その日は、良い感じの晴天だった。
同棲、三十八日目。
「お前らァァ!! ノッてるかァァ!?」
「おおォォォォ!!」
「第四十三回、文化祭一位取ったぜ記念! バーベキュー大会始まるぞォォ!!」
「おおォォォォ!!!」
綺麗な秋空の空の下、川辺に集まり妙にテンションの高い銀八の司会で、バーベキュー大会は開始された。
本当は神威さんのお店でやるはずだったが、思いの外参加人数が多くてバーベキュー大会になったらしい。まぁ、第四十三回とか銀八の百均で買ったと思われるキラキラした蝶ネクタイとかツッコミ所が色々と満載だけれど、今日は無礼講だから何も言わないでおく。
後から神威さんと阿伏兎さんが来るらしく、あたしはそれが楽しみで朝から表情が綻んでいた。それで高杉先生に、変な顔だ、と馬鹿にされたのはムカついたけど、何も言わなかったのは偉いと思う。野菜とお肉を串刺しにして焼く匂いが、腹ペコ胃袋の食欲をそそった。
「おーい、名前ー」
「なに?」
そろそろ並ばなくちゃ食べる分が無くなってしまうと思った頃、バーベキューを作るために一万で銀八から雇われた教師陣から声が掛かり、呼んだ本人である銀八の元へ行く。
ほら、と差し出されたのは、焼きたての野菜とお肉が刺さった串だった。
「え……?」
「今回の文化祭での功労者は名前だからな、ほれ、一番串だ」
「先生、名前バッカジャネーヨ。私モ頑張リマシタ」
「不細工は黙っとけ」
近くで作っていた高杉先生からキツい一言がキャサリンに浴びせられたが、あたしの視線は差し出された串に釘付けだった。
本当にあたしが先に食べて良いんだろうか。少し戸惑っていると、肩をポン、と叩かれた。
「皆、お前に感謝してるんだ」
「トシ…」
「土方コノヤローに言われるのはなんだかムカつきやすが、名前がそれ食わねェとチャイナがキレやすぜィ?」
「私はそんなことでキレるわけないアル! 黙っとけよクサレどS!!」
「ほらほら、喧嘩は止めなさい。…名前、後が詰まってるんだから早くね」
「そうですよ名前さ」
「総悟、神楽、妙……ありがと」
「ちょっ、ええ!? 僕の台詞に被ってるんですけど! なんだこの仕打ち!」
他の皆も色々言ってる中、銀八がポケットから自分の身に着けている蝶ネクタイと同じく百均で買ったんだろう、わたしが主役です、と書かれた襷を取り出してあたしに掛けようとしたので、それをパチパチと音を立てて燃える炭の中に放り投げた後に串を受け取った。
熱いけど美味しい。銀八の叫ぶ声が聞こえるけど気にしない。すごく美味しいよ。感想を求めてくる皆にそう言えば、全員が串を貰いに集まってくる。たすきが燃えてテンパる銀八を尻目に、お肉を貪る皆と銀八を敢えて無視する教師陣。
その光景が面白くて、つい笑ってしまった。
「おっ、やってるねぇ」
「でも来るのはちょっと遅かったかなぁ」
「阿伏兎さん! 神威さん!」
あたしが一本分の量を食べ終わる頃、大きなクーラーボックスを持った阿伏兎さんと爽やかな笑顔の神威さんが現れた。
二人は教師陣に挨拶をしてから、あたしの座る簡易テーブルの近くに荷物を置いてそのまま対面に座る。
「お久しぶりですっ」
「本当だよ。名前ちゃん、全然お店来てくれなくなったでしょ?」
「あ、…あはははは、貧乏学生なもので」
メイド服のためにダイエットしていた分、体重が増えてリバウンドしてしまったから甘い物断ちをしてたなんて言えない。
学生ならではのお金が無いことを理由にすれば、神威さんはポケットから何かのカードを取り出してテーブルに置いた。
「そんな名前ちゃんには特別にあげる」
置かれたカードをよく見る。80%割引カードと書かれていた。
「えっ、か、神威さんこれ…!!」
「名前ちゃんはもうウチのお得意さんだからね。阿伏兎と話し合ってこれをあげることにしたんだ」
「いや、でもこれっ、期限が無期限になってますけど…!」
「そうだよ。80%も割引して、しかもそれが無期限だったら、名前ちゃんは悪いと感じて店に来るようになるだろ?」
神威さんは、あたしの性格をよく熟知しているらしい。
自分の名前が書かれたカードは、美味しいケーキが食べれるからか、とても輝いて見えた。
「……阿伏兎、俺のと名前ちゃんの分、取って来てよ」
「はいはい、わかりましたよ、店長」
「いや、あたし自分の分は自分で――」
「いいから、名前ちゃんは店長と喋っときな。…俺は邪魔だろうしな」
阿伏兎さんが席を立ち、ぶつぶつと言いながら戦場化している方へと面倒そうに歩いて行った。
最後になんて言っていたか聞き取れなかったけれど、後で誠心誠意お礼を言おうと思う。
「あっ、そういえば、神威さんってこの辺の出身なんですよね」
「うん、そうだよ。今、神楽が住んでる家は俺が留学してから引っ越した場所で、前は夜兎工業高校に近かったかな」
「じゃあ、高校は夜兎工業高校……だったんですか」
「まぁね。そこで留年してた阿伏兎と知り合ったってわけ」
「阿伏兎さん留年してたんですかっ?」
「出席日数云々で、ね。親父も高校の教師だったしなァ」
「へ、へぇー…」
夜兎工業高校と言えば、いわずもがな不良が多いと有名な高校だ。
あたしの中学の頃の友達で数人、夜兎工業高校へ入学してる顔見知りもいるけれど。友人ではなく顔見知りなので、あたしが知る限りの情報はそれくらいだ。とりあえず、不良が多い。怖い。というイメージしかない。
「……ここ、良いか?」
神威さんの学生の頃の話を聞いていると、トシが焼きそばの乗ったお皿を持ってあたしの隣を指差して言った。
ちらり、と戦場化してる方を見れば、激戦の中に阿伏兎さんの姿を発見し、周りを見渡せば、ほぼ全ての簡易テーブルが女子に埋め尽くされていた。一部、桂とエリザベスとか、九ちゃんと柳生四天王が占領してる場所で空席はあるけど、トシと反りが合わない人達が多かった。
そりゃあ座るとこ悩むよね。構わないですか? と、神威さんに聞くと、笑顔で頷いてくれる。お礼を言ってあたしの隣に座るトシのお皿と割り箸を持ってる逆の手には、ちゃんとマヨネーズのマイボトルを持っていた。
「神威さん、今からトシがすることに驚かないで下さいね」
「することって、焼きそばにマヨネーズかけるだけだろう?」
「いや、そうなんですけどちょっと違、」
刹那、神威さんの焼きそばを見てニッコリ笑顔が崩れた、気がした。
ボトル内のマヨネーズが無くなって空気を押し出しているブヒュッ、という音がよく聞こえる。あたしも一年の頃はビックリした。慣れって怖い。
柳生四天王の一人はケチャラーだったはず。と、そっちの方をそーっとチラ見すれば、お肉がついさっき牛から切り取って来たかのように真っ赤だった。…何も見なかったことにしておこう。
「店長、名前ちゃん、肉獲ってきたぞー」
「ありがとう阿伏兎」
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!」
あたしの分までお肉や野菜を持って来てくれた阿伏兎さんに、誠心誠意のお礼を言う。そのまま阿伏兎さんは作るのを手伝ってくるらしく、また戦場へ旅立って行った。
目の前にはお肉を豪快に食べる神威さんの食べ方は、やっぱり神楽と似てる気がする。
お皿に盛られたお肉と野菜の山。左隣ではマヨボトルの二本目を取り出してまだマヨネーズを焼きそばにかけつづけるトシ。他の人から見れば面白い光景なんだな、と思った。
あたしもお肉や野菜を食べたい。食べたいけど、この間秋物で買っておいた新作スカートが入らなかったからダイエット中なんだよなぁ、どうしよう。
「名前ー、食ってるかー?」
キラキラする蝶ネクタイが欝陶しい銀八参上。テンションが元に戻ったらしい、蝶ネクタイには似合わず肩にタオルを掛けて額には汗をかいていた。
「土方も神威さんも良い食いっぷりだな」
「そうかな?」
「先生、マヨネーズ無いか?」
「お前が使ったら一気に無くなるだろ!」
神威さんの右隣りに座る銀八は、何も食べてなさそうだったので神威さんに了承を得てお肉の山やらを勧めた。
そういえば、銀八はずっと作ってたのにサボってて良いんだろうか。そう聞けば、銀八は汗を拭きつつ口を開いた。
「一応、交代制にしてんだ。阿伏兎さんも入ってくれたし、先に抜けてきた」
「……まぁ、あの忙しさだからね。休みたいのは凄くわかるよ、あたし」
もう一度、戦場を見遣る。ちょうど、おかわりを貰いに来た女子軍団が戦いに参加したところだった。
こういうのを見てると、あたしがZ組で1番常識人じゃないんだろうかと錯覚してしまう。1番弱くて面倒臭がりなのは確かだろうな、あんな取り合い、見てるだけだし参加したくないし。
「銀八、お前ェサボるとは良い度胸してるじゃねェか」
「げっ!…高杉!」
汗はあまりかきたくないとか云々言いそうな高杉先生が、額にうっすら汗の雫を垂らしながらやってきた。
首にかけているタオルで汗を拭く姿は何とも似つかわしくなくて、普段からは一切想像がつかない。
「高杉……先生、こそ、なんでこっち来てンすか?」
「土方、おめーは俺の事とことん嫌ってるみてェだなァ。安心しろ。万斉に任せてきた」
「先生、それ銀八のやってる事と変わりませんから」
あたしの右隣りに座った先生を見れば喉でククッと笑っている。
銀八といい、高杉先生といい、どうして銀魂高校にはちゃんとした先生が居ないのだろうか。あ、校長が校長だから仕方がないんだった。
「あ、そうそう。名前ちゃん、これ、新作なんだけど」
神威さんが、持って来たクーラーボックスから可愛くデコレーションされたケーキを取り出し、テーブルに置いた。
「1番に、名前ちゃんに食べてもらいたくてさ」
と言う神威さんの笑顔はとても素晴らしく輝いている。食べたい、食べたいけどダイエット中に間食は出来ないし、むー、どうしようこれ。
しばらくケーキと見つめ合う。銀八が、食べないなら俺が食べるぞ、と言ってくる。銀八には食べられたくないし、あたしも食べたいけど…!
「あ、大丈夫だよ。低カロリーに作ってるから」
それを早く言ってください神威さん。心を読まれているとは考えないでおく。
一緒に置かれたプラスチックのフォークでケーキを口に運べば、甘いクリームとさっぱりしたフルーツが柔らかいスポンジに包まれていて、幸せな気分になった。こんなに甘いのに低カロリーだなんて詐欺だ。
「クリーム付いてる」
「え――っ、!」
神威さんの指があたしの口元にやって来て、付いているであろうクリームを拭った。何が何だかわからなくて、神威さんを見る。
指に付いたクリームを相変わらずの笑顔で舐めとっていた。何が起きたのかもわからなくて、数回、まばたきをしてしまう。
「ちょっ、ちょちょちょちょーっと、神威さんんんん!!? まさかっ! えっ!? 嘘ォォォォ!!」
「なるほどそういうことか」
「チッ……」
銀八の騒ぐ声と右で喉を鳴らして笑う先生と左で舌打ちをするトシ。そしてあたしの目の前で微笑む神威さん。
理解できていないのはもしかしなくてもあたしだけなんだろうか。
「気づいてるもんだと思ってたけどね。土方君、だっけ。君とかわかりやす過ぎだしさ」
「わかってて参加すんのかよ。タチ悪ィーな」
「うっわー、一人増えたよ。早く気づけば良かったー!!」
「うるせーぞ、銀八。それに、もう一人、とっくの昔に増えてらァ」
「は? 誰だよ、それ」
「……晋助ェー、早く戻って――って坂田先生も居たでござるか…」
あ。と、あたしと先生以外の三人の声がかぶった。先生はニヒルな笑みを浮かべているだけで、あたしと、当然の事ながら今来たばかりでどんな状況か理解できていない河上先生は、揃ってお互いの顔を見合わせたのだった。
ざっくばらんにぶった切って高杉先生が河上先生に説明したみたいだけど、あたしはそれでも何について話しているのか理解できなかった。
とりあえず、食べかけのケーキを食べよう。
(2009/08/18)
(2019/09/01 再編集)