同棲、九十一日目。



文化祭の準備は滞りなく進んでいった。店内で出す料理は、去年と同様神威さん達が手伝ってくれる事となり、まぁぶっちゃけメイド喫茶がキャバ&ホストクラブに変化したものと考えれば良いようだ。銀八曰く、キャッチコピーが、大人の世界をちょっと体験!……らしい。
そして、生徒のみで楽しむ文化祭一日目を明日に控えた木曜日である今日。というか、今。あたしはもの凄く、と言うか今までにないピンチを迎えている。
目の前には演劇部の人達。ずっとZ組だったあたしが、一般の生徒に土下座をされているのである。……なんでこうなった。

「お願い! 頼めるの苗字さんしか居ないの!」
「私達の卒業公演を助けて!」

どこで選択肢を間違えたんだろうか。それよりも、この人達とは話した事も無いのに、どうしてあたしに白羽の矢が立ったのだろうか。疑問は尽きない。
とにかく、目の前の同級生が言うに、出演予定だった子が階段を踏み外して足を骨折してしまい舞台に出れなくなったらしい。それで、あたしに代役を、というわけだ。
自分で言うのもあれだが、演劇なんて幼稚園や小学校の学芸会以来で、その道を極めているわけでもなければ進路をそういう系にしているわけでもない。だからどうしてあたしなのかを聞いてみれば。

「野邉先生に相談したら、苗字さんが最適だって言ったから……」

なのだそうだ。くそ、あの女教師め。覚えとけよ。
どうせあたしが舞台で失敗する所を先生に見せて笑い物にさせたいとか、そんな魂胆なんだろう。見え見えの策にあたしがのるわけないじゃないか。
――さて、手元にある台本はどうしたものか。

「あんなに懇願されて、尚且つ泣かれたら断るに断れないし…」

と自分自身に言い訳してみた。あの涙が演技だったなら、あたしは部長の子の将来を応援したい。いやもう本当に。
渡された台本を、自室の机の上に置く。役自体は脇役で、台詞数もそんなに多くないらしい。本番は文化祭の三日目だし、なんとか頭にたたき込んで、難しそうならカンペも出してくれると言ってくれたからには、なんとか頑張るしかない。
明日の放課後にあたしが代役を務める役が出る部分の練習を何回かして、二日目の放課後にもう一度通し稽古。最後に三日目の体育館の空き時間に最終確認をするのだそうだ。

「時間、なんとか作らなきゃ」

一度承諾してしまったものは仕方がない。何とかして最後までやり遂げなければならない。皆に秘密で。特に先生に。
あらすじは口頭で説明されたが、王国の姫とその王国にある騎士団に所属する騎士の話らしい。あたしの役は、その姫が恋い慕う騎士に恋してしまった一介の町人の役だそうだ。
話を聞く限り、結構重要な役じゃん。と思ったが、演劇部内でも代役は立てられないって言うし、本当に、受けてしまったものは仕方がない。
台本をぱらぱらと捲って内容を何度か読む。なんだこの悲恋。それが一番の感想だった。
姫が恋い慕う騎士はこの町人に惹かれていたらしい。本人同士の知らない両思いというやつで、騎士は姫と婚約をしながらも町人と逢瀬……昼ドラにも程があるぞ、全く。

「あの人を想う心に偽りなど無いけれど、敬愛する姫様を裏切ることも出来ない。……か」

そう言って教会で自決するこの町人は、結局この騎士とどうなりたかったんだろうか。自分を連れて逃げて欲しいと言えず、誰にも看取られずに一人死んでいってしまったこの子の気持ちは救われるのだろうか。
…なんて、ただの物語にこんな考えを持つのはおかしいのだけれど。

「あれ? ちょっと待て」

この町人が自決するのは物語の中盤だ。要所要所で出てくる町人は、結構話に噛みついている気がする。脇役って、こんなに出番あるものだっけ?
断ろうにももう深夜に近い時間だ。ドタキャンにも程がある。
後半には台詞無しだが騎士の夢に出てくるとか、もう何これありえない。笑えない。
受け入れてしまったものは仕方がない。一度承諾してしまったものは仕方がない。
本日何度目かの言葉を自分自身に言い聞かせて、もう一度台本を初めから読み直す。何度も読んで役の心境を理解することが大事とか云々、この間のトーク番組で俳優さんが話していたし、なんとか助けになれたらなりたいし。

「……まだ起きてるのか」
「もう寝まーす」

部屋の扉越しに聞こえてくる先生の声に生返事をして、あたしは台本を読むことに集中した。



そして翌日、あたしはまた大問題にぶち当たった。
正面衝突にも程がある。車同士の衝突なんてものじゃない。人と飛行機だ。もうあたしの心は木っ端微塵に砕け散った。

「どうしてこうなった」

全員の心中を銀八が代弁する。いやもう本当にどうしてこうなった。
朝、登校して教室に向かえば人集りが出来ていて、何事かと思えばこうである。なにこれ、泣きそう。

「ぼ、ぼぼぼぼボクは悪くない。悪くないんだ」

そう何度も声に出すトシ――否、トシの外見をした誰か。昨日までのトシとはまるっきり全てが違う。
昨日一緒に帰ったらしいゴリラは、昨日はこんなのじゃなかったともう一度言った。

「とりあえずさ、このままじゃあお店に出せなくない?」
「っ、!」

え、なになに。こっち見たトシの目が輝いたんだけど。いや、トシではないんだけど、なんであたし見て目が光ったの? え、怖いんだけど。

「名前さーん!!」
「ええええええええ!!!!」

あたしに飛び付いてくる、トシの外見をした誰か。
本当に、悪気があったわけではなく、思わず、トシの顔を思いっきりビンタしてしまった。

話を要約すると。去年文化祭に来たオタク系な中学生男子の内のトッシーと呼ばれていた男の子の方が、トシに乗り移ったらしい。
その男の子――トッシーは、今年銀魂高校を受験するはずが、寸前に交通事故で亡くなってしまった。
思いのほか入学したかったという念が強かったようで、名前の似ているトシに乗り移ってしまったとか。俄かに信じがたい話だけど、実際にトシではないトシが目の前に居るのだから信じるほかない。

「よし、ならこうしよう」

ずっと腕組みをしていた銀八が閃いたように口を開いた。

「お前、今日一日トッシーと文化祭回れ」
「はあっ!?」
「ありがとう坂田氏ィィィ!!」
「うん、本編ではそれで合ってるが、今は先生だからね俺。坂田先生だからね、俺」
「ちょっと待って下さいよ先生! 土方さんと名前さんが居なかったら売り上げどうするんですか!?」
「新ちゃんの言う通りだわ。私は反対よ」

反対の声はあるにせよ、あたしは今日一日トッシー君の相手をすることになった。

「皆さん駄目ですよ。先生がお決めになったのですから、それに従わないと。それに、売り上げ云々はクラス全員が一丸となって頑張れば良いのですから」

屁怒呂君の発言には皆反対できなかったのだから仕方がない。……うん、仕方がない。仕方がない。


波乱万丈な文化祭が始まる。

(2013/01/02)
(2019/09/06 再編集)