トシのケガは縫う必要も無く、消毒とガーゼの取り替えを欠かさなければすぐに治るケガらしかった。
帰宅した先生から報告を聞いたあたしは、緊張が途切れたようにリビングにへたりこんでしまい、両親に心配さられる事態となる。
その翌日、父さんと母さんはアメリカの会社からの呼び出しもあって、久しぶりの日本を名残惜しみながらまたアメリカに旅立って行った。


同棲、五十四日目。




月が変わり2月となったある日、あたしは机に向かって必死に教科書と睨めっこしていた。
銀魂高校は三学期制なので、年にテストが6回ある。学年末と期末は同じものとされているから終業式の二週間前くらいに始まるんだけど、今は2月の初旬。つまり、中間テストが目と鼻の先に迫って来ているのだ。そして、例によって銀八の馬鹿が連絡をするのを忘れやがったから、寸前に暗記物を詰め込もうと最後の悪あがきをしている真っ最中。
集中が途切れたからか全く頭に入ってこなくて、諦めて教科書を机の上に置いて溜め息を吐けば、タイミング良く先生が部屋に入ってきた。いくらなんでもタイミング良すぎだろ。
飲め。と差し出されたマグカップはあたしの物で、中にはホットココアが入れてあった。

「ちったぁ休めよ」
「いや、でもあの馬鹿天パのせいでただでさえ勉強時間が無いんで……って、なんでおでこに手を当ててるんですか」
「おめーがそんな事言うとは思わなかったからなァ、熱でもあるんじゃねェかと…」
「んなもんありませんっ!」
「ククッ、だろうな」

だろうなってなんだよ、だろうなって。馬鹿は風邪ひかないって言うなら、あたし去年誰かさんのせいで風邪ひいたもんね! 表向きだけど! 本当は二日酔いだけど!
言い返すことが出来なくて、黙々とホットココアを飲む。ふと名前を呼ばれて顔を上げれば額に軟らかい感触がした。先生があたしの前髪を上げていた手を離し、上げられていた前髪が一気に落ちてきて、少し痒くなった。

「…頑張れよ?」

そう言って先生は部屋を出て行った。ドアがパタンと閉まる。そして、あたしは自分の額に手を当てて、やっとでこちゅーされたことに気が付いたのだった。




テストが終わり、学生一同解放されたひと時を味わっていた。……一部例外を除く。

「銀八、お前マジで死んでよ。なんであたしらだけ残んなきゃいけないんだよ。マジ消えろ。死ね」
「名前さ、年々俺に対しての悪口激しくなっていってない? 銀ちゃん一応人間だから傷付くんだけど」
「名前が言ってることは間違ってないと思います。テスト終わったのになんでZ組は教室で待機なんですか? 説明しないとゴリラミサイルが先生に突撃しますよ」
「姐御頑張れーっ」
「ちょっ、待っ! ゴリラミサイルって俺だよねっ!? お妙さんそういうの止めませんか俺まだ死にたくないいい!!」
「えー、先生はゴリラミサイルを避けれる自信が無いので話を始めたいと思います!」

妙の気迫とゴリラミサイルの威力……ではなく、妙の威圧に逆らえない銀八が教卓の上に置いたのは、何かのプリントの束だった。
順に名前を呼ばれてそのプリントを貰っていく。プリントには、進路調査提出用プリントと書いてあった。

「いやさ、俺忙しくて配るの忘れてたんだよねー。今日って木曜じゃん? これ、明日まででさ」
「ゴリラミサイルゥゥゥウ!!!!!」
「ちょ、お妙さんっ、やめっ、ぎゃあああああああ!!」
「うおおおおおっ!!?」

間一髪でゴリラミサイルを避けた銀八にブーイングと、見事だと称賛する拍手が五分五分で贈られた。一方、ゴリラは銀八が避けたことによって、これまた見事に黒板に減り込んでいる。またあの馬鹿校長が怒るだろうな。あ、もしかしたら理事長先生かも。
銀八の今月の給料が少し不安になった。

「…って事でだ。ちゃんと家に帰ったら親と話し合って、進学か就職か。進学するなら大学、短大、専門学校云々のどこに行くかを記入して、学校が既に決まってる奴は学校名とか書いとけよ」
「進学先が決まってない人はどうすれば良いんですかー?」
「なんの職業になりたいか書いとけー。こっちで適当に候補挙げとくから」
「先生! エリザベスとお笑いをやりたいんですがどうすれば良いですか?」
「お前ら売れないと思うから止めとけ。親を困らすことはすんな。…それで、だ。就職希望の奴は職場の願望があるなら書いとけよー。はい、解散ー。誰かめり込んだゴリラミサイル処理しとけー」

最後は最後でいつも通り、一本調子の喋り方で締めた銀八が教室を出て行った。やっと帰れる。
トシと総悟と退が、一生懸命ゴリラミサイル  近藤を黒板から抜いている。その後の黒板には、ゴリラの顔の型が綺麗に表されていて気持ち悪かった。

「名前っ帰るわよ?」
「うん、今行く」
「駅前に新しく出来たバイキングのお店に行きたいアル!」
「あぁ、あそこか。早く行かなきゃ。並ぶの嫌だし」

神楽に引っ張られて教室を出ると、暖房の効いている教室と違って廊下は寒かった。でも、校舎内と外とでは外の方が当たり前に寒かった。
時折吹く風に体を震わせながら駅前に向かう。バイキングのお店にはぎりぎり待ち時間無しで入ることが出来たし、やっぱり神楽が居ると元がとれるというかなんというか、グループ料金制だったから安く済んだ気がする。
許容量よりも食べ過ぎたかもしれないお腹をさすりながら、三人で帰路につく。時間はまだ夕方前なはずなのに、だんだんとオレンジ色に染まる世界は感慨深い。

「そういえばさ、」
「どうかしたの?」

ふと、今日の銀八の話を思い出して声を出した。二人は興味を示して聞き返してくれる。

「二人は、大学どこ行くの?」
「そうね…まだあんまり考えてないわ。大学には行きたいけど、家の事もあるし」
「そっか。神楽は?」
「私も特に決まってないアル。パピーがうるさいから一応進学するネ」
「二人は進学かー」
「名前はどうなの?」
「あたしも決まってない。何かをしたいっていうのとか無いし。でも、まあ、進学だろうな。どこに行くかとか決まってないけど」
「そういうものよね、やっぱり」
「もうすぐ受験生って言っても、実感なんて湧かないアル」
「三年になったら湧くのかな、実感」
「どうかしら。名前の事だから三年になってもいつも通りだと思うわ」
「あたしが変わらないなら、妙と神楽も変わらないと思うよ」
「ちっちっちっ、甘いネ名前。私はナイスボディのグラマラスになってるに違いないヨ!」
「神楽は後二ヶ月でグラマーになるんだ。うん、楽しみにしとく」
「工場長に二言はないアル!」

久しぶりに神楽の口から工場長という単語を聞いた気がした。思わず笑ってしまう。しんみりするのはまだ早いと思ったけど、三年になっても妙と神楽、それから他の皆と一緒にZ組で居たいと思ってしまった。

「じゃあまた明日アル」
「うん、バイバイ」
「遅刻しちゃだめよ?」
「わかってるってば」

分かれ道で二人と別れて一人帰路につく。携帯で今の時間を確認すれば16時だったので、ついでにスーパーに寄って夕飯の買い物を済まそうと考え歩みを進めた。

スーパーで何を作ろうか考えながら籠の乗ったカートを押している時も、頭の片隅には大学進学の事が離れずに居座り続けていて、その事を帰ってきた先生に言うと鼻で笑われたのは言うまでもない。

「去年の三者面談で銀魂大学に行くって決めただろうが」
「そうですけど、…なんか、行きたい学科とか無いなぁと思って」
「銀魂大学は空知学園と並ぶくらい学科が大量にあるんだ。進路資料室でパンフレット見てみろ」
「…わかりました」

お風呂上がりの缶ビールは、先生の欠かせない日課の一つだ。飲みながら今日渡された進路調査のプリントを見る先生の髪は、珍しく半乾きのままだった。
他に何か悩んでんのか? 先生と目が合う。言葉を濁しつつも否定すれば、先生は喉を鳴らして笑った。

「合格するかの心配なら、俺が貰ってやるから安心しろ」

缶ビールを飲み終わったらしい、台所にある分別用ごみ箱に捨てに行くために立ち上がり、頭をくしゃくしゃ撫でられ、去り際にそう言われた。
子供扱いされてる気もするけど、先生がそう言ってくれて嬉しかった。
ボールペンを手にとって第一希望の所に高杉先生と結婚と書いてみた。あほらしい。こんな事をするのは少女漫画のヒロインくらいだと思ってたけど、書いてみると案外幸せに浸れるものだと思った。


翌日プリントを銀八に提出すれば無残にもプリントは跡形も無く破られた。

(2010/02/04)
(2019/09/03 再編集)