朝、新聞を見ていると特売のチラシが入っていた。
人参や玉葱が安くてシチューの素は半額以下で、今日はシチューにしようかと思ったが応援団の練習があるから買いに行けないし、夕飯は違うメニューを考えるとして、あたしはチラシを丸めてごみ箱に捨てた。
同棲、六日目。
人間って追い詰められたら笑うしか出来ないんだなぁ、とふと思った。
今現在大声で笑いたい状況なのだから、実感せざるおえない。もう恥ずかしくて恥ずかしくて嫌なんですけど。
「GO! GO! ずぃ〜組!!」
「名前! そこはもうちょっと股開いてくれた方が銀さん嬉しいんだけどな〜」
「消えろ天パ」
「すごいネ名前! 銀ちゃんの顔にポンポンがクリーンヒットアル!」
体育祭まであと三日と迫った今日、近藤が名付けた2Zチアガール選抜チームは、放課後の体育館を貸し切って担任である銀八に演技を見せていた。
胸にさらしを巻いて学ランを羽織った男組と提供者の東条が一夜漬けで改造したセーラー服チア衣装の女組に分かれて踊っているわけなのだが、女組があたしとさっちゃんってどうよ。妙、神楽、阿音、百音、九ちゃん、おりょう、花子が男装ってもう人数比率間違ってんじゃん。
「良い感じだったなー。これなら優勝間違いなしだぞー」
「先生! 私先生のためならずっと腰振って踊り続けるわ!!」
「落ち着いてさっちゃんんん!!」
「姉上、お腹が空きました」
「アンタ久々に声聞いたと思ったらその一言かよ。姉ナメんな」
「私もお腹空いたアル! 名前の足ばっかり見てたクズ天パを血祭りにあげたあと皆でファミレス行こうヨ」
「あたしの生足って 気持ち悪っ!!?」
「それは名案ね、神楽ちゃん」
曲が終わったかと思ったら、今度は銀八の断末魔が体育館に響いた。
あたしは参加せず傍観したままのおりょうと花子の元へ行くと、呆れて何も言えない状態みたいのようだった。で、特におりょうは頭を抱えている。さすが2Zの中で1番の一般人である。
「皆、楽しそうやなぁ」
「参加しない方がいいわよ。間違えて殴られるかもしれないから」
「おりょうちゃーん!! 結婚してくれー!!」
「さ、坂本先生!!?」
体育館の窓をぶち抜いておりょうに抱き着こうと突進して来たのは、何の教科か忘れたけど銀魂高校勤務教師の中でダブル天パの片翼、坂本先生だった。
いやいや、教師が生徒にプロポーズしちゃだめじゃん? 確かに女子生徒をたぶらかして毎日のように学校でナニかしてる某変態保健医はいるけどマネはしちゃダメだと思うよ!!?
「わしと結婚してくれェェ!!」
「きゃあああ!!」
「てめぇなにしてんだァァァ!!!」
花子の可愛らしい悲鳴と同時に、あたしの目の前で白いもじゃもじゃと茶色いもじゃもじゃがぶつかった。
一瞬の出来事だからよくわからなかったけど、妙が銀八を蹴って坂本先生とぶつからせ、おりょうへの求婚を防いだらしい。女子からは拍手喝采が起こり、衝撃で気を失った二人のもじゃ教師はもじゃをくっつけたまま床に倒れたもじゃ。
「うわー、天パともじゃが共演してるアルー」
天パももじゃも一緒の部類のような気がしてきたよ、あたし。
「さて、教室で着替えてからファミレス行くわよーっ」
妙のすっきりとした掛け声に合わせ、体育館内の隅にまとめて置いていた鞄を持って体育館を後にした。ダブルもじゃは勿論放置だ。
女子会に胸を躍らせながらも、練習中に気が散るといけないので切っていた携帯の電源を点けてみれば、メールが14件の表示。ほとんどメルマガだろうとメールボックスを開いたら、1件だけ違うフォルダに新着表示がある。……嫌な予感がした。
震える指でメールを開くと、今すぐ保健室に来い、という文字。差出人なんて見なくても分かる。
メールが来た時間はつい5分前。ヤバイよ、殺されてしまう。これは殺害予告だ。そうとしか思えない。
冷や汗が背中を伝っていく気がした。錯覚かもしれないが、そうだとしたらこの震えはなんだ。
「ごめん! あたしそろばん塾あるから早く帰るね!」
「そろばん塾って今時珍しいな。どこにあるん?」
「……地獄?」
むしろそろばん塾じゃなくて、今から行く場所の方が地獄よりも地獄かもしれない。
花子は大阪から引っ越してきたので会話が終わらなくて少しどうしようかと思ったのだが、妙からの助け舟でなんとか解放される。
妙様、明日ハーゲンダッツ献上させていただきます!
更衣をする為に教室へ向かう皆を見送った後、あたしはダッシュで保健室へ。
途中、部活動の休憩中らしい何人かの生徒にチアの格好を見られたけれど、今はそんな事どうでもいい。自分の命の心配しないと色んな意味で死んでしまいそうで怖い。
「おっ、遅れて、すいません…!」
保健室の扉を開けた瞬間にまた女子生徒とナニかやっていたらどうしようかと焦ったけど、タカスギ先生は一人デスクで仕事をしているようだった。
あたしに気付いて書類から目を離した先生は、7分の遅刻だ、とこちらを見るなりそう言って、仕事着である白衣をロッカーへ収納し、鞄に書類をしまったり帰り支度を始めたので帰るのなら何故呼び出したのか? と疑問が生じてしまった。
そのまま疑問をぶつけてみれば、鞄から何かを取り出して見せられる。それは、新聞とかによく挟まってるスーパーのチラシだった。
「それって今日の特売のチラシじゃないですか!」
「行きたかったんだろ?」
くしゃくしゃにしたはずのチラシは綺麗に伸ばされていて、そんなにシチューが食べたかったんですか? って聞いたら喉で笑われた。
「そういう事にしといてやるよ」
じゃあどういう事なんだ、なんて聞くのは怖いから口に出さないけど、本当にどういう事なんだよ。
もういいや、変態保健医の考えることなんか知りたくないし解りたくもない。とりあえず、着替えたい。
「おい名前、おめェもしかしてその格好で行くのか?」
「先生、よくあたしの考えてる事がわかりましたね。着替えたいんでベットのカーテン閉めて着替えても良いですか」
「俺ァそれでも良いと思うがな」
「嫌ですよナニ考えてんだ変態保健医」
「貧相な身体の女なんか抱かねェよ」
「……チクショー!!」
胸ちっさくて悪かったな! 胴長短足で悪かったな!
ベットの仕切りカーテン閉めて着替えながら、最近流行りのバストアップの薬を買おうか悩みました。あれ? 作文?
先生の思惑に気が付いたのは、カートに積まれた特売缶ビールパックを見た時だった。
(2008/08/12)
(2019/09/01 再編集)