目の前にバサッと乱雑に置かれたB4やらA4の大きさの紙が数枚。
真っ赤だった。これはもう、来年から頑張ろう。
同棲、四十六日目。
クリスマスが近付いたある日、あたしは担任である銀八に呼び出され、放課後の誰も居ない小会議室に来ていた。
妙達には先に帰ってもらったので、その辺の心配は無いのだけれど、ホームルーム時に会議室へ来るように告げた銀八の顔が妙に真剣だったのを覚えている。
一体何なんだろう、と会議室の扉を開けてふかふかの椅子に座れば、ふかふか加減が気持ち良くて何回も座り直してしまった。うん、ふかふか。
「名前ー、来てるかー?」
会議室の扉が開き、何やら紙の束を持って銀八が入って来る。
めずらしく食わえタバコはしてないようで、意外だった。
そして、銀八に続いて入って来たのは朝に顔を見たっきり学校では中々会わない、否、会いたくない高杉先生だった。
どうして高杉先生がいるんだろう、と考えた瞬間、まさか、と思って銀八を見る。ニヤリ、と気持ち悪く笑っていた。
「は、謀ったな坂田銀八ィィ!!!」
「何キャラだよ。名前さ、最近キャラの定着してないんじゃね?」
「だって、これ、完全に三者面だ いたっ!」
「……黙って座っとけ」
あたしの隣に座った高杉先生に頭を叩かれてしまった。
長机を挟んだ対面に銀八が座り、机の上に持って来ていた紙の束をばらまく。ここで、冒頭に戻るわけだ。
「……おい名前、冗談じゃねェんだろうな?」
「冗談なわけねーだろ高杉。期末テストが全教科欠点とか俺も教師人生で初めてだ」
目の前に乱雑に置かれた数枚の紙には、赤ペンで採点がされている、つい先日受けた期末テストの答案用紙。
まだ授業では配布されていない。
「学年の最下位だぞ」
「……えっと、誰が?」
「おめーしかいねェだろ」
「え? これ、あたしのテストなの?」
「気づいてなかったよこの子!!」
一枚を手に取って名前の部分を見ると、確かに苗字名前と書かれていた。そして見事にあたしの字だった。
うわ、16点とか点数悪すぎだな!
「24日は終業式だろ? そン時に追試やるらしいから。参加しなかったらお前留年だぞ留年」
「留年っ? それなんの冗談?」
「冗談なんかじゃねェよ阿呆ぅ」
バシッ。また頭を叩かれた。ひどくないこれ、ひどくない? 生徒虐待だよこれ。暴力だよこれ。
「追試までだいたい一週間、か。バイトは追試が終わるまで禁止だな」
「そんな! 神威さんに何て言えば良いんですかチクショー銀八このやろー!」
「えええええ!? 俺に八つ当たりすんなよ! あ、銀さんに勉強を教えてもらいたいんだな? そうなんだな? じゃあそれ以上の事も、」
「しつれーしましたー」
「ちょっ、待てって名前! 無視して出て行くなって! 高杉お前も無言で立ち去るなよ!! 俺を置いていかないで…!」
ぎゃーぎゃー喚く銀八はさておき、廊下を歩きつつ隣を歩いていた先生を見遣ると、普段と変わりない面倒そうな表情をしていた。
あたしの生活を両親に報告しなくてはいけないらしい先生は、今の状況をよく思ってない事ぐらいあたしにだってわかる。でも仕方ないじゃないか。あの事を思い出したら、勉強に集中できる訳無い。第一、あたしの心臓が思い出すだけでも破裂寸前なんだもん。
なんだかもどかしくて苦しくて、テストなんてどうでも良かったんだ。
「……名前、」
「はい」
「今日から一日一教科、みっちり教えてやるから覚悟しとけ」
「え、でも…先生はそんな暇ないんじゃなかったですか?」
昇降口付近で、先生がそう提案してくれた。
確かに嬉しいお誘いでもある。だけど、いつも残った仕事を家に持ち帰って作業している先生の邪魔をしたくない、というのがあたしの本音だ。
昔なら、こんなこと思わなかったんだろうな。好きになると言うことは予想以上に性格を変えてしまうらしい。
あたしは素直に、結構です、とはっきり言葉にした。
「先生は先生の仕事があるじゃあないですか。あたしはあたしでトシや神威さんに勉強教えてもらうんで大丈夫ですから」
「……そう、か」
一瞬だけど、先生の眉毛が垂れ下がったような気がした。残念に思ってる……わけ、無いか。
天下の俺様何様変態保険医様だもんね。あれ? あたしはその変態保険医が好きなのか? そう考えたらこのネーミングは嫌だな。
他に良い案がないか考えてみた。中々思い付かないなぁ。
「おめーはどこまで来てんだ。帰るンじゃなかったのか?」
「あ、……か、帰りますよ、ちゃんと」
高杉先生の後ろを歩くようになってしまったからか、自ずと昇降口を通り過ぎて保健室の近くへと来てしまった。
やっちまった。今日はバイトの日だったのに、これでは遅刻まっしぐらになってしまう気がする。
「ククッ、帰りたくねーなら、ベットで可愛がってやろうか?」
「…! けっ、結構ですっ!!!」
真っ赤になった顔を隠すように踵を返して昇降口へと戻る為に足を進める。やっぱり先生は変態だった。
そんな変態が好きなんだから、あたしも変態なんだろうか。……考えるのは止めておこう。
恋は盲目、ってやつだと思っとく。
(冬編突入!2009/11/11)
(2019/09/03 再編集)