同棲、六十六日目。



……最悪だ。
自分のしたことを悔いてもしょうがないなんて理解出来ているのに、何度も自分の枕に顔を押し付けてしまう。
数時間前、トシに抱きしめられている所を先生に見られてしまった。トシは、こけそうになったのを抱き留めたとフォローしていたが、多分、先生は信じていない。第一、あたし泣いてたし。
フォロ方十四フォローに出来ないフォローは無いと総悟が豪語していたが、あったじゃないか。つか、フォローって結構言いにくいんだけど。なんだよフォロ方十四フォローって。言いにくいことこの上ないんだけど。

  じゃなくて!」

ボスン、ともう一度、枕に頭を押し付けた。真面目に考えないといけない時なのに、変な思考が働いてしまう。あたしがあたし自身を邪魔してどうするんだ。
先生はあたしの腕を引っ張り、トシを残してマンションへと入って行った。引っ張っられているあたしも当然マンションに入って行くわけだが、去り際にトシに振り返れば真面目そうな表情のままこちらを見ていた。あたしは、トシが苦笑を浮かべながら手を振っているのを想像していたのに、これじゃあトシは、あたしの事を諦めてないみたいで  怖くなった。トシが怖いんじゃない、先生からトシに心変わりしそうな自分が怖くなった。
好きってなんだろう。人を好きになるって、なんなんだろう。
さっきから鳴り止まない携帯のバイブ音。トシからのメールや、妙からの連絡だ。
なんでもないよ、と返事をしなきゃいけないのに。いつもの自分にならなきゃいけないのに。それ見る気力も、携帯に手を延ばす気力も無かった。

「……入るぞ」

いきなり聞こえた、扉越しのくぐもった低い声に身体が反応する。あたしが返事をする前に、声を発した主  先生はドアを開けて部屋に入ってきた。
起き上がって先生を見れば、スーツからラフなTシャツとジーパンに着替えていた。

「なんの、用ですか?」
「土方のヤローと何してた」
「…トシが言った通りです。一緒に帰った、それだけです」
「じゃあなんで抱き合ってたんだ?」
「それもトシが、」
「どうして泣いてた」
「先生には、関係、ありません」
「……そうかよ」

先生がベッドに近づいてくる。先生をこんなに怖いと思ったことは無かった。
――逃げられない。
先生の右目は、あたしを射止めて離さない。

「おめーが関係ないって言うときは、十中八九関係あるんだよ」
「やっ、…!」

一瞬の事だった。目を閉じたその一瞬に先生はあたしをベッドに組み敷き、両手を頭の上に自分の手で縫い付けたように先生が覆いかぶさっていた。
顔が近づいてくる。固く閉じていた口が無理矢理こじ開けられ、舌が咥内に侵入してきて、舌同士が絡まり、ぞわぞわとした変な感覚が背筋を走った。

「……っ、や、だ…」

先生がいつもの先生らしくなくて、いや、むしろこっちの方が先生ではなく本当の高杉晋助なんだろうけど、いきなり過ぎて反応が出来なくて、つい拒否の言葉が口から出てしまった。
手首が痛い。あたし以上に、先生の手は震えているようだった。

「……わりィ」

本当に小さな声だった。
それだけ言ってあたしから離れてドアへ向かう先生の表情が見えなくて、わからない。
先生はあたし以上に自分の気持ちを伝えるのがヘタだ。そんなことわかっていたのに、あたしは部屋を去る先生の背中を見つめている事しか出来なかった。


掴まれた手首が鼓動のようにジンジンと波打っていた。

(2010/06/08)
(2019/09/04 再編集)