同棲、六十八日目。



とうとう体育祭本番がやってきた。
今回の応援合戦対決は、午前中に一年と二年の全クラスが。昼休みを挟んで三年とプログラムが組まれていた。
しっかりとテーピングの施された右足首に触れる。去年も足にテーピングをされた記憶があることから、体育祭はあたしにとって厄日なのだろうと思う。

「今年も優勝して、三年連続優勝を成し遂げるぞォォ!」
「オオォォォ!!」

銀八の鼓舞に皆が皆、拳を蒼天の空に向けて突き出し奮起した。
あたしは三年Z組専用のテント下でその光景を見守っているだけで、先日のリフト中に落ちた際に出来た足の捻挫の関係もあり、競技の参加は応援合戦のみとなっている。今回は出番が少ない。いや、全く無いと言っても過言ではないのだ。
開会式でバカ校長が饒舌な弁論を述べた後にあったプログラム1番のラジオ体操は、ほぼ全員と言えるだろう生徒が太陽光線と戦っていたようで。
現に、バカの長ったるい話のせいで、何人かの生徒は保健室送りになっている。先生も大変だろうなぁ、と考え、そしてそんな事を考えた頭を振った。

「名前、どうかしたのか?」
「え、あ、ううん、なんでもない」

いきなり頭を振り出したあたしを不思議に思ったらしい九ちゃんが顔を覗き込んでくるが、なんでもないことを告げると、そうか、と言ってもうすぐ競技が始まるであろうグランドに視線を戻した。
先生とは、保健室で喋って以来、まだ言葉を交わしていない。話を掛けようと何度も実行に移せば、必ず野邊先生が近くに居たり、銀八に阻止されたり、先生自身の帰宅時間も遅くて話し掛けれなかったりしたのだ。これはもう、先生から話し掛けられるのを待つしかない、と自分から声を掛けるのは諦めた。
今も、救護テントに視線を遣れば、先生が野邊先生と話しているのが見える。もう一度、足のテーピングに触れてみた。

「何か違和感があるのか?」
「えっ、いや、そんな事はないよ」

足にテーピングを巻いてくれた本人であるトシが、あたしが執拗に自分の足を触るものだから何かあったのだろうかと話し掛けて来てくれた。
スポーツマンは一人前にテーピングを巻けないといけないらしい。足に巻かれているテーピングの処置は、先生に勝るとも劣らず綺麗だ。

「痛んだりしたらすぐに言えよ?」
「ん、わかった。ありがと」

軽い会話を済ませ、トシは出場競技招集アナウンスが流れたので入場門近くまで駆けて行った。ほとんどの生徒が招集場所の入場門に向かっているからか、3年Z組のテントの下には、あたしと地味その1とその2とグラサン。そして屁怒呂くんしか居ない。このメンバーで何を話せば良いかなんてわからないし、共通の話題が無い。つまり、暇なのだ。
暇すぎて暇なので、ゴロン、とブルーシートの上に寝転がってみた。砂のざらざらとした感覚が背中に伝わって、寝心地は最悪だ。

「苗字さん」
「……ん? どうしたの? 屁怒呂くん」
「いえ、最近、元気が無いようなので、大丈夫なのかなと思いまして」
「んー…うん、大丈夫。生きてるし」
「本当ですか?」
「ほんとだって」

だからその顔で近付いて来ないでほしいな怖いから。顔のアップはまだ免疫が出来てないから本当に!

「苗字さんが明るくないと、皆さん調子が狂うみたいなんです。いつも話の中心に居るのは苗字さんで、皆さんに元気を与えているのは苗字さんなんですよ」

だから、辛い時は誰かに相談するなりして、全部吐き出して、いつものように皆に元気を分けてください。
屁怒呂くんの言葉が、なんだか嬉しくて、泣きそうになった。プログラム2番のクラス対抗男子200メートル走予選が始まったことを知らせる銃の音が鳴る。Z組代表はゴリラだった。
スタートダッシュをミスったゴリラは、順位を3位に保ちながらも2位を走るB組とは少しの差がある。予選通過は1位でないと決勝には進めない。ゴールにはまだ距離がある。抜かせる見込みは少しあると思う。あたしはテントから出て仁王立ちになった。

「ゴリラァァァア!! 決勝にいかないとてめェのケツ4つに割るからなァァ!!!」

あたしの言葉にゴリラが何を思ったのかはわからないけれど、ぐんぐんとスピードを上げ、自分の前を走る二人を一気に抜いてぎりぎり1位でゴールしたのだった。次の女子200メートル走予選の神楽、男子500メートル走予選のトシ、女子500メートル走予選のたまちゃんも1位通過をし、我が3Zは着々と決勝進出を決めていったのだった。

「次は女子1000メートルリレー予選か……確か、妙と神楽と九ちゃんとさっちゃんが出るんだよね。…これ、応援しなくても良くね?」
「元気が出てきたみたいね」
「ピー」
「二人とも、えっと、お久しぶり…?」
「久しぶりって何よ! 私達、あんたと一緒にチアの練習もしてたんですけど!」
「姉上、うるさいです」

久しぶりに見た阿音百音姉妹は、姉妹喧嘩しながらあたしの両サイドに座った。
喋るのも声を聞くのも久しぶりのような気がする。去年までは主要メンバーだったのにね、お疲れ様。

「とにかく、やっと元の名前に戻ってきたみたいで良かったわ」
「元のあたし…?」
「ずっと、なにやら思い詰めた表情をして心配してましたから、姉上が」
「ちょっと百音! 余計な事言わないでちょうだい!」
「このツンデレ姉上」

お願いだから、あたしを挟んでの喧嘩はやめてほしいんだけど、言っても意味ないので自動的に収まるまでグランドを見ておくことにした。
女子1000メートルリレー予選の真っ最中。神楽がアンカーの九ちゃんに襷を渡したところで、前には誰も走ってはいない。一位通過が確定していた。

「……とにかく、」
「あ、もう姉妹喧嘩終わったんだ?」
「とにかく! 何かあったら溜め込まずに相談しなさいよっ?」
「はーい」

阿音は意外と友達想いなところがある。さすがツンデレ巫女だ。ってことは百音はクーデレ巫女だろうか。
まだ何か言っている阿音の言葉を聞き流してグランドでまだ続いている女子1000メートルリレー予選を見ていると、体育館の方からバドミントンのラケットを持ってこちらへと歩いてくる退の姿が目に入った。肩で息をしているあたり、一人ミントンをしてサボっていたのだろうか。つか、お前、さっきまで地味その2として近くに居たんじゃないの?

「退、何してたの?」

阿音との話を早々に切り上げて退に話し掛ければ、退はきょとんとした表情の後に首に掛けていたタオルで顔の汗を拭きながら笑顔になった。

「何って、ミントンの試合だけど?」
「そんなの、あったっけ…?」
「体育館で、ミントンとバスケの予選が行われるんだよ。ちなみに、この二つは今年から採用された競技なんだって」
「ふ、ふーん。…体育祭の話し合い全然聞いてなかったからなぁ」
「まぁでも、応援合戦しか出ないなら仕方ないよ。さて、初戦勝って次の試合呼び出しまで暇だし、皆の応援しなきゃ」

なんだか今日は滅多に登場しない人ばっかりと話しているような気がする。3Zに分配されたテントの下には、いつの間にか地味その1である新八君とグラサンであるマダオ、それから屁怒呂くんもどこか行っているようで姿はなかった。何かの競技に参加するのだろうか。なにはともあれ、あたしは精一杯、皆を応援するだけだ。


体育祭はまだ始まったばかり。

(2010/07/08)
(2019/09/04 再編集)