ。トシにも迷惑だし」
「でも土方は満更でも無いんでしょ。はい名前、椅子」
パイプ椅子を持って来てくれた阿音にお礼を言い、スペースの空けられたトシの隣に座る。あたしなんかが隣でごめんね。と謝れば、嫌なわけじゃねぇから、と素っ気なく言われた。
トシって、そういえばツンデレ要員だったんだっけ。忘れてた。
「姐御ー! 今日のB定食ヤバイアル!」
「チッ、チャイナも一緒かよ」
「サド野郎っ…! なんでお前がいるネ!?」
「それはこっちの台詞だ! しかも同じ定食を頼んだとかヘドが出るねィ」
「なんだとっ!!」
「やんのか!!?」
本日二回目の一触即発。出来れば、ご飯は乱闘を交えてワイワイ食べるよりも、普通にワイワイ食べる方があたしは好きだ。
トシに総悟を頼み、あたしは神楽を止める。なんだか最近、自分が冷めてきてるような気がして来た。いや、冷めてるのは元からか。
「そういえば、名前」
「なに? トシ」
「銀八に、弁当作ってきたらしいな」
お弁当の蓋を開ける手が止まった。トシの一言でみんなが一斉にあたしを見る。言い逃れが出来ない状況。
トシになぜ知ってるかを聞けば、銀八が言い触らしてたと教えてくれた。
その事実に呆れながらも事情を説明する。なんでお弁当を作らなきゃいけなくなったかの理由は忘れたけど、とりあえず、銀八に借りが出来たのでお返しに弁当を作った事を話せば、ゴリラが妙に自分にも弁当作って欲しいととアピール。
妙が作るものは卵焼き、別名、ポイズン卵焼きになる。ゴリラが死ねば他に被害を被る人が現れることにも繋がるからか、ゴリラを退が説得していた。
「……なぁ、」
「なに?」
「俺にも弁当、作って来てくれねェか?」
「トシに? あたしがいつも迷惑かけてるから別に良いけど…いきなりだね」
「俺らしくないか?」
「違う違う、そうじゃなくて、なんか、嬉しいなって」
「う、嬉しい?」
変な事を言っただろうか、トシは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、あたしを見た。
あたしもお弁当の蓋を開ける手を止めたままトシを見る。
「今まで、あたしはトシに頼ってばっかりだったでしょ? それなのにトシはあたしに何の見返りも求めてないし。だから、なんか……頼ってくれた事が、嬉しい、かな」
「……ははっ、そうか…」
久しぶりに見たような気のするトシの笑顔に、不覚にもときめいてしまった。
気を紛らわすためにお弁当の蓋を開ける。――瞬間、あたしはすぐに蓋を閉めた。弁当箱の出すような音じゃない、バコッ、とおかしな音が少し大きめに出てしまい、まだ言い合いをしていた総悟と神楽、それを止めていた他のメンバーもあたしを見遣り、隣に座るトシも疑問に思って首を傾げた。
あたしはすぐにお弁当を持ち、食欲無いからとか適当な理由を言って食堂を立ち去る。
昼休みの廊下は人通りが少ないからか、走り抜けるにはちょうど良い時間帯だった。
向かったのは、保健室。あたしの予想が合っていれば、事件は会議室でも現場でもなく、保健室で起きている!
「……せんせっ、……い…」
保健室の扉を勢いよく開ける。
中に居たのは、今朝と同じようなニタニタ顔の銀八と、何とも言えない形容できない表情をした高杉先生と、微笑んではいるけど手元にあるiPodを今にも握り潰しそうな河上先生がいた。
室井さん、弁当箱の回収出来ませぇん!
(2009/08/01)
(2019/09/01 再編集)