波瀾万丈な昨年が終わり、新しい年が始まる。
まさか、31日が終わる5秒前くらいにキスされて、そのまま新年を迎えるとは思わなかった。
きっと、今年も変わらず波瀾万丈な一年になる、と確信してしまった。
同棲、五十一日目。
日付が変わって初詣は朝に行こうという事になり、なぜか高杉先生の部屋で寝ることになった。
抵抗はしたけど、半ば強制的に一緒にベッドへ寝転ぶ。
なんだか、お互いがお互いを好きだと分かってから、先生が優し過ぎる気がしているのだが、気の所為だろうか。いや、先生は多分、元から優しいのだろうけど、なんだろう、それが全面的に出てるというか何と言うか。
「出来たぞ」
「あ、ありがとうございます」
振袖の帯をぽん、と軽く叩かれた。
今だって、帯が結べなかったから先生が結んでくれてたわけだし、やっぱり優しい一面が多く見えてしまう気がする。どうして結べるのかを考えてしまったら、あたしが女子だという事を忘れてしまいそうになるので深く追求はしない。きっとなんかもう先生は何でも出来る超サイヤ人なのかと勘違いしてしまいそうになる。あ、でも料理とかは出来ないんだった。
最近の先生は、河上先生の件もあったからかごみ捨てとか掃除とかたまぁにしてくれるし、お皿洗いも結構してくれているので本当に優しい部分が垣間見える事が多い気がする。
…あれ? 意識してないだけで今まで何度も先生の優しさに触れた事ってあったよね? でも、他の人にはあんまり優しくしてないよね?…それってさ、つまり 、
「先生、聞きたい事があるんですけど」
「なんだ?」
「先生って、もしかしてなんですけど、あたしにアピール…みたいなのって、何回もしてます?」
「………どういう意味だ?」
「いや、えっと、…だから、その、先生って、あたしをとても気にしてくれてます…よね?」
「そりゃあな。仮にも親戚の未成年で、お前の両親から任されているからな。それに、」
「それに…?」
「……お前は、好きになった奴を気にしないなんてこと出来るのか?」
「っ、出来ない、です。多分」
「つまりはそういう事だ。わかったか? 鈍感な名前チャン?」
「え、あ…」
それって、それってつまり、前から先生はあたしが好きだったってことだよね。
なんだろ。すごく、嬉しい。
「おい、名前」
「…あ、え?」
「なにぼーっと突っ立ってんだ? 初詣、行くんだろ」
「はいっ」
玄関で黒いコートを着て準備が整った先生に言われ、廊下を早歩きで歩けば、慣れない足袋のせいかこけそうになった。
危なっかしいな。と、喉で笑いながら先生が手を貸してくれる。神社まで徒歩20分くらいなので、ゆっくり歩いて行くことにしたけれど下駄で歩けるだろうか。…不安だ。
「…ほら」
エレベーターを降りてマンションから出れば、差し出された右手。一瞬、なんで差し出されたかわからなかった。
「危ないんだよ、お前は。手ェつなげ」
「あ、はい!」
左手を先生の手の平に置けば、指同士が絡まり合った。本当に、恋人同士が繋ぐように繋がれた手は、そのまま先生のコートのポケットの中へ吸い込まれていく。
恥ずかしくなった。でも、やっぱり嬉しくも思った。あたし、本当に先生と恋人同士になったんだよね。夢じゃないよね。
「…どうした?」
「え、えっと、あの、先生とこんな関係になるとは、思ってなかったんで…、夢じゃないのかなって……いひゃっ!」
「ほら、夢じゃねェだろ?」
「いひゃい! いひゃいです!」
片頬を引っ張られた。冷たくなっているのもあって、とても痛い。
先生は珍しく大笑いしていた。
神社に着けばどこも人で溢れ返ってた。
どこを見ても人、人、人! 出店も見えないくらいの人が詰め掛けている。
参拝の列に並び、鳥居を潜り、手を清め、そのまま賽銭箱の方へと進んで行くにつれて他にも振袖を着てる女性が目に入る。あたしなんかよりも綺麗だった。
先生には女の人からの視線がとても集まっていて、なんだか隣に居るのが複雑だった。先生は大人で、あたしは子供だという事実が、重くあたしにのしかかった気がした。
「……名前…?」
「えっ、どう…かしましたか?」
「どうかしたのはおめーの方だろォが。何ぼーっと突っ立ってんだ。行くぞ」
いつの間にか先生のコートのポケットから出ていた繋がれた手を引っ張られ、前につんのめってしまいそうになったのをなんとか堪えて前に進む。
もう既に、賽銭箱が目と鼻の先にあった。
一度繋いだ手を離して、巾着から財布を出し十円玉二枚と五円玉一枚を取り出す。
二重にご縁があるようにか。先生があたしの手の中にある三枚の硬貨を見て言った。
「こんなので縁が舞い込んでくるなら、神様は大忙しだろうな」
「年初めだから仕方ないですよ。神様なんですもん!」
順番が来たので賽銭箱に握っていた25円を入れ、鈴を鳴らす。手を合わして目を閉じた。願い事は、えっと、今年も先生と一緒に居れますように……なんてね。
いや、ここはやっぱり欲張って、今年とは言わずこれから先ずっとにするべきだっただろうか。目を少し開けて横目で先生を見れば、まだ祈っているようで目を閉じたまま。
先生の横顔は綺麗で、整っていて、気がつけば見惚れてしまいそうになる。
「…行くぞ」
「はいっ」
それほど永い時間ではなかったけれど、先生の横顔を堪能したあたしの気分は晴れ晴れしていた。
「おら、繋げ」
人の波に流されンだろ、お前。と、先生が続けてそう言う。
手と手が重なって、あたしは先生に引っ張られるように歩き出した。出店から漂ういい匂いに食欲を駆られてしまって、ベビーカステラ食べたいな、とそう呟けば、ガキだと喉で笑われた。
買ってくれるわけではないようだけど、今日は先生の意外な一面が見れたからベビーカステラはまた今度の機会にしよう。
家に帰る道中も手を繋いだままだった。
手汗でベタベタしてないだろうか、と色々考えてしまって、いつマンションの近くに着いたのか分からなかった。
「先生…?」
先生がふと足を止めた。
前を見ろ、と言われて、前方の、特にマンション付近に注目する。
見たことのある人だかりがあった。
繋がれていた手が急に離れる。名残惜しかったけれど、仕方なかった。
「やっと来たか。遅いお帰りだな」
「名前ー! あけおめヨーっ」
「あけましておめでとう。今年もよろしくね、名前」
「…よぉ」
「銀八に神楽に妙! それにトシ達もなんで…!?」
「後で河上先生と神威さん達も来るようだぞ」
「黙れゴリラ。てめーに用は無ェんだ。おい銀八、どういうことだ?」
「新年会だよ、新年会。どこでやるかっつー話になって、急遽、名前ん家になったわけだ」
「えっ、あたし聞いてないんだけど…」
「さっき先生が言った通り、急遽決まったんでねィ」
先生の表情を見ると、いかにも不服そうな表情をしていた。
先生が拒否する限り、あたしん家で新年会は無理だ。せっかく年明けに皆と会えたんだから、新年会はともかくここは穏便に話を終えたい。
全員が一番言うことを聞くであろう銀八に、この場をおさめてほしいという願いを乗せた視線を送れば、視線に気づいた銀八は、荷物持ちをしていた退からスーパーの袋を受け取り先生に見せる。
盗み見すると、袋の中身は焼酎やら缶ビールやらがぎっしり詰まっていた。
「新年会、しても良いだろ?」
「………ククッ、仕方あるめー…」
その瞬間、それは銀八から先生に捧げる賄賂なんだと確信。
あたしの家でするのに、当の住人を置いて皆マンションの中へと入っていく。
ああ、もう。おせち足りるかなぁ。
お昼を過ぎたくらいに到着した河上先生と神威さんと阿伏兎さんが参加して、家に置いてあったお酒や父さんが買い置きしていたらしい洋酒が発破をかけて無くなっていく。
未成年側は神威さんの持って来た甘酒を浴びるように飲み、何故か酔って寝ているのが数名。甘酒ってアルコール入ってたっけ……?
「よっし! 全員揃ったからには、これをやるしかねーよな!」
頬をほのかに赤くした銀八が、既に酔い潰れた退が抱きしめている鞄から黒い箱を取り出す。
何の箱なのかはまったくわからないけど、中身を床にばらまいた銀八はいつもより増してニヤニヤと笑っていた。
「これ…カルタ、アルか?…ヒック」
「そうみたいだね。ねぇ坂田先生、なんなの?…この黒いカルタ」
「黒い紙にピンクの文字とは、中々でござるな」
「しかも書かれてるのは一文字だけか」
「百人一首より難しいかもですねィ」
「ほれ名前。お前が読むんだぞぉ?」
「えっ、あたし!?」
紙の束を渡されたあたしを無視し、皆それぞればらまいたカルタの周りに座った。
早速始めようか。阿伏兎さんが首をコキコキと鳴らしながら言った。どうやら全員やる気満々なようだ。あ、間違えた。先生以外、やる気満々なようだ。とりあえず貰った紙の束をシャッフルして一枚目をめくる。
文面を見た瞬間、あたしは即座に銀八を睨んだ。
「ぎっ、銀八っ! なにこれ…!!」
「どうしたんだ? 早く読めよ?」
ニヤニヤ笑う銀八に本気で殺意が芽生えた瞬間だった。何も知らない皆が目で早く読めと急かしてくるので、深呼吸をしてからあたしは覚悟を決め――れるわけないだろうがこんなの!
深呼吸、深呼吸。
「ゆっ、ゆびがうごいてきもちいい……!!!」
「お、見っけ!」
真っ赤になってるだろう顔を隠すように俯いたのと同時に、銀八の声が聞こえた。
「銀八ィ、てめェなんなんだこのカルタはよォ…!」
「あれ? 高杉知らねーの? エロエロカルタってんだよ」
「バラエティー番組で見たことあるなぁ、そういうの。まさか、本当に持ってる人が居るとは思わなかったけど」
「店長、俺、この勝負降りるわ。なんだか名前ちゃんが可愛そうでならねぇ」
阿伏兎さん! やっぱり貴方はいい人だ! でも銀八のニヤニヤは止まらない。このカルタゲームから抜けられないとばかりに、あたしに次のカードを読むように催促して来る。
いつの間にか高杉先生も真剣にばらまかれたカルタを睨んでいた。そして謀ったかのようにうとうとし始める神楽と妙。もう何が何だか、どうなってるのやら。これはハメられたとしか考えられない。
「名前、次のカードだ」
「あっ、は、はい!?」
先生のドスの効いた声色で言われて、次のカードをめくる。どうしてやる気になっているんだこの大人達は。……ああ、もう嫌だ。
「むりやり入れないで…」
「ブフッ!」
「吹き出してる場合じゃありやせんぜィ土方さん。もーらいっ」
「ひ、卑猥でござるな…」
「エロエロカルタ、だからなのかな。それとも名前ちゃんが言ってるからなのかな。なんだか、ねぇ…?」
「これが狙いか銀八ィィ!」
「落ち着け土方。要は、名前が言い終わる前にカルタを取れりゃあ良いんだ。ちっとは頭を使え」
次のカードを読むように目で促される。どうにでもなれ、だ。
「ほしいの…おねがい…」
一テンポ遅れてカルタを取る音がする。こっちは恥ずかしさを堪えてるのに、なんなんだよお前ら。
理解してても最後まで聞いてしまうのが男の性。
(2010/01/09)
(2019/09/03 再編集)