同棲、九十二日目。
何のトラブルも無く済ませたかった文化祭初日。それはもう悪夢のような三日間の幕開けだったのかもしれない。
そう思わないとこの状況やってけないですちくしょう。
「名前さーん! あれは何でござるかー!?」
誰にも見せた事のない超絶笑顔であたしの手を引っ張って行くトシ──否、トッシー。
そんな彼が手に持って掲げているのは、我が三年Z組のホスキャバクラブを宣伝するプラカード。似合わない、激しく似合わない。
「あれは写真部の写真展かな」
「ほほう。なかなか興味深いでござるううう」
お前はどこぞの音楽教師か。なんてツッコミは胸の内に隠しつつ、あちらこちらに動きまくるトッシーを追い掛ける。
何が楽しいのか。何がそんなに興味をひかれるのか。そんな事を聞くのは愚問だろう。
彼は今、自分が経験出来なかった日常を満喫する事しか考えてないのだから。
「……あ、」
そう言えば、トッシーと一緒に文化祭に来ていたもう一人の男の子は何をしているのだろう。トッシーと仲が良かったみたいだし、彼と同様にこの学校へと進学しているのではないだろうか。
「確かニート王になると言っていたはず」
……あ、うん。ただの中学生じゃなかったね、君達。
一通り校内の出し物を見て回り、後は校庭の出店を回るだけとなった。
トッシーのテンションは、その業界風に言えばギガントマックスとでも言うんだったっけ? なんか、そんな感じ。
トシのそんな表情なんて見ること出来るわけが無いから、ある意味面白い。目も瞳孔開いてるわけじゃないし。なんか、可愛い。
「名前さん、疲れてないでござるか?」
「疲れてないでござるよ」
いや、歩き続けで疲れてはいるけど、休みたいほどではないので嘘ではない。はず。
それでもトッシーはあたしをその場で待つように言い、数分後に戻ってきた彼の手にはチョコバナナが握られていた。
「よく冷えているので気をつけて!」
「え? えーっと…?」
「疲れた時はちゃんと言わねばわからんでござるよ」
あ、笑った。めちゃくちゃ良い笑顔。
トシじゃなくトッシーなのに、不覚にもきゅんとしてしまう。いやいや、あたしには先生が居るのに。
「……ありがと」
「男が女に尽くすのは当たり前なのですぞ」
喋り方には相変わらず違和感を覚えるが、素直にチョコバナナを戴くことにする。後で元に戻ったトシにお金を返すことにしよう、うん。
かぷり、と一口。甘いチョコの味と柔らかなバナナの味が口全体に広がった。うん、冷えてて美味しい。
「……………」
「なに?」
「やっぱり、名前さんは可愛らしいお方だなぁと」
「は、え?」
「拙者の見込んだ先輩でござる」
「…う、うん? これはありがとうで良いのかな?」
「ぐはあっ!!」
「今度は何っ!?」
「駄目でござるよ名前さん! バナナはかじりつくのではなく、もう少し優しく舌を使ってチロチロと――」
「さっきのときめきを返せこのオタク亡霊」
一瞬、トッシーがこの高校に入学しないで良かった、と思えた自分が居た。
ある程度敷地内を周りながらの宣伝も終わり、教室に戻って来ればそこは戦争でもしているかのようだった。忙しいオーラを醸し出したクラスメイト達が所狭しと動き回っていて、ガヤガヤと賑わう教室内。
いや、忙しいのはボーイ役と配膳役だけで、ホスト役やキャバ嬢役はソファー座ってお客さんの相手をしているだけなんだけれど。
「やーっと戻って来たなお前ら」
「何パフェ食べてんのバカなの死ぬの死ねよ天パ」
「いや、ほら、店忙しくなってきたから二人を探しに行こうかと思ってたらタイミング良く来てくれて先生うーれーしーいー!」
「気持ち悪い。銀八、もの凄く気持ち悪いよ。あと会話が成り立ってないから。とりあえず病院行く?」
「どうかしたんでござるか?」
「はいはい。理由は後でな。二人とも接客頼むわ」
「……は?」
思わずトッシーとハモってしまった。
今日は働かなくても良いんじゃなかったっけ? 何言ってるのこの天パ。馬鹿なの? 死ぬの?
「思った以上に大盛況でさ。これで今年の売り上げ一位も戴きだな!」
「だから会話が成り立ってねぇよこのクソ天パ! トッシーお店に出せるわけないじゃん! ほんと死ね! 五回ぐらい死んでこい」
「いやいやいやいや、待て待て待て待て名前! 仕方ないじゃんお客さん多いんだもん」
「もんとかキモイから。顔面殴らせろマジで」
今の状態のトシ、いや、トッシーがお店に出れるわけがない。
新八君達が加勢してくれたおかげもあって、なんとかトッシーはボーイ役として参加するという折衷案に落ち着いたが、これもこれで心配だ。
見て回るだけじゃなく、行事に参加する事も成仏のきっかけになる。とかなんとか阿音が言っていたが、本当にそう言うものなのかと疑問が残る。
準備されたドレスに着替え、胸元に多少の違和感を覚えながらも更衣室を出れば、花子がクシとドライヤーを持って待ちかまえていた。
何してんの。と表情に出ていたのか、花子がにっこりと微笑みながら安心しようとしているのか言葉を紡いだ。
「髪の毛のセットに決まってるやん」
うん、安心しなかった。もう一度更衣室にトンボ返り。
更衣室と言うのは語弊があるのかもしれないが、我がZ組は他の生徒が日常で使う教室よりも少し離れたところにあるので、周りは空き教室が多い。
お店としている自分達の教室。そして隣の空き教室を更衣室に。さらには家庭科室の利用許可。もっと言えば神威さん阿伏兎さん喫茶店コンビの手伝い許可。それから教室内の改造は源外先生にしてもらってる訳だから、銀八は意外と手を回しているのが良く分かる。
普段はちゃらんぽらんなのに、いきなり真っ当な先生になるのだから、本当に銀八という人物がわからないよ。
「はい、でーきた!」
「……うん、ありがと」
最近思う。花子は何になりたいんだろう。そんな素朴な疑問は頭の隅に追いやって一緒に教室へと戻る。
トッシーが目を回しながら働いている姿に、少し笑ってしまったのは内緒だ。
「グラ子どぅぇーす」
「妙です。宜しくお願いしますね」
「名前ですー。宜しくお願いしますー」
言っておくが、あたしは完全なる棒読みだ。
神楽も妙も、よく笑顔で媚びを売れるもんだなぁと思う。あ、いや、訂正。妙は媚びを売っているわけではないか。
二人がお客さん――と言っても同級生なんだけれど、その相手をしてくれている間に店内をぐるっと見回した。
阿音百音姉妹に、たまも居る。キャサリンとハム子は売り上げに悪影響を及ぼすとかでボーイでの参加もしてないが、確か家庭科から料理を持ってくる役に就いているはず。これも銀八が、より働いた方がコンパニオンとして参加出来るとか、言葉巧みに言いくるめたからなんだけれど。
「――名前さん、指名のお客様がお待ちでござる」
脇にやってきたトッシーが言う。
席を離れる旨を告げて、腰を上げた。
何番テーブルかを聞いていなかったので、とりあえずトッシーについて行けば、一番奥の、真っ赤なカーテンで仕切ってあるVIPルームに連れて行かれた。
この部屋は銀八が許した人しか通さない筈なんだけれど、……一体誰だろう。
「いらっしゃいませ。名前で――」
「孫にも衣装だな」
「似合っているでござるよ」
「名前ちゃんのそんな姿初めて見るなぁ。うん、扇情的でそそられるね」
「……何してるんですかお前らコノヤロー」
VIPルームに居たのは、鬼畜ドS変態保険医とサングラスござる教師と、現在進行形で厨房である家庭科室に居るはずのニコニコ三つ編みだった。
決して悪口ではない。決して。
先生と河上先生は見回りと言うのはなんとなくわかる。去年も確かそうだったし。でも、神威さんは仕事中ではないのだろうか。厨房の仕事はどうしたんだ一体。
慌てふためきながら仕事をする阿伏兎さんの姿が安易に想像出来た。
「やだなぁ。俺、サボってるわけじゃないよ? 阿伏兎と交代で休憩中」
「……神威さんがそう言うなら、信じます」
とりあえずVIPルームらしいやや上質なソファーに座る。
銀八がこのソファーをどこから取り寄せたのかは知らないけれど、レンタルだったら汚しちゃ悪いだろうなぁ。
「おい」
「はい?」
「……おめー、隠してただろ」
「何をですか?」
「晋助は知らなかったらしいでござる。演劇部の舞台の事」
いやいや、待って下さい。あたし誰かに言った覚えなんて全く無いのに、どうして河上先生も知ってるんですか。読心術とか心得てるんですか。
「野邉先生が言ってたでござるよ」
あたしの心を読んだかのように微笑みながら答える河上先生は、やっぱり読心術の使い手なのだろうかと思ってしまう。
先生からの鋭い視線にいたたまれない気持ちになって、コップに注がれているオレンジジュースをちびちびと飲んだ。
どうにかして話をそらせたいが、その話で盛り上がっちゃってるのでそらすことが出来ない。というか、神威さんの食いつきがハンパないです。
「劇って明後日だっけ? 俺も見たいなぁ、名前ちゃんの晴れ姿!」
「お前は家庭科室で仕事してろ」
「ひっどいなぁ、高杉先生ってば」
あれ? 少し違和感。先生と神威さんってこんなに仲が良かっただろうか?
確かもっと啀み合ってたというか、二人が揃うと火花がバチバチッと散るくらい嫌悪な仲じゃなかっただろうか。
戸惑っているのはあたしだけではなく、河上先生もそうだった。
二人で視線を見合わせて首をかしげる。
今その事について聞くのは野暮だろうと思ったので、また後日にでも聞いてみようかな。
「晋助、そろそろ時間でござる」
「……チッ。もうそんな時間か」
「俺もそろそろ戻らないと阿伏兎が怒りそうだなぁ」
「あー、確かに。阿伏兎さんって普段はそんな雰囲気無いですけど、怒ったら怖そうですもんね」
「ごめんね、名前ちゃん。もっと君と一緒に居たかったよ」
神威さんに手を握られ、見つめられる。
相変わらず整った顔立ちしてるなぁ、なんて思っていたら、手同士の繋がりはすぐに第三者の手によって引き裂かれた。
第三者とは、言わずもがな先生の事なんだけれど。
「行くぞ、万斉」
「あぁ。……苗字さん、無理はしない程度に、でござるよ?」
「はい、ありがとうございます。河上先生達も見回り頑張って下さい」
「名前ちゃん、俺も頑張るからね?」
「神威さんの料理って好評なので、出来ればあまりサボらないようにお願いしますね」
自分で言ってて少し笑ってしまった。
阿伏兎さん、もうすぐ奔放店長がそっちに戻りますよ。
会計時に鳴らすベルを鳴らせば、甲高い音が響いた後に、会計をする為に新八君がやってきた。
奢って欲しいと先生に駄々をこねる神威さんを軽くあしらいつつも、三人分の金額を払う先生はとてつもなく面倒そうな表情をしていた。まぁ、いつもの事なので気にしても意味は無い。
お三方を見送って教室内に戻れば、留守番をしていた犬のような表情でこちらにやってくるトッシー。
初めて体験する文化祭。テンションが上がってしまうのもわかる気がした。
今日のところは滅多に見れない笑顔を、報酬に乗り切ろう。
(2013/09/29)
(2019/09/06 再編集)