新学期になって久しぶりの学校だった。
毎度の如くサボろうかと思っていたら銀八に見つかってしまって体育館へ連行される。
聞きたくもないバカ校長の話を右から左に聞き流し、始業式が終わって教室に戻ってきたら11時近くだった。
同棲、五十二日目。
今日は先生が年始の会議があるとかで、久しぶりに妙と神楽と帰ることになった。時間もお昼時なので、どこかでお昼ご飯を食べようということになり、三人で適当にぶらぶら歩けば神威さんの喫茶店の前に差し掛かる。
「…ねえ、」
「嫌アル」
「え、ちょ、あたしまだ何も言ってないんだけど…」
「神楽ちゃん、嫌だってそればっかり言ってたら、神威さんに失礼よ」
「嫌なものは嫌アル」
「あっ、神楽っ…」
神楽はすっかりすねてしまったようで、駆け足で先に帰って行く。仕方ないわね。と妙が溜め息を吐いた。
「今日はもう諦めて、また今度お茶しましょう」
「そうだね。神楽…怒ってなければ良いけど」
「きっとご飯食べて寝たら忘れてるわ」
「妙って結構あっさりしてるよね…」
「そうかしら?」
妙と分かれ道で別れて、とぼとぼと一人歩いて帰る。なんだか先生が居ない事に違和感を感じた。
どんだけ好きなんだあたし。冬が終わるのはまだ早いのに、あたしの心は春真っ盛りだ。
「ただいまー……って誰も居ないけど」
「あら、おかえりなさい、名前ちゃん」
「…………え?」
「遅かったな、名前」
「……えーっと、なんで父さんと母さんが居るの?」
「年が明けたから帰ってきたのよ。一週間経ったらまたアメリカに行くけど」
「ええええ!!」
何と言う中途半端なタイミングで帰ってくるんだこの馬鹿親共!
「名前」
「…なに?」
「ほら、お年玉」
「うわあ嬉しいありがとうお父様!」
我ながら現金な奴だと思った。とりあえず先生に連絡しなきゃいけないので、少し分厚めのお年玉袋を貰って部屋に戻るなりすぐ先生に電話をかける。
今の時間は13時過ぎ。ギリギリ会議が始まってない事を祈り先生が電話に出るのを待つ。しばらくしてコール音が止んだ。
「……なんだ?」
「先生! 良かった! いま時間大丈夫ですか!?」
「手短にな」
手短に出来るかわからなかったけど、両親が帰ってきた事と一週間滞在することを話せば先生は盛大なため息を吐いた。
それほど事態は大事だって受け取って良いんだよね。
「…ククッ」
「せ、んせ…?」
「これは、ラッキーかもしれねェな」
「えっ、どうしてですか…?」
「それは俺が帰ったら分かることだろ。悪ィな、時間だ。17時には帰る」
ブツッ、といきなり切られる通話。あぁもう! 一体あたしはどうすれば良いんだ!
「名前ちゃん、今日の夕飯すき焼きにしましょうか」
ノックもせずに部屋に入ってきた母さんに驚きながらもあたしは着替え、久しぶりに家族三人でスーパーへ買い物に出掛けた。
すき焼きの材料と父さん達が飲むであろう焼酎を買って家路につく。会話は特に無し。気を利かせて母さんが色んな話をしてるけど、あたしも父さんもあまり反応しなかった。
「……名前、」
「…何?」
「あの、土方君とはどうなんだ?」
「と、ととトシがどうかしたっ?」
「そういえば、付き合ってるんでしょ?」
父さんの問いに母さんが便乗した。夏の事を思い出す。
確かに、トシに彼氏役を頼んだけど、あの計画はバレたんじゃなかったっけ? だって、先生もトシも意味深な事言ってた気がするし。
「あ、えーっと、…その、」
「ふふっ、お父さんったら、からかうにも程があるわよ」
「そうだな、…冗談だ。今は晋助君と良い感じなんだろう?」
「あら、そうなのっ?」
「…えっ!!?」
なんなんだその情報源! あたし誰にも言ってないし、先生が言った…ってのは考えられないとしてやっぱりさっきみたいにカマをかけているんだろうか。性格悪いなこの親父!
「なっ、なに言ってるの父さん! あたしがあの変態保健医と良い感じなんてありえな 」
「変態で悪かったな」
「ひぃっ!」
背後から声が聞こえて振り向けば、噂をすればなんとやら、高杉先生が黒いコートに身を包んで立っていた。
見渡してみるといつの間にかマンションの前まで歩いて来ていたようで、先生は車を駐車場に停めて来たみたいだった。
「久しぶりだな、晋助君」
「あけましておめでとうございます」
「こちらこそおめでとう。8月振りね。少し見ない内にまた男前になったんじゃないの?」
「いえ、そんなことないです」
出たよ先生の違和感満載敬語の猫かぶり。二回目ともなるとさすがに慣れたけど、ちょっとした違和感はまだあるみたいだ。
なんとか鳥肌を抑えながら家に帰り、すぐ自室へ戻ってベットにダイブした。また疲れる一週間が始まる。そう考えると溜め息がためらい無く出てくるというものだ。
「……おい」
「は、はいっ?」
「…なに疲れてんだ?」
「え、いや…なんとなく…」
「なんとなくってなんだよ」
「なんとなくはなんとなくです」
用も無く部屋に訪れた先生は、何が言いたかったのか明確にしないままあたしの部屋から出て行った。
なんだったんだろう。まあいっか。その後、母さんにすき焼きの準備を手伝うように呼ばれたので、リビングに向かった。
「晋助君、学校での名前はどんな感じだい?」
「あ、文化祭があったのよね。名前ちゃんはどんな事したの?」
「いや、それは、別に聞かなくても…!」
「名前ちゃんはクラスの出し物でメイドをしていましたよ」
「まあ! 良いわね、メイドさん!」
「母さん目が輝きすぎ!」
すき焼きを食べながら、あたしの成績の話や文化祭の話で盛り上がり、すき焼きが終わるとそのまま飲み会が始まった。
参加は出来ないので先にお風呂に入ることにする。明日も学校なのに先生は大丈夫なのだろうか。お酒は父さんより強いみたいだから、きっと大丈夫なんだろうと思うけど。
「……名前ちゃん、」
「なに?」
「晋助君、本当にいい人ね。お父さんには負けるけど」
「いきなりどうしたの、母さん」
「ただ名前ちゃんに同意を求めたかっただけよ。お風呂は早めにね」
「う、うん……?」
なんだか意味深な発言をする母さん。なんなんだ。今日はわけわかんない事を言われまくる日なのか。
シャワーに打たれながら考えるけど、やっぱりわかんなかった。
「出たよー…って、何やってんの」
お風呂から出たら、三人とも静かで何も話していなかった。何があったのか暢気にお風呂に入っていたあたしにはわからない。
ただ、先生に隣に座るように言われたので一応隣に座る。先生が沈黙を破って口を開いた。
「名前ちゃんと正式にお付き合いをさせていただいています」
頭の中が、真っ白に、なっ――た。
視界に見えるのは驚いた両親の顔。二人には、あたしと先生の顔が相反して見えているんだろう。口がパクパクと動く。先生が電話で言っていた、ラッキーなことが帰ったら分かると言っていた意味が、ようやく理解してしまう。
何を言っているんだと、先生に文句を言う前に、ワナワナと震える父さんがガタッと立ち上がった。
「と、ととと父さん落ち着いて…! 先生も、何勝手に言ってるんですか!?」
「真実を告げただけだ」
これでも一人娘の立場なのでそこまでハッキリと相手の親に付き合ってます宣言をされると、漫画とかドラマのようにうちの娘をお前みたいなどこの馬の骨云々なんて言う展開になりそうで怖いんですけど!!? 特に父さんは娘のあたしが気持ち悪いと思うくらい娘を溺愛しているんだから、楽しかったすき焼きタイムが凄惨な自体にしかならない…!!
「晋助くん、今の言葉、本当なんだね?」
「はい」
「そうか……なぁ、母さん」
「どうしたんですか? お父さん」
これは同居解消まであるのか!? そうなのか!?
いや、まだ解消は良しとして、付き合ったばっかりなのに付き合いを解消させられるなんてそんな事になったら、あたしの気付いた恋心をどうしてくれるんだ…!
なんとか父さんを落ち着かせようとあたしも立ち上がろうとするが、落ち着け、と先生に阻止されてしまう。この男は一体何を考えているんだ。本当にこの関係が終了のお知らせになる可能性大の状況で、どうして落ち着いていられるんだ。
父さんの次に発される言葉を、待つしか無い。
「――…だ、母さん」
「なんですか? お父さん」
「宴会の準備だ、母さん!!」
「はいはい。秘蔵のシャンパンでも出そうかしらね」
「晋助くん! 不束な娘だが、どうぞよろしく頼む!」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願い致します」
状況を理解出来ていないのは、あたしだけ、……なのか?
母さんはニコニコ顔で鼻歌を歌いながらどこからかお酒を出してきていて、父さんは先生の肩を叩きながらワンワン泣き続けているし、もうなんなんだ、これ。
心配したあたしが馬鹿みたいじゃないか。
(2010/01/21)
(2019/09/03 再編集)