同棲、六十一日目。



春。新学期。桜の花びらが散る桜並木をセーラー服で歩くのがこれで最後と考えると、なぜか恋しくなってきた。
携帯で桜散る光景を撮影していると名前を呼ばれたので振り返る。妙と神楽が正門で手を振っていた。

「おはよう名前」
「おはよう、妙、神楽っ」
「クラス表があっちに貼り出されてたヨ」

いつもの三人でクラス表の掲示板を見に行けば、やっぱりZ組で、担任は変わらず銀八だった。
近くに近付いてきたトシや総悟がまた同じかと言い、ゴリラは相変わらず妙に言い寄って殴られる。いつも通りのクラスメイト。
これからまた楽しい一年が始まる。あたしの胸は高鳴っていた。
教室に鞄を置きに行って、例によって屋上で時間を潰そうと皆と違う方向へと進めば、あたしを見張っていたらしい銀八に体育館へ行くように釘をさされてしまう。バレたか。というか、銀八をいつかストーカーで訴えられないかと考える。無理か。
銀八に監視されながら遅れて体育館へと向かえば、一階廊下の手前にある保健室が見えた。そういえば、と保健室へ視線を向け高杉先生の名前を出せば、銀八が上擦った声でそれを遮断してきた。

「ほら、名前、他の奴らは先に行ってんだから早く行くぞ」
「え、それはわかってるけど……どしたの?」
「何がだよ」
「あたしに何か隠してる?」
「何をだよ」
「声、震えてるんだけど」
「そんなことありませんー。銀さんはいつも通り普通ですー」
「いつも普通じゃないじゃん」

銀八の態度は明らかにおかしかった。だがそのおかしさを春だからだろう、とか、新しくこの高校で勤務する教師の誰かがとてもタイプなんだろう、とかなんかそういう想像の範囲で考えた結論がしっくりきたのでそれ以上何も聞かなかった。
でも、あたしの意識は体育館に入るまで保健室から、正確には保健室に居るであろう高杉先生から離れなかった。

「あら、珍しいわね」
「屋上じゃなかったのか?」
「銀八に捕まった」
「それはどんまいアル」

Z組の場所へ向かうと、何故かあたしの席はトシの隣だった。
神楽とトシに挟まれる形で着席すればタイミング良く始業式が始まり、ざわざわとしていた体育館内はすぐに静かになる。

「只今から、始業式を始めます」

教頭が開式の言葉を言い、そこからプログラム通りに始業式が進んでいく。
ふと職員席の方を見遣ると銀八が周りにバレないように俯いて寝ている。職員席から一番遠い三年Z組のあたしにバレているんだから、意味は無いような気もするけど。
厳かな雰囲気の中、始業式は続き、次に教師の紹介へと進んだ。

「今年から我が校に赴任して来た新しい先生達じゃ」

バカ校長の言葉を合図に舞台へと上っていく数人の教師の中に、どこかで見たことのある女性が一人居た。お店に来たお客さんかな、と軽く考えるが、その女教師が笑顔を見せながら自分の名前と担当教科を言った瞬間、あたしの呼吸が止まる。
頭の中が真っ白になった。目の前が真っ暗になった。真逆過ぎる思考と視界に全神経が止まった。

「野邊名前です。担当教科は家庭科。皆さんよろしくお願いしますっ」

咄嗟に高杉先生の方を見た。そして見なければ良かったと後悔した。さっきまで寝ていたはずの高杉先生は、舞台上に立ってマイクを持ち饒舌に話す女教師を見て、周りに分からないように微笑んでいた。
その笑みは一年間一緒に住んでいるあたしにしか判断できない、先生の事を知っているからこそ分かる笑みだと思う。基本、先生は顔に感情を出さないから、ほんのちょっとでも口角が上がれば、それは微笑んでいる事に繋がる。そう、だから、先生はあの女教師を見て、微笑んだ、のだ。
ああ、最悪だ。先生の隣に座っている銀八を見ればまだ寝ていた。銀八の隠していた事はこれだったんだ。それに先生からも何も聞いていない。…最悪過ぎる。
今のあたしには、銀八と同じように俯いて寝た振りをするしか、その場を乗り切る術がなかった。


波乱の一年が幕を開けた気がする。

(3Z編スタート!2010/04/15)
(再編集 2019/09/04)