嗚呼、神様仏様閻魔様。もう帰りたいです、むしろ帰らせて下さい。
同棲、七日目。
いよいよ体育祭が始まった。
2年Z組は例年通りの強さを見せて学年、及びクラス順位で首位を独走していた。
そんな状態を面白く思わない人物は少なからず居るわけで、むしろ校内ヒエラルキー最下位であるZ組が活躍する事をよく思わない人間が居ないはずなんてないのだ。
「あー。このままじゃ見ているだけの余が面白くないのでな。応援合戦で投票数一位になったクラスに一万点のボーナスじゃ」
なのにいきなりあのバカ校長が言い出した事がきっかけで、周りは少しでも応援が上手いクラスがあれば妨害行為を働き始めていた。
メンバー全員が寸前にケガをしたとか腹痛に見舞われたとかで出れなかったりで、体育祭の場は一時騒然となってしまったが、我がZ組は何も被害を受けていない。
実際、2年Z組のテント付近には地雷みたいな納豆みたいなモノが埋められていたり、いきなりバズーカの実弾が飛んできたりとトラップがかなり仕掛けられているからそのおかげだと思う。
でも、敵意剥き出しの視線は痛いほど突き刺さってます、現在進行形です。その視線の中でチアの準備をするのは何かの罰ゲームか新手のいじめとしか思えないです。
「……あ、」
「どうしたアルか?」
「ポンポン、教室に忘れたみたい」
教室で着替えてきたもんだからうっかりして大事なポンポンを忘れてきたらしい。
鞄の中を探しても無いし、どうやら本当に教室にあるみたいだ。きっと出場したくないというあたしの思いが行動になったんだな、とか勝手に納得して、それでも出場する為に取りに行こうと校舎に急ぎ足で向かった。
何人かから一人で行動は危ないなんて言われたが、もうほとんどのクラスの応援は終わっている。あたし達みたいなクラスを妨害しても意味はないと他の人達は思ってるだろうし、大丈夫だと言って、あたしは校舎に入って行く事にした。
階段を上って行く途中、グランドからの歓声が聞こえてくる。それは、どこかのクラスの応援が終わったことを知らせてくれた。
早く戻らないと妙や神楽を筆頭に他の皆にも殺されるかもしれないと考えると、その恐怖心からか足早になってしまう。
「机の中かな…」
職員用テントで爆睡していた銀八のズボンからパクった鍵を使い、教室を開け中に入って自分の机周辺を探せば、机の横にあるフックにちゃんと掛かっていた。
無くしてなかった事に安心しつつもどうして確認して教室を出なかったのだろうと自責しながら、来た時よりも急ぎ足で階段を下りて行く。
どうせ出なきゃいけないんだけど、練習した事が無駄になるのも嫌だからとりあえず頑張るか、なんて暢気に考えていたら、いきなり背中を誰かに押されたみたいで、身体が浮いて、重力に逆らうことなく、あたしはセメントで固められてワックスでコーティングされた床に、落ちて――、
「名前 っ!」
ドサッと音がした。痛みは、床についた足に、少しある、くらいだ。
怖くて閉じた目を開けてみると、あたしは、タカスギ先生の腕の中に……いた。
「せ、先生…!?」
「…ったく、」
あたしを抱え直す先生の髪は少し乱れていて、なんか、ちょっと汗をかいてるようで。
どうしてかと思って聞いてみると、黙ってろ、と流された。
この状況で黙ってるだなんて無理だ、とツッコミを咄嗟に考えてしまう。だけど、口に出したら何を言われるかわからないから、素直に黙っておく事にする。
横抱きされながら階段の方を見上げてみると、きっと先輩だろう、あたしを突き落としたと思われる女子生徒が廊下から顔を覗かせてものすっごい形相でこっちを見ていた。見なきゃ良かった、とすぐに視線を逸らすがこれは多分、後の祭り。
「先生、あたし、歩けます…!」
「黙ってろ、って言ったはずだ。大人しくしとけ」
「だ、大丈夫です! 先生のおかげでどこもケガしてませんから!!」
むしろお姫様抱っこされてるからなのか、後ろの先輩の視線が痛いんです。
多分あの人貴方のファンですから。だから一般市民のあたしを巻き込まないで下さい。
「……足、」
「え?」
「右足首、動かしてみろ」
「は、はい……い゛ぃっ !!」
「階段を下りてた時に押されたんだ。変に捻るのも当たり前だな」
言われた通りに右足首を動かしてみると激痛が走った。
いつものポーカーフェイスで説明なんかしてくれちゃって、本気で痛いんですよこっちは。この世で体験する痛さじゃないくらい痛いんですよ。どうしてくれるんですか。これじゃあ応援合戦出れないじゃないですか。……………あ。
「ああああああ!!」
「ンだよ、黙ってろって言ったろォが」
「せ、先生! 今すぐテーピングしてください! 応援合戦に出れなかったら、あたし、あたし……」
クラスメイト全員に殺されてコンクリートに固められて海に流されます! 跡形も無くこの世から消え去ってしまいます! クラスメイト全員共犯だから全員のアリバイが成立して完全犯罪の出来上がりじゃないか!!
「おめーには悪ィが、テーピングしても応援合戦には出させねェよ」
「な、なんでですか!」
「ドクターストップ、てやつだ」
「そんな…」
「焼き肉は諦めるこったな」
……絶望した。絶望した絶望した絶望した。
ああ、これなら妙の言ってたことを受け入れて誰かと一緒に来るべきだった。
皆ごめん、あたしのせいで体育祭二連覇は無理そうだよ。保健室の入口がだんだん近付いてきた。
あそこに入ったらもうおしまいだ。
あたしの出ないといけない種目は、まだ応援合戦以外にも残っているのに。
さようなら、焼き肉。今月の家計は火の車になりそうです って、それはダメェェェ!!
「先生!!」
「……今度はなんだ」
「あたし、どうしても応援合戦に出なくちゃいけないんです! 焼き肉も大事だけどやっぱり皆でこの日のために練習して来たのに、あたしのせいで優勝を諦めてしまうのが、物凄く嫌なんです! だから、せめてこの種目だけは、応援合戦だけは出させてください! お願いします!!」
「ダメだ」
咄嗟に考えた熱弁さえも一言で一蹴されてしまい、あたしはそのまま保健室に連行されてしまった。
ソファーに座らされ、先生は静かに足首の状態を確認するなり、湿布とそれを止めるテープ。それからネットなどを引き出しから取り出して、手慣れた手つきで処置していく。
手慣れてなかったらそれはそれでおかしいんだけどさ、家にいる時とは明らかに態度が違うから腐っても保健医なんだな、とか考えていたら、出来たぞ、と言われて我に返る。
右足首を見てみると、痛くないようにテーピングまでされている。ん? テーピング?
「……応援合戦だけだ。他は出るな」
「! あ、ありがとうございます!!」
「あと無理な動きはするな、…ってもう行ったのかよ」
最後に先生が何か言ってたけど、あたしは気にせず手首に巻き付けていたポンポンを振り回しながら保健室を後にする。
少し痛むけど、気にならない程度には痛さが弱まっていた。
とりあえずタカスギ先生には感謝しなくちゃ。よし、今度の夕飯は剛性にしてあげよう。
「名前! どこに行ってたアルか!?」
「ご、ごめん! 教室の中を探しまくってたから…」
「まぁ良いじゃない。ちゃんと来たんだからコンクリートで固めて海に流すのは無しにしてあげましょう」
「その代わり、サーティワンのアイス全員に奢れ」
「ねぇ百音ちゃん。命令口調はどうかと思うわ。だから、 名前、全員にサーティワンのアイスとハーゲンダッツ3個ずつ奢りなさいさもなくばコンクリートで固めて海に流すわよ?」
既に入場門で並んでいたZ組の所へ行くと、やっぱり死刑宣言された。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 奢るから許してェェェ!! つか、どっちにしろ命令じゃないかそれ!
「2年Z組の皆さんは入場してください」
アナウンスがグランドに響く。
あたし達はグランドの中心で円陣を組み、焼き肉狙うぞ、オーッ! と普通は優勝なのに一風変わった掛け声をして位置についた。
曲が鳴る。後は精一杯やるだけだ。
先生のおかげとは思いたくはないけれど、全力で動いても足は痛まなかった。
応援合戦は見事2年Z組が一万点を獲得。お昼を挟んで午後の種目でもあのバカが、つまらんからこのあとの種目も一万点じゃ、なんて言い、結局2Zを優勝させたくないんだろこのバカ! と野次をとばしても意味は無く、あたし達はこの後も全力でやるしかなくなった。
いつも何時も何事に対しても全力投球のZ組にとって、優勝して焼き肉という目標がある限りはあんまり変わりは無い事だけれど。
「おい、足」
「…………あ、」
「あ、じゃねぇよ」
借り物競走に出ようかとしていた矢先、タカスギ先生がZ組のテントにやってきた。
足、と言われてテントで休んでいた全員の視線があたしに突き刺さる。もしかして妨害されてたの? とか、ケガした状態で応援合戦に出たのかよ、とか心配して言われるんだけど、あたしは聖徳太子じゃないので口々に言われても聞き取れません。頭がパンクしそうです。
「まぁそういう事だ。名前は保健室で休ませっから、誰か代役たててやれ」
いつの間にか現れた銀八に言われ、重ねて土方にも、俺達でお前の分も優勝してやるからゆっくり休んどけ、なんて言われてしまったら。この後の種目を参加するというあたしの考えを突き通すことは難しい。
潔く返事をして、先に歩いてるタカスギ先生を追うように銀八と歩き始めた。
「アイツさ、」
「タカスギ先生のこと?」
「おう。アイツ、お前が帰って来ないって神楽が俺に言ったのを聞いてすぐに校舎に向かったんだぜ」
「え……」
「愛されてるね〜、名前ちゃん」
「ウザイよ銀八死ね」
なんて銀八に言ってみたものの、ちょっと嬉しいのは確かで。
多分同居して二ヶ月、そんなことが無かったからだろうけど、あたしは少し嬉しかった。
「いやいや、愛されてるね〜」
「黙れよ銀八殺すぞ」
それでもニヤニヤと笑うのを止めない銀八にボディーブローをかます。
あたしは床にうずくまって倒れる銀八を無視したまま保健室に入って行った。
仕方ないので、タカスギ先生から高杉先生に格上げだ。
(2008/08/24)
(2019/09/01 再編集)