追試も近くなるにつれて、クリスマスと終業式も近付いてきた。
勉強を教えてくれているトシに皆でパーティーしないかと誘われたけど、乗り気がしなくて断ってしまったのは、きっと追試が心配だったからだと思う。


同棲、四十七日目。



「うがあああああああああああああああああ!!」

目の前に広げてある数学の教科書に頭突きすれば、机に頭が強打した音が教室に響いた。
放課後と言ってもなぜか今日は残ってる生徒が多くて、皆が皆あたしを見る。見世物じゃないぞとか言う気力は無くて、叫び声の次は盛大なため息を吐いた。

「名前さん、大丈夫ですか?」

掃除当番で残っていた屁怒呂くんに心配される。彼の顔に怖れたりする余裕なんて今のあたしには無い。
連日連日飽きもせずに保健室に入り浸るまた子や、追試が明日に迫ってることなどなど、悩みの種が今のところ全く尽きないあたしにとって、屁怒呂くんの顔はそれほど凶器にならないのだ。

「おい名前、本当に大丈夫なのか?」
「生きてるから大丈夫。トシこそ、背中の貼り紙大丈夫なの?」
「背中……?」

トシが自分の背中を触ると、カサ、と紙が形を変えたような音がした。その瞬間に教室を飛び出して行く総悟の姿が視界の端に入る。
一方で背中についていた紙を取ったトシは、紙に書かれてる内容を見て、静かに怒りを溜めているようだ。

「総悟ォォォ!! 誰が陰険マヨ野郎だコラァァァァ!!!」

どたどたと総悟を追って教室から出て行くトシの背中を見送る。
いつものことだ。それが妙に安心できた。

「名前、」
「……さっちゃん、ロッカーの中から登場するのは止めてほしいな、あたし」
「それどころじゃないのよ」

さっちゃんが珍しく焦っている様子だったので、持っていたシャーペンを置いて教科書を閉じた。
どうしたの? そう聞けば、さっちゃんは素早くあたしの前の席に座った。

「あの一年、最近毎日保健室に出入りしてたじゃない? それがね、急に行かなくなったのよ」
「どこに?」
「保健室に決まってるでしょ」

あの一年、とは、言わずもがなまた子の事だ。さっちゃんはまた子が気に入ってなくて、先生との関係とかを洗いざらい調べていたみたいで。
放課後も日課である銀八のストーカーを中断して保健室に張り込みをしていた。…らしい。

「それって、いつから?」
「一昨日くらいからかしら。初めはたまたまだと思ったのよ? でも、昨日も今日も来てないし、一応一年の教室に行ってみたけど姿は無かったわ」

一瞬、また子は先生の事を諦めたんだ、と思った。でも、噂であれ周りから聞いた事を考えれば、ターゲットが先生になる前は銀八に言い寄ってたという事実がある以上、また子は違う人に行った可能性の方が高い。
思案すること数分。さっちゃんが手を一回叩いた。

「単純に考えたら土方よね」
「え…、そう…なの?」
「今は土方に勉強教えてもらってるし、ほら、勘違いしちゃったとか、ありえそうじゃない?」

はたして、それはありえるんだろうか。一生懸命考えるけど、肯定する良い案も否定する悪い案も出て来なかった。
あ、この際、どっちが良いとか悪いとか関係ないか。

「今名前が土方のとこに行ったら事態が悪化しかねないわね」
「え?」
「まぁ仮に名前が土方のとこに行く。予想通りあの子が一緒に居る。…で、どうするの?」
「どうするって、…えっと、」
「あの一年が居る前じゃあ土方に説明しにくいわよね。なら、名前のとる行動は一つよ」

ずいっ、とさっちゃんの顔が近くに寄って来たので、思わず後退りしてしまった。

「名前は何も考えずに、追試の勉強していれば良いの」
「えっ、と……それは、あたしは何もしなくて良い…って事?」
「そうに決まってるでしょ。名前は考えを行動に移したら鈍臭いもの」
「それってけなしてるんだよね? けなされてるんだよね、あたし」

さぁ、どうかしらね。とぼけるさっちゃんは、あたしの視線を上手くかわしてロッカーに戻って行く。
時計を見れば一般的な下校時刻の17時になるところだった。

「銀八先生って、いつもこの時間に帰るのよ」

ストーカー稼業お疲れ様です。なんて言えないから、適当に相槌してロッカーに入って行くさっちゃんを見送った。
勉強を再開しようかと思って教科書を開きかけて、止めた。外も暗い、これ以上遅くなったら街灯のない河川敷を一人で帰れなくなりそうな気がする。
急いで帰り支度をして、窓の施錠を確かめてから教室の電気を消そうと鞄を持って移動すれば、誰も居なくてシーンとした教室を寂しく思ってしまった。
誰も居ない代わりに、忘れ物の鞄がぽつんと机の上に一つだけ置かれてある。鞄毎忘れるなんて、マヌケな人も居たもんだな。…なんて、人のこと馬鹿に出来ないかと体育祭の時とか何度も教室に忘れ物をしたりしたことを思い出した。
電気を消して教室の鍵を閉める。ガチャリ。吹奏楽部の演奏が微かに聞こえる廊下に、鍵を閉める音は響いて消えていった。

「なんか、変な感じ…」

下校時刻まで学校に居たことは今まで数え切れないほどあったけど、一人で、というのがあたしに違和感を持たせていた。
早く鍵を職員室に置いて帰ろう。そう思えば思うほど、早く階段を下りていた。

「気をつけて帰るンだぞ」
「はーい」

暖房の効いて暖かい職員室には、珍しく理科実験室に引きこもっていない平賀先生が居た。一応心配されているようなので返事をし、職員室を出る。
廊下の異常な冷え込み様にもう一度職員室戻ろうかと思ったけど、そういえば夕飯も作らなくちゃいけないし、外は太陽が沈んでどんどん暗くなっていくしでそんな暇は無いようだ。マフラーをつけ直して急いで靴箱へと向かった。

  あ、」
「…あ? ああ、名前か」

これまた珍しく、暖房の効いて暖かい保健室に引きこもっていない高杉先生に、昇降口の手前でバッタリ遭遇してしまった。
白衣も着ていなくて鞄も持っていることから、これから帰るところなのか、それとも職員室で何か仕事をするのだろうか。どちらにせよ、あたしが校内で先生に会うのはやっぱり珍しくて、胸が少し高鳴った。

「今帰りか?」
「え、あ、はい、まぁ…」
「駐車場で待っとけ」
「…え?」
「暗ェだろ」
「は、はい…!」
「ククッ、良い返事だ」

頭をくしゃくしゃっと撫でられた。顔に体温が集まって行く。耳まで熱くなる。
先生が去ってからもマフラーの下のにやけた口元は、駐車場に着いても中々元に戻らなかった。
開き直りって怖い。好きだと認めるだけで、ただの日常がばら色に変わるんだもん。人間の脳って凄いな。…なんてね。



これで追試が無ければ最高なのに。

(2009/12/06)
(2019/09/03 再編集)