同棲、九十三日目。
生徒のみの学園祭一日目がもうそろそろ終わる頃。あたしはまた、トッシーを連れて校内を散策していた。
夕日の色に染められている校舎は、微かにオレンジ色に染まっていて少し幻想的だ。
明日明後日の本番に向けて片付けをしたり準備をしている野外の売店を通り抜けていく。
トッシーは笑っているだけで、会話はしなかった。
行きたいところがあると言われて教室から外に出たのだが、結局どこに行きたいのかは教えてもらえなかった。
到着したのは、開放が明日からとなる体育館だった。靴を脱いで中へ入っていくので、必然的にあたしもその背中を追った。
体育館の中は、文化祭用に飾り付けをされていた。客席となるパイプ椅子が所狭しと並べられ、銀魂高校文化祭と看板が釣り下げられている。
「本当だったら――」
やっとトッシーが言葉を発した。
「本当だったら、ここで入学式があったりしたんだね」
「……そうだね。初々しかったよ。今日のトッシーみたいに皆ウキウキしてたかな」
また、トッシーが無言になった。
色々と考えてしまっているんだろう。何を考えているのか言葉で表せれないけれど、想像はできた。
壇上には司会用の机が置かれていた。
いい思い出を作ってあげようと考えるより先に体が動いていた。
トッシーを客席の一番前に座らせ、あたしは司会席へと向かう。何をするのかと不安になっているトッシーに微笑みかけながら、あたしは声を出した。
「新入生代表、トッシー!」
「えっ、な、なんでござるか!?」
「ほら、早く壇上に上がって!」
あたしに促されるまま壇上に上がったトッシーは、何が何だか分からないようだった。
客席の一番前に座っていたから気が付かなかったのも仕方が無い。
体育館には、銀八を含む三年Z組の全員が勢揃いしていたのだから。
「おい、トッシー」
やる気のない銀八が、やや声を張り上げた。
「お前は入学出来ていないとかなんだかんだ考えるかもしれねぇけど、文化祭を俺達と過ごしたんだからお前はもう銀校の生徒だ。Z組の仲間だ」
トッシーが涙ぐんでいる。
銀八の言葉に全員が微笑んでいた。
「トッシー、喋って」
あたしも、全員がここに来るとは思っていなかったけれど、皆がトッシーを思う気持ちが嬉しくて、泣きそうになる。
嗚咽を我慢しながら、トッシーは声を出した。
「せ、拙者は……ボクは、最初は高校とか、興味無くて、親に言われて、この、高校の文化祭に去年来ました……。そしたら、名前さん、や、っ、他の皆が、楽しそうで、高校に入るなら、この学校にしようと、思ってました、っ」
それから入学する為に受験勉強を頑張った事、アニメやゲームを絶って全国模試などを受けていたことをトッシーは話していく。
皆あくびをすることなど無く、真剣にトッシーを見つめて話を聞いていた。
「入学する事は、出来なかったけど、……また皆さんに会えて、体験出来なかった高校生活を体験、出来てっ、とても嬉しかったっ……! 本当に、本当にっ、ありがとうございましたっ!!」
一礼する。トシの顔は涙と鼻水でイケメンが崩れてしまっているけど、今はトッシーなのだから気にしない。
「お前はもうZ組なんだから! また気にせず遊びに来いヨー!」
「その時はまた土方さんが体を貸してくれまさァ」
皆が思い思いにトッシーへと言葉を投げ掛ける。
あたしも、楽しかった旨を伝えた。
「名前さん、本当に、ありがとう」
首に掛けていたZ組の宣伝タオルで顔面を拭いたトッシーは、最後に笑って、そして、消えて行ったのだった。
「――だから俺の記憶が無いわけか」
トッシーからトシへと戻って、今日の一連の話を話すと、納得しないものだと思っていたのだが、意外と簡単に納得してくれた。
トシにトッシーの記憶が無いのは仕方ないとは思うが、総悟が隠し撮りした泣き顔の写真を見せると、いつも通りに乱闘しだしたので、日常が戻ってきたのだとわかる。
トッシーは本当に入学したかったんだなぁ、と先生の車の中で今日一日を振り返っていると、自然と笑みが溢れていたようで、何かあったのか? と聞かれてしまった。
「今日はとてもいい事があったんですよ」
「ほぉ……それは良かったな」
「明日からの文化祭も頑張れそうです」
「演劇部の舞台もか?」
「あー、忘れてたのに! 先生の意地悪!」
車で一緒に帰らない、なんて言っていたのに、自分が気に掛けた時だけ送ってくれる先生の行動。ついでに、文化祭で忙しい事を言い訳にして先生との接触もあまり無いようにしていたのだけれど、今日はトッシーの事もあってか話しやすかった。
今なら、携帯を見た事を言えるかもしれない。と、口を開こうとするが、良く分からない気持ちが邪魔をして、結局聞けないままマンションに到着してしまった。
地下駐車場に車を停車して、一緒にエレベーターへと向かう。先生が無言なのはいつもの事だ。
「……――名前、」
呼ばれて振り返れば、すぐそばに先生の真剣な顔があった。鋭い瞳からは、心の内を読まれてしまいそうなそんな錯覚を思い起こさせる。
吃りながらも、なんですか? と聞けば、エレベーターは開いているのに、先生は足を進めようとはせず、あたしを見つめてくる。
「何があった」
疑問じゃなかった。答えろ、と言われている気がする。
「だから、今日は――」
「今日の事じゃねェ」
一刀両断されてしまった。
エレベーターの扉が閉まる前に、先生を振り切ってなんとかエレベーター内へと入れたが、結局閉まる前に先生も乗ってきたので、逃亡は失敗してしまった。
先生の鋭い目つきは変わらずあたしを見てくる。答えるまで、逃げても追求されそうだ。
「あの、……えっと、」
「なんだ、早く言え」
あたしがしどろもどろしてる間にもエレベーターは上へ上へと上がっていく。
階に到着すれば、あたしが逃げるのを見越してか、手を掴まれ、そのまま家へと入った。否、入らされたと言う方が正しいのかもしれない。
鍵をかけられ、完全なる密室だ。ここで何をされようが、あたしは抵抗出来ない。
玄関の壁に体を押し付けられて、あたしの顔を挟むように先生の手が壁に置かれている。逃げられない、と悟った。
「言え。野邊に何かを言われて俺を避けていたのか? それとも、おめー自身が俺を避けていたのか?」
「っ、」
言葉に詰まってしまう。正直に言ってしまえば、携帯のメールを見た事から話さなければいけなくなるし、その事に関してはかなりのお怒りを喰らうだろうと思う。
けれど、本当に怖いのは、先生が野邊先生に心変わりをしてしまっているのではないかと。その事実を言われるのではないかと。それが、一番怖い。
「あの、……メール、を、見ちゃったん、です」
それでも、先生には嘘をつきたくなくて。あたしは正直に本当の事を言うのだった。
「メール……だと?」
「はい。あの、先生のお誕生日をお祝いした日に、先生がお風呂に入っている時に……野邊先生から着信があって、それで、メールが来て……見ちゃいけないって思ったんですけど、不安で――」
「それで、見たってわけか」
「……ごめんなさい」
先生の声は呆れが混じったような、そんな低音だった。ただ、怒気は含まれていないようで、少し安心する。
「アイツが連絡したって言ってたのは、それだったんだな」
翌日かいつかに、野邊先生の方からどうして連絡を返してくれなかったのか等と言われたのかもしれない。
やっぱり、消去するのはマズかった。
するなら着信履歴を見ず、見てしまったメールは未読状態に戻すべきだったのかもしれない。
あたしが申し訳ない表情をしていたのか、先生が頭を撫でてきた。怒ってはいない、と言われてる気がする。
「メールには、なんて書いてあった」
「先生の誕生日を久しぶりに祝えて嬉しかったって、書いてました」
「そうか……」
壁にあった先生の手が離れる。自分の部屋に逃げようとすれば逃げれるのに、あたしの体は動かない。
「荷物を置いたら部屋に来い。話す事がある」
先生はそれだけ言って自室に入っていく。
聞くのは怖い。怖いけれど、今の先生の態度を見て、感じていれば、不安な気持ちはどこかに行ってしまった。
鞄を置いて急いで部屋着に着替える。
台所でコーヒーを二人分作ってから、あたしは先生の部屋へと入る事にした。
一抹の不安は拭いきれない。
(2015/06/06)
(2019/09/06 再編集)