同棲、六十九日目。
Z組の快進撃は止まるところを知らなかった。
全ての競技で1位になり、他のクラスを寄せ付けないほどに点数を重ね、点数の掲示されている掲示板を見れば、例年通りの全学年全クラス対抗となっているわけではなく、ただのクラス対抗となっているようだ。
しかし、初めの内に気づかないといけないことが一つだけあった。
「Z組って、…あれ?」
掲示板には、1A2A3A、1B2B3B、というようにパネルが分けられ、その下に点数が書かれているのだが、Z組はあたし達3Zとまた子が居る2Zの欄しかない。あるはずの1Zがないのだ。
何度も見直すが、やっぱり1Zが無い。入学式にあたしは出てないから、その真意を知るべく2Zのテントへと向かった。
「また子って、居る?」
テント下で休む2Zの生徒の中からまた子の姿を捜すのは簡単だった。
首から一眼レフカメラを提げたまた子は、袖に新聞部のワッペンをつけている。
「先輩、どうしたッスか?」
「あのね、あたし達Z組って、一年が居ないじゃない?」
「今年から偏差値が上がったおかげで、問題児が入ってこなくなったんスよね。いい迷惑ッス」
「……あ、そうなんだ」
「え?」
「いや、なんでもないの。えっと、学年毎の競技とか、大丈夫かなーって」
「その辺は任してください! 2年Z組は皆、先輩のファンッスから!」
いや、意味わかんないんだけど。あたし、ただの凡人なんだけど。ファンってなんなんですか、ファンって。
「1Zが無い以上、Z組全体の全競技1位通過をしない限り優勝出来ないッスから」
任せてくださいッス、と言うまた子の目は輝いていた。
まぁ、1Zが無い理由も聞けたからあたしがもう2Zのテントに居る必要も無くなったので、踵を返して3Zのテントに向かうことにする。
また子にはちゃんとお礼を言ったし、午前の競技終了にはまだしばらくあるし、あたしは太陽光線と戦いながら足を進めた。
「……えっと、苗字…さん?」
聞き慣れない声に呼び止められた。
艶っぽい声の主を確認しようと振り向けば、髪の毛を風に靡かせ、白のTシャツと紺のジャージのズボンを穿いた、野邊先生が立っている。
あたしとは違う出るとこが十分過ぎるほど出ている身体に嫉妬してしまったのは内緒だ。
「少しお話したいんだけど、構わないかしら?」
「……あたしに、何の用ですか?」
今、先生が近くに居なくて良かったと思った。もし先生が居たなら、態度云々であたしを注意しているはずだ。
銀八がよく言うのだが、どうやらあたしにはツン要素が強いらしい。普段は無意識なんだけれど、こういう時にそれを実感する。
「教師が生徒と親睦を深めたいと思うことはいけないことかしら?」
「では、どうして一年を担当されている野邊先生が三年の生徒と親睦を深めたいと思われるのでしょうか?」
「それは、…あなたが晋助と関係があるからよ」
口に出した言葉を一息で言ったのにも関わらず、野邊先生はあたしにあっさりと返答して来た。
先生との関係。……それは親戚同士だということなのか。同居しているということなのか。それとも、…今はぎすぎすしてるけれど、付き合っている、ということなんだろうか。
頭が混乱する。それを表に出さないようにしていれば、野邊先生は大人がよくする勝ち誇った笑みをあたしに向けた。
「大学時代、晋助とは付き合っていたのよ」
痛いほど理解している事を言われても、何とも思わなかった。ただ、目の前にある整った顔の勝ち誇った表情にムカついた。
野邊先生はあたしの返答を待たずにムカつく表情のまま言葉を続ける、適当に聞き流す事を決め込む。
「 それで、今、苗字さんは晋助とどういう関係なの?」
「……は、?」
「同居…してるんですってね?」
「両親が仕事の関係で渡米してまして、遠い親戚ということで高杉先生には面倒を見ていただいてます」
「…そう。私、苗字さんみたいな可愛い親戚が居るなんて聞いていなかったから」
「あたしも、去年まで高杉先生が親戚とは知りませんでしたので」
「そうなの?……あ、晋助!」
野邊先生が嬉しそうに、あたしの背後に居るだろう人物へ手を振った。
振り向いてやっと先生だと確信したのだが、先生はあたしを見向きもせずに、でもあたしの隣に立って野邊先生を見た。
「名前、学校では苗字で呼べっつってんだろ」
「あら、晋助だって私の事、名前って呼んでるじゃない。おあいこよ」
「…野邊教諭、」
「やだー、教諭だなんて晋助お堅いー」
「あぁ、もうわかったから黙れ。苗字、銀八が捜してたぞ。足は大丈夫なのか?」
やっとあたしを見てくれた。生徒として、見てくれた。しかし、あたしはその視線を無視して踵を返す。
この場に居たくなかった。それが一番の理由。
そして、苗字とあたしを呼ぶ先生が嫌だ。名前と呼んでくれない先生が嫌だ。それが二番目の理由。我ながら子供だと思った。
「足はトシがテーピングを巻いてくれたので痛みはありません。ご心配おかけしました」
「……あぁ」
また、教師と生徒の業務的な会話でしか先生と話す事が出来ない。なんか、むしゃくしゃした。やっぱりテーピングを巻き直すとか、典型的な理由で先生と二人きりになれないだろうかと思考を働かせ、よしテーピング云々を口実にしようと決めて先生を呼び止めるために振り返れば、ちょうど野邊先生がふらついて、先生が抱き支えたところだった。……最悪過ぎる。
「オイ、名前っ…!」
「平気よ、大丈夫。ちょっとくらっとしただけだから」
「熱中症か? 大人しく休んどけ」
やめて、やめて、やめて。先生、その人の心配ばかりしないで。あたしを見てよ。…お願いだから、その人じゃなくて、あたしを見て。あたしを、心配してっ…。
口を開きそうになったのを抑えるために下唇を噛み締めた。先生は、今、苗字名前ではなく、野邊名前を見ている。あたしじゃない名前を見ている。
醜い嫉妬だ。そんな事を考えた自分が嫌で立ち去ろうとすれば、ふらついて先生に今度は自ら抱き着いた野邊先生と目が合った。
野邊先生はあたしを見下したように笑った後、先生と一緒に歩いて行った。
(2010/09/11)
(2019/09/04 再編集)