同棲、六十二日目。
あの女教師の事を銀八に問いただそうとロングホームルームが終わってから話し掛けると、なんともバツが悪そうな表情をして後で国語資料室に来るように言われた。
他の国語教師は職員室や図書準備室に居ることが多いのだが、銀八は職員室よりも国語資料室によく入り浸っている。他の教師が利用することが滅多にない、銀八自身の個室と化している国語資料室に呼び出すという銀八の意を察するに、誰にも聞かれたくない話なんだろう。
長くなりそうなのでお昼からのバイトを2時間程ずらしてもらえないか神威さんにメールをすれば、すぐに了承の返信が返ってきた。
「名前、このあとカラオケでもどうかしら?」
「ごめん妙! 今日はバイトがあって…」
「またクソ兄貴アルか」
「うん、ごめんねっ」
「バイトなら仕方ないわね」
あながち嘘ではない。バイトがあるのは確かだし、二人は疑い無くわかってくれたようでそのまま教室から出て行った。トシや総悟もいつものメンバーとじゃれあいながら帰って行く。
教室に生徒は居なくなった。校庭からは下校する生徒の声が疎らに聞こえてくる。そろそろ良い頃合いだ。
鞄を持って銀八の元へ行こうとすれば、何やら意味深な表情をしたさっちゃんがいきなりロッカーから飛び出してきて、呼び止められ、詰め寄られた。なんだか怖い。
ギロリと鋭い目をしたさっちゃんの考えている事を想像するに、きっと銀八関係なんだろうなと思った。あ、ってことは、さっきのやつか。
「名前、あなた先生には興味が無いって去年言ったわよね?」
「う、うん………?」
「じゃあさっき、先生と何を話していたの?」
やっぱりそうだったか。銀八を想うさっちゃんの気持ちはまさしく本物だ。あたしが高杉先生を想うよりも、もしかしたら大きいかもしれない。それくらいさっちゃんは銀八の事を好きなのだ。
でも、例の件を誰にも話したくない理由で国語資料室にあたしを呼んだとしたら、さっちゃんに話の内容を話すのはダメなような気がする。さて、どうするべきか。
どうなの? どんどん距離を詰められて身動きが出来ない状態になっていく。追い詰められたあたしが口にしたのは、成績の話だった。
「あ、あたしって、ギリギリ進級したからさ、その成績の話で、銀八は担任だからっていうので、えっと…」
「そんなに隠したいの?」
「いや、隠し事とかやましいことじゃなくて、成績がっ…」
「目が泳いでるわよ。嘘をつくならもっとマシな嘘をつかなきゃいけないわ」
どうやら見透かされていたようだ。あたしが何も言えないで居ると、軽く溜め息を吐いたさっちゃんが、先生と何かあったら許さないから、ととても冗談には思えない声色で言ったのでおもいっきり首を縦に振った。
怖い、怖いよさっちゃん。夢に出てきそうだよさっちゃん。
「友達なんだから、話せるようになったら話しなさいよ」
別れ際の一言にきゅんときた。男だったらあたしはさっちゃんに惚れてるかもしれないと思う。ナイスバディだし。銀八には勿体ないくらいだ。
さっちゃんはあたしが貰う!…って、違うか。
教室内に設置してあるロッカーから気配が消える。教室にはあたししか居ない。窓の外では桜の花びらが宙を舞っていた。
国語資料室に着き中に入ると、甘ったるい匂いが鼻をかすめて思わず扉を閉めてしまった。
胸やけしそう。開いた扉がすぐに閉まった事に驚いた銀八が国語資料室から出て来る。甘い匂いにやっぱり吐きそうになった。
いろんな意味で、国語資料室は地獄だった。
(2010/04/21)
(2019/09/04 再編集)