同棲、七十三日目。
ほら、毎年の事じゃん? 体育祭に燃えすぎてその後の行事を忘れるなんて、あたし=それじゃん?
「……なんだ、これ」
「なんでしょうねー。赤ペンでバツがいっぱい書かれた紙に見えるんですけどー……一体なんでしょうねー」
「てめーの答案だろォが」
テーブルに置かれたくしゃくしゃの紙。計12枚。国語、数学、物理、化学、地学、世界史、日本史、現代社会、英語、倫理、情報、音楽の答案用紙。…を、見つめる高杉先生。と、テーブルを挟んでその正面に座るあたし。大ピンチ。
「なんだ、これは」
「答案用紙です」
「なんでくしゃくしゃになってやがんだ?」
「先生がくしゃくしゃって言うと、なんだか笑えますね」
「うるせェ。で、なんでなんだ?」
「捨てるものと間違えてくしゃっとしてごみ箱に……」
「何と間違えたんだ?」
「三者面談のお知らせ?」
「そっちも出せ」
つい口が滑ってしまった。後が怖いので、ちゃんと部屋に戻り、三者面談のお知らせ、と行書体で強調された紙を持ってくる。
くしゃくしゃな紙12枚に綺麗な紙がプラスされてテーブルに置かれた。
「これはどういう事か詳しく説明してくれるよなァ?」
「えーっと、これは、つまり、その…」
「あァ?」
「先生は、野邊先生とよろしくやってるわけですし、心配かけたくないなぁ、と」
「は? お前、それどういう…」
「じゃ、あたし、明日日直なんでもう寝ますね! おやすみなさい、タカスギ先生」
なんとか先生を振り切って部屋に入り鍵を閉める。
リビングから先生の呼ぶ声が聞こえる。なんとかごまかせた、よね、うん。
テストの点数も、三者面談のお知らせを見せなかったのも、先生への当て付けだったりはする。子供の考える、子供らしい当て付けだ。むしろ、当て付けじゃなく、あたしのただの独りよがりかもしれない。でも、先生にあたしを見てほしかったのだから、仕方なかった、と思った。
その甲斐もあって、少しだけ、ほんの少しだけだけど、先生と喋れるようにはなったから。この作戦は間違いではないだろう。
中間テストが終わり、春の遠足も終わった。
先生と付き合ってるのかどうかさえもわからない日々は葛藤の毎日で。自信が無い。野邊先生に勝てる自信が。
あたしって、先生の何? ただの親戚? ただの教え子? ただの同居人? それとも、恋人?
聞けるわけのない質問を部屋の白い壁にしても意味ないのはわかってる。面と向かって聞けないのは、あたしが弱い証拠だし、先生を信用していない証拠でもある。
去年の冬を思い出す。クリスマスに、先生に告白して、付き合えて、幸せだった。毎日が楽しかった。
……だけど、なんだろう、この虚無感。ぽっかりと穴が空いて、変な感じがする。
「……好きって、こういう事だったんだ…」
ベッドに寝転がり、枕に顔を押さえ付ける。今までこの体制で何度も泣いてたからか、はたまた涙腺が緩んでいるのか、そんなのあたしにはわからないけれど、泣きそうになった。鼻の奥がツーンとする。
「あー、もう……!!」
こんな気持ち知らない。こんな感情知らない。先生と話してるだけで、いや、話せるようになったのは体育祭の足の件があってからだけど、とにかく先生と話すだけで野邊先生の顔が頭にちらつく。ムカムカする。それが永遠ループ。
先生からしたら、あたしが一方的に怒ってるように見えるんだよな、多分。
だからといって言動を見直す気はさらさら無い。子供ならではの嫉妬だ。自分の玩具を知らない子供に取られたような、幼稚園児みたいな嫉妬。馬鹿みたいだとも思う。いや、成績面で言うなら馬鹿なんだろう。だからこんな行動でしか先生の興味を引き寄せられない。
あたしが自室に籠れば、誰かと電話しているのも知っている。その相手が野邊先生だという事も知っている。浮気を許容しているみたいだけれど、それを指摘するなんて子供のあたしには出来ない。かと言って、正面切って先生の恋人だと周りに知らしめることも出来ない。
やっぱり、無限ループに陥ってしまうのだ。思考回路なんて、どこかに行ってしまったのかと思ってしまうくらい、考えも何もまとまらない。
残るのは、野邊先生に対する嫉妬と、先生に対する苛立ちで凝り固まったどす黒い感情。
あー、嫌な女に成長しちゃったよ。昔飼ってた死んだ犬のケロイドよ助けてくれー。
…………もういいや、寝よ。
(2010/10/15)
(2019/09/04 再編集)