いやいやいや、ちょっと待って。この状況は何?
ありえないんですけど。どこかにタイムマシーンないかなタイムマシーン。
同棲、四日目。
目を開けると、変態保険医の寝顔のドアップが目の前にあった。
見えた、じゃない、あった、んだ。
部屋を見回せば、どう考えてもあたしの部屋じゃない質素な部屋。
……一応服を確認。あたしはパジャマで、 目の前の変態保険医は半裸なんですけど誰かヘルプスミーッ!!
「……とりあえずここから出て っ」
布団から出ようとしたら腰に違和感。変態保険医があたしを抱き留めてるのがわかった。
早く起きろこの変態っ。というか離してくれ変態っ。
「い、今何時……?」
部屋中を見える範囲で探すが壁掛け時計なんか無く、ギリギリ見えるデスクの上にも置き時計は無かった。
携帯を探してみるも、どこにあるのかわからない。というか、身動きが出来ないので近くにあったとしても手に取れない。
どうしようかと考えるが良い案なんて思い付かないし、寝起きの悪い目の前で寝ている変態保険医を起こすミッションを開始するしか術がない事に気が付く。
何を言われるのか分からないし想像もしたくないのだが、背に腹は変えられないとはこの事だろう。がんばれ、あたし。
「……せ、先生っ。タカスギ先生ってば! 起きてください!!」
「うっせーな……起きてる……ちっとは黙れ」
「起きてるなら最初から …え、起きてる?」
スッ、と右目を開けてあたしを見ている先生は、いつもの如く喉を鳴らして笑った。
「面白かったぜ? お前の顔」
「顔って……あたし一応乙女なので、そういうのは止めてください。つか起きてるならなんで起こしてくれないんですか!」
「頼まれてもねェことを、俺がすると思うか?」
「しないですねごめんなさい」
こんな意味の無い言い合いをしてる場合じゃない。
今何時かわからないと、お弁当を作ったり朝ご飯食べたり出来るかどうかもわからない。
そしてあたしがどうして変態保険医と、変態保健医の部屋で寝ていたのかも知りたい。なんかこう例えると卑猥に聞こえてしまうけれど、そのままの状況を言っただけなんだ、信じてくれ。
あたしの心境を察したのか、タカスギ先生は少し考えて口を開いた。
「……お前、覚えてねェのか?」
「何をですかっ」
「ククッ、本当に覚えてねェみたいだな」
「だから何をか言えよ変態保険医!」
「自分から一緒に寝るって言い出したんだぞ」
「誰が」
「お前が」
「……嘘だー」
「俺が無理矢理連れ込んだと思うか?」
「こんな貧相な体つきの女を? 嘘だー」
「ククッ、自虐してんぞ、おめェ」
ダメじゃんあたし! あたしが自分の事褒めないで誰が褒めるの!
いや、そんなことよりも。そんなことじゃないけど、そんなことよりも!
さっきより密着してる気が ……いや、違う、恥ずかしがってるんじゃないから!
相手が変態保険医だから、なんというか、大人の色気にやられてます。あれ? 作文?
「お前、どこまで覚えてる」
「えっと、……洋服を買ってもらって、食事に行って、」
ちょっと待て。そこまでしか記憶ないぞ。
一生懸命、脳みそをフル回転させて思い出そうとするが、思い出せるのはフルコースのご飯の味だけで、デザート辺りからの記憶がすっぽり抜け落ちていた。
「出されたシャンパン飲んで、酔ったんだよ」
「誰が」
「だからお前が」
「……嘘だー」
「殴ンぞお前」
「すみませんでした」
酔った? 天下無双の名前ちゃんが? いやいやいや、有り得ないって。だってあたし酔ったこと無いし、甘酒だって何杯もイケる口だし。
「ありえなかったら、そもそもここにいるわけねェだろ」
「人の心を読まないで下さい!」
先生はあたしから手を離してあっさりとベットから出ていく。
せ、先生、ぱ、ぱぱぱパンツ一丁だよ止めてくれよ一応乙女なんだからさ! あたしもちょっとは恥じらえって一応乙女なんだからさ!
「車ン中で、飲酒運転の唄とか言いながら助手席で歌ってたお前は、しばらくして爆睡」
「……説明、してくれるんですか?」
「しねェと納得出来ないだろ? 名前チャン」
ジーパンを穿いた先生は携帯のディスプレイを見てパタン、と閉じる。
何時ですか? と聞いたけれど、自分で調べろと言われてしまう。
自分の携帯を探すために起き上がったが、愛しい携帯は部屋に姿がなかった。
「そこ、お前の人形あるだろ」
「人形じゃありません、兎のぬいぐるみです。……え、なんでいるのジョセフィーヌ」
あたしの隣には今の今まで気付かなかったいつも寝るときに抱いている大きい兎のぬいぐるみ、通称ジョセフィーヌがいた。うそん。
「帰って来て、俺がビール飲みながらテレビ見てたら、そいつ持ってお前が来たんだよ」
「なんで!?」
「俺が知るか」
そうだね。本人が知らないのに先生が知ってたら犯罪のニオイがぷんぷんするよね。あれ? 犯罪云々関係なく、この保険医って、結構生徒を犯してる気がするんですけど。あれ? 気のせいかな?
「それからおめェが、一緒に寝てくださいっつって懇願してきた」
「マジでか」
「嘘なんかつかねェよ。いちいちツッコまねェと話を進められねーのか、お前は」
先生の話を要約すれば、昨日あたしは間違えて出されたシャンパンを飲んで酔っ払ってしまい、車でヘンテコな歌を歌い続けてそのまま爆睡。
マンションに着いて部屋に放り込まれたが、パジャマに着替えてジョセフィーヌを抱いたまま先生に一緒に寝てください、と言った、らしい。
にわかに信じがたい。信じがたいけれど、それが本当のことであるなら、それは、つまり――、
「あたしが自ら志願して先生と寝た、と?」
「あぁ、そーなるな」
「マジでか」
でもパジャマ着たままだし、貞操は守れてる、んだよね。よし、そうしとこう。まず一つ目の疑問が解決された。
安心してベットから下りようとした時、とても大切なことを思い出してしまった。
「学校!!」
愛しの携帯ちゃんを求めて部屋に戻れば、ちゃんと充電器に差されていた携帯を見つけすぐに確認。
現在時刻よりも妙に神楽に阿音百音姉妹。それから総悟に土方に桂に銀八。そのほか諸々、ほとんどのクラスメイトから連絡のオンパレードだった。
銀八に連絡しなくちゃ、と着信履歴からリダイアルすれば話し中。まさかと思い先生の部屋に行くと話し声が聞こえてきた。
「だから風邪だっつってんだろ? あ? 保険医の俺がいて何が悪ィんだ?……あぁ頼むぜ。じゃーな」
あー……やっぱり銀八に電話してたのね。風邪って……ずる休みの時に使う基本的な嘘じゃないか。もうちょっと具体的なの考えろよ保険医なんだからさー。つかドア閉めろって。いつまで半裸で居るんだよ、いい加減恥ずかしくなってきたんですけど。
「……何やってんだお前」
「いえ、銀八に連絡入れようとしたら話し中だったものですから」
なるほどな、と言ってリビングに行く先生について行けば、ダイニングテーブルの上に飲み終わったであろう缶ビールが一個置いてあった。
灰皿には吸い終わった煙草が山積みにされていて、片付けろとか言われたらどうしようとか考えてたら、案の定、命令されてしまう。
大人しく従って灰皿を持つと途端に視界が揺れて壁に寄り掛かった。それでも灰皿から何も零していないあたしは天才、だと思う。
「おい、どうした」
嘔吐感が込み上げてきて、視界がぐらついた。瞬間、ありえない考えが頭を過ぎる。まさか、貞操、守れてなかった ?
「き、気持ち悪……」
灰皿を床に置きすぐにトイレに駆け込む。胃から何かが逆流してきて、想像出来ない量の吐瀉物が口から噴き出す。
間一髪で便器の中に出せたものの、一回吐いただけじゃあまだまだ物足りないのか、嘔吐感が無くなるまで吐き続けた。
嘔吐感は治まったものの胸部の不快感は治まらずに気持ち悪さが増してきている気がする。開けたらまた何か出てきそうな口をティッシュで塞ぎ、腹部を撫でてみた。
……いやいやいや、これこそありえない。自分の動作に戸惑いを覚えながらトイレに引きこもり続け、どれくらい居たのかわからなかったけれど、不快感も治まってリビングへ戻ると先生が何か台所で作ってるみたいだった。
「おい、ソファーか部屋に戻って寝とけ」
「は、はい……」
せっかくトイレから出て廊下を歩いてリビングに来たのに、また廊下を歩いて部屋に戻る気力なんて無い。
ソファーにごろんと寝転がると、意外とひんやりしていて、体温をソファーが取っていってくれてる感じがした。
ふとテーブルに視線を向ける。灰皿に積もってあった煙草は綺麗に捨てられてテーブルの定位置に置かれ、ビール缶も無かった。きっと、あたしが吐いてる間に先生が片付けたんだろう。……家事、出来るんじゃないか。
「……おい、大丈夫か?」
「せ、んせい……」
おでこに熱冷ましシートを貼ってくれるのだろうか、でこ出せと冷たく言ってくる。
前髪を上に上げると、額がひやっとした。なんか柔らかいな、って思って見遣ると、先生の手があたしの額にくっついていた。
「悪ィな、どこになにがあるとか知らねーんだよ」
「あ、いえ、……大丈夫、です」
そういうと、先生は軽く微笑んで、あたしが寝るまで手を置いていてくれた。
タカスギ先生が、どうして女子に人気があるのか、少し、わかった気がする。
ただの変態保健医だと思ってたけど、あんなに優しく笑うことが出来るなら。もし、本当に先生にあたしは抱かれていて、あたしのお腹に先生の子がいるなら。 あたしは生んでもいいかな、……なんて、ね。
「二日酔いだな」
「……………………ですよねー」
起きたあたしは先生特製のお粥を食べながら、体力を回復していた。
ソファーでくつろぎながらテレビを見ていた先生が言う。お酒を飲んだなんて記憶に無いからそんなの考えの一つも浮かんでこなかった。苗字名前、一生の不覚!!
「……まさかお前、俺の子供が出来たとか思ってたんじゃ 」
「まさかそんなわけないでしょ変態保健医!!」
あたしは恥ずかしさのあまり立ち上がって怒鳴ってしまった。その勢いでお粥を胃に流し込み、そのまま部屋まで戻ってベットに潜り込んだ。
考えていたことを、見透かされた様で、恥ずかしい。
心臓がドクドクと脈打って、体中の体温が上がっていくのが分かってしまうのが一層あたしの羞恥心を煽っていく。
ああ、もう! あたしの馬鹿!!
大人の階段を登ると、そこにいるのは誰なんだろう。
(2008/07/13)
(2019/09/01 再編集)