自分が意図してない瞬間、それは起こってしまった。


同棲、七十五日目。



警報。警鐘。警告。
うるさい。うるさい。うるさい。
危険。危険。危険。
あぶない。あぶない。あぶない。

「……晋っ、す…ん、」

後悔。後悔。後悔。

「ッ…名前…」

拒否。拒否。拒否。
逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。
……………どこに  ……?

「晋助、だめなの、私、貴方じゃないと…!」
「名前……、」

凝視。絶望。逃走。後悔。
頬を伝う涙で意識を取り戻した。
立ち止まる。思い出す。しゃがみ込む。俯く。止まらない。何が。嗚咽が。涙が。

「……名前…?」
「…、ぎ、ッ八…っ」
「どうしたっ? 何があった!?」

喋れない。話せない。口が動かない。
ぱくぱくと開閉する口を気にする間もなく、銀八に抱きしめられる。
涙が、止まらない。止められない。呼吸が、出来ない。

「落ち着け。話したくないなら話さなくても良い。だから落ち着け」
「う、っ……ッうぅ、!」

声を殺す。どうして? 声を出したら聴こえるから。
目を閉じる。どうして? 視界から全てを遮断したいから。
耳を塞ぐ。どうして? 声が聴こえて来そうだから。
誰の? 何が?

「……  高杉、先生。高杉先生をあたしの中から、追い出したい、の」

あたしがそう言えば、銀八は発色の良い色をした瞳を見開いて、静かに頭を撫でてくれた。
今日という日ほど、自分が保健委員になった事を、激しく後悔した日はない。
健康強化月間という、普段の生活態度を見直そうアンケート用紙をクラスで回収して、提出先である高杉先生の居る保健室へ持って行った放課後。
目の前に広がる、重なり合う人物。耳に入ってくる嬌声。目眩と吐き気がした。廊下に散らばる紙を気にする事なんてしなかった。
逃げて、逃げて、逃げて、立ち止まって、何も出来なくて。
銀八はそんなあたしを国語準備室まで連れてきてくれた。
椅子に座らされて、理由を聞くでもなく、ただ単に自分の秘蔵であるいちご牛乳を差し出してくる。

「こんな甘ったるいもの飲んだら吐いちゃう」

あたしが力なく笑えば、銀八は笑った。


波瀾万丈な夏が始まる。

(2010/11/14)
(2019/09/04 再編集)