この世にテストなんて必要ないと思う今日この頃。
いつも通り朝刊に挟まれてるスーパーのチラシを確認して学校に向かう。
テストなんて知りません、と開き直って最後の二教科である国語と世界史のテストを受けたあたしは、一目散に学校を出るのだった。


同棲、四十二日目。



「いらっしゃいませー!」

お昼が近付くにつれて、テーブルがどんどん人で埋め尽くされて行く。
一週間前までは慣れないメイド服があたしの動きを鈍くさせ、空回りもしばしばあったが、今はヒラヒラするスカートにもすっかり慣れてしまい、夕方の時間は一人でホールを任せてもらえるほどだ。

「名前ちゃん、これ8番!」
「はいっ」

カウンターにいる神威さんから指示を出されすぐに動く。仕事に集中していると何もかも吹っ切れたような感覚になるので、あたしはこのバイトの時間が楽しみだった。テストの事も、高杉先生の事も、考えなくて済む。

「いらっしゃいま――せ……」

店のドアが開き、カランカラン、と落ち着いたベルの音が鳴った。時間はいつの間にか13時を過ぎようとしてる。
ピークも過ぎてきた店内は閑散としていて、笑顔で接待、という神威さんの言葉を頭にピークの混雑時の披露を隠し笑顔で振り向けば、見たことのある白髪が目に入った。白髪だけじゃない。サングラスにヘッドホン、茶色いもじゃもじゃ、…そして、眼帯。

「よォ、名前。来たぞー」
「な、なななな、なっ…!?」
「あっはっはっ! げにまっこと見事なメイドさんがおるわぁ」
「うるせー。ちっとは黙れ」
「ここで騒いだら他のお客さんに迷惑でござるよ」

銀魂高校名物の教師四人。その登場に、あたしの頭はテンパった。いや、パニクった、の方が正しい。背後からの神威さんの視線が刺さって痛い。
こちらの御席へどうぞ。やっと口から出た一言は震えていた、と思う。四人を席に案内し、あたしは休憩のため、そして逃げるために事務室へと向かった。

「お疲れさん」
「阿伏兎さんも、お疲れ様です」

事務室の扉を開けると、煙草を吸って一服してる阿伏兎さんが居た。厨房と事務室は繋がっているのでオーダーが入ればすぐに調理が出来るようになっている。つまり、喫煙者の阿伏兎さんにとって、ある意味良いサボり場なのだそうだ。
坂本先生の笑い声が聞こえてきた。何を話してるのか凄く気になる。

「なに、たいした事ない話だ。名前ちゃんが気にすることでもないさ」

阿伏兎さんはそう言い、オーダーが入った為に灰皿で煙草の火を消して厨房に戻って行った。
ふと思い立って、ロッカーに入れていた鞄から携帯を取り出す。メールを送り、あわよくば会話内容を聞き出そうと思った。送る相手は事情を詳しく知ってるであろう河上先生だ。

「どんな話をしてるんですか?…っと」

休憩時間は30分だから、残り25分。これといってすることもないので、意味も無く呟きSNSを見ていると、しばらくしてメールを受信した。送信者名は河上先生。
メールを開けば、苗字さんのメイド服の話を坂田先生が率先して話してるでござる、と書かれてあった。とりあえず、銀八は消えろ。今すぐ消えろ。

「はぁ…」

返信する内容があまり思い付かず、携帯をテーブルの上に置いた。匙を投げる、そんな状態ってわけじゃないけれど、銀八のウザさは世界一だと思った。だってあたしの滅多に出ないやる気を削いでしまうのだから、もう神だよ神。

「お手上げー…って状態かな」
「え、あっ…神威さんっ?」

いきなり事務室に現れた神威さんの笑顔はいつもより輝いている気がした。

「ホールは、良いんですか?」
「阿伏兎に任せてきた」

……ご愁傷様です阿伏兎さん。心の中で合掌。

「ねぇ、名前ちゃん」
「は、…い」

マナーモードに設定している携帯が震えるのと、神威さんに呼ばれたのはほぼ同時だった。いつの間にかあたしの隣にあったパイプ椅子に座っていた神威さんは、うっすらながら目を開けている。
鋭い眼光に射られそうで怖い。携帯のバイブレーションは長く続き、メールではなく電話だということをあたしに告げているようだ。
神威さんはあたしを見たまま、何も話そうとはしなくて、沈黙したこの時間に首を絞められ殺されるような錯覚を起こしてしまいそうになった。――バイブレーションが止んだ。神威さんはいつもの笑顔に戻っていた。

「……休憩、終わったよ」
「え、」

壁掛け時計を見れば休憩時間を数分過ぎていて。いつの間に、と呟けば、神威さんは茶化すように笑った。

「俺と見つめ合うのが、そんなに短く感じちゃった?」
「ち、ちがいます…!」
「ほら、早く行かないと電話の相手が待ちくたびれてるぞ」
「電話の、相手…?」

携帯の着信の事だろう。誰からの着信か見ていないから、あたしは人物の特定が出来ないけど神威さんは電話をかけてきた人物が誰か分かっているようだ。あたしが携帯を確認する前に背中を押され、半ば無理矢理事務室を追い出された。

「あ、れ……?」

店内に居るお客さんは増えていない。むしろ、減っているような気がした。
銀魂高校名物教師四人組の騒がしい声も聞こえて来ない。カウンターに入る時にちらりとさっきまで教師四人組の居たテーブルを見遣れば、新聞を読んでいた隻眼の高杉先生と目が合った。
こっちに来い。喋らず手招きもせず、顎だけで呼ばれたので珈琲豆をミューラーで挽こうとした手を止めて、先生の元へと向かう。
店内を見渡せば、先生以外のお客さんは居なかった。

「名前、今日は何時あがりだ?」
「今日は、あと1時間だけですけど…どうして先生しか居ないんですか?」
「負けたんだよ」
「はい?」

じゃんけんで負けたんだ。滅多に恥ずかしがらないはずの先生が、そっぽを向いて小声で答えてくれた。
テーブルの上には、銀八の食べたであろうパフェ専用のグラスに坂本先生が飲んだであろう紅茶のカップ。それから河上先生の食べたと思われるケーキのお皿とホットココアの少し残ったマグカップ、そして先生の飲みかけのコーヒーカップが置かれていた。
メニュー全ての値段を覚えてるわけじゃあないけど、合わせて3000円程度だと思う。きっと、万年金欠の銀八がじゃんけんで負けた人が奢ると提案したんだろう、場景が安易に想像できた。

「……えっと、で、お会計ですか?」
「さっき電話に出なかった理由を言え」

いつもながら直球な質問ありがとうございます。でももう命令形だよ、上から目線だよ。つか、さっき電話して来たのは先生だったのね、あたし今知ったから!

「電話した理由を答えてください」
「あ?」
「いや、いくら休憩中でも出れない時の方が多いし、むしろ、先生があたしに電話する理由が見つからないなー…っと思いまして」

バツが悪そうに……いや、機嫌が悪そうに舌打ちをした先生がズボンのポケットから出したのは、四つ折にされたスーパーのチラシだった。まさか、まさかと思って先生を見る。いつもとは違う表情をしていた。
そしてあたしは思い出す。先生のよく好んで飲む缶ビールが特売だったことを。


夕飯の買い出しは二人で。

(2009/10/11)
(2019/09/01 再編集)